GW合宿
四日間のGWには二泊三日の合宿が行われる。
そしてGW最終日には他校との練習試合が組まれることとなった。
これが私のマネージャーとしての最初の大仕事だ。
今日は部活時間にコーチ、監督、キャプテンを交えたミーティングに参加させてもらった。
主に合宿中の練習メニューや一年生をどのポジションで育成していくかなど、三十分ほど話し合いが行われた。
初参加の私はほぼ書記として徹するしかなかったけれど、中学時代とは違う男子バレーの練習内容には興味が湧いた。また、レベルが高い学校はその練習内容も濃い。
やると決めたからにはマネージャーがただの雑用係になってはいけないと思う。それにバレー経験者として買ってくれているのなら尚更だ。次回までにはもう少し勉強してこよう。
「明後日からはよろしゅうな、マネージャー」
ミーティングを終え体育館へと戻る途中、北先輩はそう優しく声を掛けてくれた。
仮入部当初は北先輩の事を一番ビビっていたのだが今では一番話しやすくつい頼ってしまう存在になっている。それに結局一人になってしまったマネージャーの私に気を遣ってか先輩の方からもよく話しかけてくれる。確かに部員達に一喝入れる時は背筋が凍るが、仲間思いの優しい人なのだ。
「はい!皆さんのお役に立てるよう頑張ります」
「初めてのことようさんあると思うけど無理はせんでええから。やれる事から一つずつな」
「ありがとうございます。でも、やっぱり私も全国に行く皆さんの力になりたいので」
「そら頼もしいわ」
力強く頷けば北先輩は目を細めて笑った。まるで自分の子供が初めて立ち上がった時のような優しい表情である。いや、子供というか孫かな?というくらい穏やかな表情であった。こんな時に北先輩の老後が垣間見えるとは思わなかった。
それにしても合宿まで時間もない。
今後のためにと、その日から男子バレーの動画を見たり改めて筋トレの本を読み直すことにした。
◇
GW初日―――
貸し切りのバスに乗り、二時間ほどの距離を移動して合宿所に到着した。
その後、各々割り当てられた部屋へと荷物を置き合宿所の隣にある体育館へ集合することになった。
すでに合宿所の間取りと今日のスケジュールは頭の中に入っている。いつものメモ帳を片手に早々に自分の部屋へ荷物を置き体育館へと向かった。もう鍵は開けてあるとのことだったので問題なく中に入ることができた。
「マネージャーやん。早かったなぁ」
てっきり一番乗りだと思っていたのにそこにはすでに侑先輩がいた。
第一印象は些かいいものではなかったが、話してみれば普通に良い先輩であった。だがしかし、双子の治先輩と喧嘩をしているときは例外である。
その現場を初めて目撃したのはつい先日。合宿のミーティングを終え北先輩と体育館へ戻った時のことだった。
「こんのクソブタが!できん奴イビリ倒して楽しいんか?侑クンはいつでも絶好調でいられるんですかぁー?!」
「言い訳すんな言うとんねん!不調が理由やったら負けて許される思うとんのか?この下手糞が!!」
目の前で繰り広げられる取っ組み合いの喧嘩に、互いの口から出るのは罵詈雑言。男子のマジ喧嘩を初めて目のあたりにした私は肝が冷えた。
「侑、治、喧嘩やめや」
しかしその後の北先輩の一言で体育館には絶対零度の風が吹雪いた。そして私の肝は凍った。
と、まぁ北先輩の一括により終焉を迎えた喧嘩であるが、双子の喧嘩は定期的に開催されるらしくそれ以降未だに侑先輩にはビビっている節がある。
「お疲れ様です。先輩も早いですね」
「ここ、前にも来たことあんねん。それにずぅっとバスん中おうて体怠くて早よう動かしたなった」
侑先輩は日常生活において手や口が最初に出がちだけど、バレーに対しては誰よりも真剣で敬意を持っているのだと思う。バレーに対して“敬意”という言葉を使うのは少し違うのかもしれないが、確かにそうなのだ。
