練習試合



そしてあっという間に二泊三日の合宿は終わった。
色々と出来事はあったけれど、一つ思い出を上げるとすれば食事の時に毎回治先輩が後ろに着いてくるようになったことだろうか。
こちらとしては食べ切れないおかずを食べてくれるので有り難いのだが、なんだか餌付けをした感じになってしまった。
北先輩に「奈良公園の鹿みたいやな」と言われたのが個人的に衝撃的だった。



そしてGW最終日、県内では稲荷崎と並ぶ強豪校で練習試合が行われた。

他校との初めての練習試合。
部内でもよくやるけれど、やっぱりいつもと違う雰囲気の中やるというのは先輩達にとっても新鮮で楽しいらしく試合は盛り上がっていた。

ノートに記録を残しつつ、でも試合も見たくて手と視線を慌しく動かしていた。
試合が終われば急いで横に置いていたドリンク籠を持ち、試合後の選手に配った。

「お疲れ様です」
「おおきに。ノート見せてもろうてええ?」
「どうぞ」

先程まで記入していたノートを北先輩に渡す。
先輩はいつも試合後にスコアノートを確認する。最近ではスコアに加え、私が簡単にその試合経過をメモしているのでそれを読むのも楽しみになっていると言ってくれた。地味にプレッシャーにも感じたが今ではそれもひとつのやる気に繋がっている。

「なぁ、最近ずっと気になってんけど、この"正"の字なんなん?」
「あー……侑先輩と治先輩が試合中に喧嘩した数です」
「ぶっ、くくっ!本当か?」

おぉ、北先輩が笑った。これはとても貴重である。
宮兄弟の喧嘩となれば部内のみならず学校でも有名な一種の祭、らしい。それこそ“バレー部名物双子乱闘”と言われるほどに。取っ組み合いの喧嘩といかないまでも、そこそこの口喧嘩は日常茶飯事。ある日、気になって試合中の喧嘩数をノートの端にメモしたところそれが監督の目にも止まり、気まずいながらも説明したところ「これからも頼む」と言われた。

「最近数えるようになったんです。監督にも好評でした」
「自分、本当ええとこ見とるな」
「先輩達には内緒にしてくださいね」
「分かっとる。これからも頼むな」

私たちの様子を遠巻きに見ていた部員からは「北さん笑ってんけど」「何話しとるんやろ」「マネージャー強くね?」と小声で話されていた。私は強いのか?と小さく笑ってしまった。

しかし、それにしても大変気になる事が一つある。

「宮せんぱーい!」
「こっち見たぁ!うちに手振ってくれとる!」
「あんたじゃなくてうちにや!」
「侑くん、後で差し入れ渡し行くね」
「次の試合も応援するね、治くん!」

このギャラリーの多さは何なのだろうか。
ここは中高一貫の私立校で体育館設備も充実している。綺麗な体育館には二階席もあり、市民体育館さながら応援席もあるのだ。
そこにはずらりと女の子達がおり、中にはうちわを持った子までいる。ライブかな?

「驚いたやろ?」
「これ毎回なんですか…?」
「せやな」

元々宮兄弟が有名なことは知っていたがこんなにもファンがいるとは思いもよらなかった。それにしても時折、刺さるように降り注ぐ女の子達の視線が痛い。

「あ、マネージャー俺らにもドリンクくれ」
「オツカレサマデス ドウゾ」
「……おおきに」
「治先輩もお疲れ様です」
「おーきに」

二人にドリンクを渡し、すぐさま距離を取る。私は下手に勘違いされて女の子達に目を付けられたくないのだ。辞めたマネージャー達がいたときのように、程よい距離感で先輩たちに接し「私はこの人たちのこと狙ってないですよ」というアピールをしなければ。
逃げるように角名先輩の元へとドリンクを届けにいく。

「なんや俺、避けられてへん?」
「ツムが初対面でおっかない顔しながらボール出しやらせたからやろ」
「謝ったわ!サムかて合宿中食い物たかりすぎて嫌われたんちゃう?」
「俺のは善意や。人助けですー」

何やら後ろで宮兄弟の言い争う声が聞こえる。やっぱり早めにその場を離れて正解だった。それにしても、これもスコアノートの正の字に追加した方がいいだろうか。でも試合は終わってるしノーカンか。

「角名先輩もどうぞ」
「ありがと」

よし、これで一先ず配り終える事ができた。
メンバーを変えて、またすぐに試合が始まる。その人達の分をまた作りに行かないと。その前に床に脱ぎ捨てられたジャージを畳むのが先かなぁ。