北先輩は生活の中にバレーがあるけれど、侑先輩の場合はバレーの中に生活がある。侑先輩の練習と試合での姿を見ればそれは一目でわかる。繊細で精密であれほどスパイカーに敬意を払えるセッターを、私は侑先輩ともう一人くらいしか知らない。
「合宿初日ですからあまり無理はしないでくださいね」
「自分めっちゃマネージャーやん」
「これでも一応マネージャーですから」
「ツム、俺のとシューズ間違えとる」
「本当か?すまへん」
雑談をしていれば治先輩も体育館に来たので慌てて挨拶をする。
もしや喧嘩勃発か?と思ったが今日は普通だ。二人は喧嘩したとしても次の日にはいつも通りなのでその距離感がいまいち分からない。
そういえばあの時の喧嘩は、治先輩がレギュラーを外されたのが原因だったらしい。バレーの強豪校稲荷崎では、レギュラーメンバーは固定ではなく実力ある者が常にその席を奪い合う。合宿前の段階で治先輩はレギュラーから準レギュラーに降格していた。
「マネージャーどこ行くん?」
「ここの備品の場所確認して、持ってきた荷物中まで運びます」
「重いやろ?手伝うで」
「大丈夫です!ありがとうございます」
侑先輩の申し出を断り、そそくさとその場を後にする。先輩に手伝わせるわけにはいかないのもあるが、突発的に始まる彼等の喧嘩に巻き込まれたくないというのが正直なところだ。
「ツム、えらく気にかけるやん」
「まぁ唯一残ったマネージャーやしな。サム話したことあらへんの?」
「ない。ちゅうか絶対あの子俺らのこと怖がっとるやろ」
「なんで?」
「……頭お花畑か?」
「ツッコミに困るボケやめてくれへん?」
バレーボール部員であるけれど、選手ではない今までとは違う合宿。
午前は体を慣らし、昼を挟んで午後からは本格的な練習が始まった。
体育館は一つしかないがかなり広く、練習試合も同時に何組か行われるのでその度に端から端へと走り回っていた。
他の一年生も手伝ってくれるけど、備品の位置とか全体的な流れを分かっているのは私なので指示を出すのは私になる。今までリーダーやまとめ役なんてやったことがなかったから、思ったように伝えることができず自分自身に腹が立った。
初めから上手くいくとは思っていなかったけど、一日の練習が終わる頃には自己嫌悪に陥っていた。やると決めたからにはもっと出来るようにならないと。
部員達から回収した大量のビブスを洗濯機へと放り込み、終わる時間まで日誌を書こうと重い足取りで体育館へと戻る。自主練している人は多いが端にいれば邪魔にはならないだろうと判断し腰を下ろした。
「アウト。エンドライン狙い過ぎ」
「くっそ!!」
日誌をちょうど書き終えたころ、床からの振動と大きな声にそちらを見やると治先輩がサーブ練をしていた。角名先輩が線審をしているようだが治先輩の様子を見るに調子はよくないらしい。
「少し休んだら?」
「まだいけるわ!それに休んどったらツムにまた嫌味言われる。もう一本!」
「はいはい」
助走をつけたスパイクサーブが放たれる。やっぱり男子の方が力も強いし迫力がある。次はラインの大分内側に入ったが、もしもリベロがいたら上げられていただろう。威力は高いがコースは分かりやすかった。
「お疲れー休憩中か?」
「理石君もお疲れ。洗濯が終わるまで時間あったからぼーっとしてた」
「マネージャーも大変やなぁ」
私の隣に座った理石君は手に持っていたドリンク飲んだ。彼もまた今まで自主練をしていたようだ。
理石君は中学時代、三年間万年ベンチの控え選手だったらしい。稲荷崎へも一般受験で入学したためレギュラーになるには人並以上の努力をしなければならないことを彼は知っている。
「先輩らすごいな。あの練習後にようやりよる」
「そうだね。でもそれは理石君もでしょ?」
「俺なんかまだまだや」
次の治先輩のサーブはライン際のきわどい位置に落ちたように見えた。角名先輩は少し迷って手を振り下ろす。どうやら入ったらしい。
「諦めないでやれるってすごいよね」