「「マネージャー!!」」
「はいぃ!?」

次の仕事を考えていれば勢いよく呼ばれ、思わず空の籠を落としそうになる。
侑先輩も治先輩も声がでかい。目立つじゃないか、やめてくれ。

「サムと俺、どっちがかっこええと思う?!」
「ツムと俺、どっちがかっこええと思う?!」

なんて?
説明もなければ脈絡もない質問に脳内が"?"で埋め尽くされる。
先ほど少しだけ聞こえた会話の中にこの議題にたどり着くような話題はなかったのだと思うのだけれど。

「どっちもかっこいいんじゃないですか…?」

正直、双子なので容姿に関して差はなくないか?いや、よく見たら少しずつ違うところはあるがそもそもがイケメンなので比べるのもおかしな話しだ。というか、そういう類は観覧席の女の子達に聞いてくれ。

「見た目だけの話しじゃないねん」
「俺のがかっこええやろ!さっきのセットアップ見たか?!この阿保と一緒にすな」
「バレーの話だけでもないねん。俺は侑君より温厚ですー」
「そういう話でもないやろ!」

じゃあどういう話なんだ、というツッコミをしたら負けな気がしたので言葉を飲み込んだ。隣にいる角名先輩を見上げるもスコアノートを読んでいて知らん顔である。どうにかしてほしいのだが。

「外見はともかく、私はまだ先輩達のことをよく知らないので分からないです」

当たり障りがなさそうな回答をしておく。そしてもうこれ以上、私に関わらないでくれ。ここは観覧席の死角になっているからいいが、私は女の子達に目をつけられたくない。

「でも試合で喧嘩した数は知ってるんでしょ?」
「は?」

適当な理由をつけてこのイザコザから逃げようとした時、角名先輩はノートを広げて宮兄弟に見せた。私が書いた正の字を指差して。

「何数えてん?」
「双子が喧嘩した数」
「ちょっと角名先輩!」

慌ててノートを取り返そうとするが素早く交わされる。そしてそれは侑先輩の手に渡ってしまった。手を伸ばそうとも皆一八〇以上あるのだから届かない。

「何で知ってるんですか!?」
「さっき北さんと話してるの聞こえた」
「八、五、七……十四回なんて試合もあるやん」
「俺らめっちゃ目ぇつけられとる」
「すすすすみません。回数が多いものでつい……」

角名先輩の背後に思わず隠れる。「えっ押さないでよ」と言われたがバラしたのは角名先輩なのだから多めに見て欲しい。

「別に怒ってへんけど」
「ってかこれ北さんも見とるんやろ?ヤバない?」
「ツム、次の試合は三回以内にしよな」
「0回言わないあたり謙虚やな」

そのままノートを持ち二人は自分達の置いてある荷物の方へと戻っていった。
興味の移り変わりが早すぎて私はついていけない。

「マネージャーいい仕事するじゃん」
「角名先輩!なんでわざわざ言ったんですか?」
「二人には自覚してもらわないと。これからもよろしくね」

ぽんと肩を叩かれて角名先輩も移動してしまった。
北先輩の言う通り、二年生は癖がある。私にはまだまだまとめ役としての荷が重そうだ。



その後も白熱した試合が繰り広げられ、あっという間に練習試合は終わった。
撤収の指示を受け、荷物をバスへと運び込む。
最後に忘れ物がないかの確認をして戻ると、まだ宮兄弟が戻っていないとのことだった。

「女の子らに捕まっとるかもしれへんな」

北先輩はキャプテンとして先生方への挨拶が残っているようだったので代わりに私が探しにいくことにした。

体育館周辺をウロウロとしてみるが先輩方の姿はない。校舎内にはおそらく行っていないだろうし一体どこへ行ったのか。トイレの前も通ってみたが中に人がいる気配はなかった。

「あっ!おったよ!」
「あのっちょっとええですか?」

もしかしたら入れ違いになっているかもと踵を返したところで声がかけられる。
ブレザー姿の女の子が二人、慌てた様子でこちらまで駆けてきた。身長は高いが雰囲気的に私より年下のようなので中学生だろうか。よく見ると胸ポケットには今日の試合相手と同じ校章が刺繍されている。
というかこの状況、まさか今から少女漫画あるあるの、あの展開が始まるのか?
彼女たちは宮兄弟のファンで「女マネージャー一人、調子乗ってんじゃないわよ」的なアレ。

「どうかしましたか?」
「勘違いだったら悪いんですけどもしかして―――」

昨年の中総体、北川第一中でリベロやっていませんでしたか?

私の妄想をはるかに超えた彼女の言葉。
まさか兵庫に来てまで自分を知っている人間がいるなんて。
これなら少女漫画あるあるの嫌みのセリフを言われた方がどんなに楽だったか。

「そう、だけど……」
「「やっぱり!!」」

何とでも嘘は付けただろうに、女の子たちのキラキラとした目を見ていたら思わず頷いていた。
「ヤバイ!本物や!」とはしゃぐ二人を見て、彼女達とは違う意味の“ヤバイ”が脳内を駆け巡る。

「うちもリベロやってます!去年の中総体初戦で北川第一と当たったんです。そのとき対戦校ながら先輩見てめっちゃ憧れて……さっき稲荷崎の試合ん時先輩の姿見えてびっくりして探し回ってました」

まさかの宮兄弟ファンではなく、私のファンだったとは。恥ずかしくもあり、嬉しくもあり、何に対してかは自分でも分からないが「ありがとう」と彼女に伝えた。
そうしたら彼女の隣にいたもう一人の子が躊躇いがちに「あの、」と声を上げた。

「中総体で怪我されてましたよね。先輩はもうバレーやれないんですか?」

核心を突く一言に心臓がずきりと痛む。
でも私は思いっきり強がって、笑顔の仮面を張り付けた。

「バレーはもうやってないんだ。だからマネージャーなの。せっかく憧れてもらったのに、なんかごめんね」

彼女たちは大きく首を振って謝ってくれた。私は慌ててその行為を止めて、二人には応援してるから頑張って!と声を掛けた。女子なら他校であっても応援して大丈夫だろう。

最後に握手を求められたので手を差し出した。
随分と皮が薄くなりすっかり“女の子らしく”なった掌は、私からすればひどく恥ずかしいものであった。
遠ざかっていく二人の姿を見つめて一息つく。なんだかぽっかりと心に穴が開いた感じだ。

「マネージャー大人気やん」
「そんな有名人やったん?」
「うわっ!?」

左右から声を掛けられ肩をびくつかせると笑われてしまった。侑先輩も治先輩もどこにいっていたのやら。
改めて二人を見ると彼らの手には差し入れであろうビニール袋や可愛らしい紙袋が握られていた。北先輩の言う通り、女の子たちに捕まっていたらしい。探したんですよ、といえば「すんませーん」と声をそろえて言うものだから怒るに怒れなくなってしまった。

「早くバスへ向かいましょう。皆さん待ってます」

二人を促し回れ右をして元の道を辿る。
私が先輩方二人の後を着いていくように歩いていると、首を曲げて振り返った侑先輩と目があった。

「マネージャーが元いた中学強かったん?」
「まぁ…私が三年の代では全国行けてたので」
「そこでレギュラーってすごいやん。怪我して辞めたって、そんなにひどかったん?」
「ツム」

治先輩が咎めるように侑先輩の名前を呼んだ。きっと私が治先輩と角名先輩に話したことを侑先輩は知らない。治先輩なりに私に気を使ってくれたのだろう。私としてはあの時の話は軽い雑談程度のことだったので、そこまで気にかけてくれていたとは思わなかった。

「大丈夫です、治先輩。…実は中学最後の全国大会でアキレス腱切っちゃったんです。リハビリも終えてもう完治はしてるんですけど、それ以来スポーツするのがちょっと怖くて」

情けない。
きっと先輩たちならアキレス腱を切ろうが骨が折れようが、治りさえすればバレーをやるのだろう。

「なんや勿体ないな。俺はマネージャーの言うとること理解できひん」
「そうですよね」

同調して黙り込む。
理解してほしいわけじゃないし、同情してほしいわけでもない。じゃあどんな言葉をかけてほしいのか、自分でも分からない。そもそも受け身でいること自体図々しい。

自分がどうしたいのか分からない私は、ずっと人から答を与えられることを待っているのだ。
治先輩が心配そうに私を見たのが気配で分かった。
侑先輩は言葉をつづけた。

「怖いからバレーでけへんのか。俺やったらバレーでけへんようになる方が怖いけどな」

侑先輩は私の幼馴染によく似ている。
『俺が何かに絶望するとしたらバレーができなくなった時だけだ』と、彼も言っていた。

「私もそう考えられたらよかったんですけどね。でも、今は皆さんのバレーを見てるだけで充分です」
「まぁ俺ら強いしな。ツムのサーブ外しが今日は酷かったけど」
「んなぁ!?ジャンフロはまだ練習中やねん!」

治先輩の発言に侑先輩が食って掛かるといういつもの光景。
私の話はそこで終わった。治先輩には後でこっそりお礼を言っておこう。

三人で外へと出て、みんなが待っているバスへと急いで向かった。

西の空には橙色の綺麗な夕焼け。
それに向かって飛ぶカラスは一羽。

日も随分長くなったと感心しつつ、季節の移り変わりを感じる。
私自身、何も成長していないけれど確実に時間は進んでいる。


もうすぐ、暑い熱い夏が来る。


 



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