素直に思った。いや、自分だって以前はそれなりにはやって来たつもりだ。でも足りなかったとも思うし結果として逃げた身としては今の先輩達の姿は目に痛くもある。
「せやな、俺も頑張るで!さっそく練習や!」
私の独り言を別の解釈で受け取った理石君は隣で気合を入れ直していた。その意気込みに思わず笑みが溢れた。
私の表情を見て眉をひそめた理石君に慌てて訂正をする。これは決して馬鹿にしたわけではないのだ。ただ純粋に、彼もまた“すごい”のだと私が感心してしまっただけなのだ。
「私にできることない?ボール出しでも球拾いでも手伝うよ」
「ほんまか?ほなサーブの時の姿勢見てほしい。なんか軸がぶれるときがあんねん」
「そんな大役を……」
「バレー経験者やん」
まだ洗濯が終わるまで時間がある。再び立ち上がった理石君について行くように治先輩達の隣のコートまで移動した。そこでは主に一年生達が練習をしていた。
「やっべ!避けぇ!!」
不意に聞こえた声に顔を上げるとその一年生のコートから高い放物線を描きボールがこちらへと落ちてくる。相当、力んで打ったんだろうなという感想が頭の片隅に浮かんだ。
しかし、避けるにしても私の後ろでは先輩達が練習中。言葉通りに避けでもしたらボールが床にバウンドして隣のコートにまで転がる事は容易に想像できた。
となれば、避けるという選択肢は消える
「は?ちょっと…!?」
理石君の言葉が耳に届くよりも先に体が動いていた。
男子のサーブと言えども、弓なりなので威力はそう強くない。
ボールの真下へ潜り込むように体を滑らす。バレー選手としては低身長に入るこの背丈も、この時ばかりは長所に変わる。
腕二本でボールを受け、高めにあげる。コート中央のネット付近に、緩い回転の綺麗なAパス。……でも「ナイスレシーブ」と言ってくれる仲間はもういない。
「あっ……」
トンッ―――
柔らかい音と共にボールは床に転がった。
一体自分は何がしたかったのだろう、と我に返り途端に虚しくなった。
「綺麗に返したなぁ!」
「ごめん、逆に邪魔だったね」
隣にいた理石君には感心されたが、マネージャーとして今の行為は間違っていたのだ。褒められるべきことではない。
急いでボールを飛ばした一年生の元まで謝りに行った。
そしてその時、後ろで先輩方が私のレシーブを見ていたことなど知る由もなかったのだ。
無事に一日目を終えた夕食時、私はここで男子バレー部ならではの洗礼を受けることになった。
「はい!どうぞ」
「いや、ちょっと待って、多い!多いです!」
これでもかと積み上げられた揚げ物の皿を私は食堂のおばちゃんへと突き返す。献立表にはミックスフライ定食と書かれていたが、どれだけミックスの種類を増やせば気が済むのか。
「若いんやからこれくらい食べないと」
「いや、男子と同じ量出されても……」
「マネさんも体力つける!」
私の声は届かず、おばちゃんは次の皿へと揚げ物を盛り付けていた。
ご飯と味噌汁は自分でよそれるからいいとして、メインが毎回この量ではたまったもんじゃない。
食事は基本、決められた時間内に取るように言われている。こうなったら仲の良い一年生に協力してもらうしかない。
「マネージャー、それ全部食えんの?」
食堂を見回し、声を掛けられそうな人を探していれば自分が声を掛けられてしまった。
「さっきの会話聞こえてん。俺が協力したろか?」
侑先輩……ではなく双子の兄弟である治先輩の方である。
挨拶くらいはしたことがあれど、まさか初めての会話が食堂になるなんて思いもよらなかった。だから返事こそすれども「アッ ハイ」という素っ気ない言葉しか出てこなかった。
促されるままに空いていた席に向かい合わせで座った。特別人見知りというわけでもないが侑先輩同様、失礼ながらあまり良いイメージがないので無駄に緊張してしまう。
「食べれん分だけ俺の皿乗せて」
「アッ ハイ」
じゃあ遠慮なく、と思い容赦なく治先輩の皿に揚げ物を移動させていく。
四つほど移動させたところで、ハタと先輩のトレーを改めて見る。味噌汁は具沢山、サラダも私のものより多い。そしてご飯は漫画に出てくるほどの山盛りだ。
「……まだ食べられます?」
「いけるけど」
「何やってんの?」
同じくトレーを持った人が私たちのことを不思議そうに見ていた。治先輩と同じく二年生レギュラーの角名先輩であった。
「マネージャーがな、飯食い切れんて」
「手伝ってもらってます」
「あー女子には多いかもね」
自分で食べきれるであろう分を残し、治先輩に揚げ物を分けた。結構な量を押し付けてしまったが大丈夫なのだろうか。もし食べきれそうにないなら角名先輩に助けてもらってくれ。
「ありがとうございました」
「ん?一緒に食わへんの?」
私が席を立とうとすれば治先輩に呼び止められた。角名先輩も来たし私は邪魔なのだろうと思ったのだがそうでもなかったらしい。現に角名先輩は治先輩の隣に座っていた。
「いいんですか?」
「ええで」
「いいよ」
「ありがとうございます」
浮かせた腰をもう一度椅子に着ける。
いつも遠目でしか見ていなかった先輩方が目の前にいるのは何だか変な感じだ。
「マネージャーの仕事には慣れたん?」
自分もぼちぼちと箸を進めていれば治先輩からそう聞かれた。会話を振られるとは思っていなかったので、思わず良く噛みもせずに味噌汁の豆腐を飲み込んでしまった。食道に不快感が残る。
しかしせっかくの話題提供でもあるので私は必死になって色々と話した。仕事には慣れたこと、自分が知らなかった練習方法があって驚いたこと、練習試合は思わず見入ってしまいスコアノートの記入を忘れてしまったこと等々。
「自分めっちゃバレー詳しいなぁ」
「中学まではバレー部だったので」
「そうだったんだ」
どうやら二人とも私が元バレー部だったことは知らなかったらしい。まぁ大見先生くらいにしか言ってなかったし、知っているのは監督と主将である北先輩、そして一年生の一部くらいだろう。
「どうりでネット準備やボール出しも手際がいいわけや」と治先輩には感心されてしまった。それほどでも…と思いつつ角名先輩には「いつも助かってるわ」と言われたので少しこそばゆくなった。
「レシーブも上手いわけやな。今日一年のサーブ拾ったの、赤木さんも感心してたで」
思わずグサリと揚げ物に箸を刺したまま固まってしまった。行儀が悪いと思い慌てて箸を抜く。
まさかあの時のレシーブが練習中の先輩にまで見られていたとは……しかも三年生でリベロの赤木先輩にも見られていたなんて予想外すぎる。やっぱりあの時のボールは避けるべきだったのかもしれない。
「まぐれですよ。偶々正面だったから取れただけです」
「ポジションどこやったん?」
「………リベロでした」
「ええやん」
「なんで女バレに入らなかったの?」
稲荷崎といえば男子バレーボール部と吹奏楽部が有名だが他にも全国大会に出場している部活動はいくつかある。その一つが女子バレーボール部だ。昨年は全国出場を逃したものの、数年前にはインターハイでベスト4にまで残った実力がある。
聞かれたからと言って別に隠す事でもないし、後ろめたい事はない。でもそのことを話した後の空気感が苦手で私はあまり話したくはないのだ。
「怪我をしてやめたんです。まぁもう治ってはいるんですけど、ちょうど親の転勤で兵庫に来たこともあって心機一転してみようかなぁと」
「へぇ〜…」
「なんかごめん」
「別にいいですよ。今はマネージャーの仕事も楽しいですし入ってよかったと思ってます」
努めて明るく笑ってみせる。
嘘ではないけれど今の言葉がどこまで本当なのかは自分でもよく分からなかった。先輩達はどこまで信じてくれたのだろうか。
………もう、どうでもいいけれど。
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