部活対抗リレー



稲荷崎では夏が来る前に体育祭が開催される。
体育祭といえば学生生活の中でも大きなイベントである。そして運動部であるなら尚更張り切る生徒も多い。

基本はクラス毎縦割りで色が決められて得点を競うのだが一つだけ例外な競技がある。
それが"部活対抗リレー"である。
種目名の通り、各部活四名リレー走者を選抜し順位を競う。この競技は所謂"お楽しみ枠"であり体育祭の順位には影響しないし、一位になったとて景品が出るわけでもない。
しかし、これが大いに盛り上がるのだ。そのため、特に運動部にとってはここで一位を取ること=その年の体育祭で最も活躍した人物として認識される。
故に熱が入るのだ。



「バレー部は毎年二年が出ることになっとんねん。で、メンバーはいつも揉めるから三年が決める事にしとる」
「そうなんですね」

その日の部活終わり、北先輩から体育祭についての概要を教えてもらっていた。

まずは運動部と文化部で分けられそこから男女でグループ分けをする。吹奏楽部や陸上部など男女混合の部活は希望したグループに入れる。あくまでお楽しみ枠であるのでその辺りの制限は緩い。

その中でも特に男子運動部のリレーは一番盛り上がるらしい。そのグループに分けられた部活を見てみると、サッカー部に野球部、男子テニス部に男子バスケ部と確かに足に自信がありそうな部活が多い。

「面白そうですね」
「去年は陸部とテニス部に負けて三位やってん。だから今年は一位取りたいんよ」

北先輩が勝敗にこだわるのは珍しい。でもせっかくやるなら勝ちたいし、先輩方が活躍する姿も見たい。

「私に出来ることならお手伝いします」
「そう言ってもらえると助かるわ。これがうちの今年の選抜メンバーやねん。部活時間に多少練習してもええからこいつらのまとめ役頼むわ」

一枚のプリントを渡される。もう運営委員には渡してあり、これはそのコピーらしい。
それを見て「うわ、癖強そう……」と思った私は何も悪くないと思う。

「私に出来ますかね……」
「頼んだでマネージャー」

肩をポンッと叩かれて北先輩は練習に戻っていった。

北先輩のような威厳もない自分がまとめ役などというのは些か荷が重い。
でもやると決めた事はやらなければ。

プリントを握りしめながらその四人の先輩方を見た。





「——というわけで先輩方が今年の部活対抗リレーのメンバーに選ばれました」

本来ならアップのための走り込みの時間。
しかし北先輩からのお許しも出ていたのでメンバーの先輩方を捕まえて、あらましを説明した。

「やった!北さんにやりたい言うといた甲斐あったわ」
「ツムそんな出たかったん?まぁ俺も出たかったけど」
「やるからには絶対勝つで!」
「俺やる気ないんだけど……」

選抜メンバーは侑先輩、治先輩、銀島先輩、角名先輩の四人だ。確かに四人ともレギュラーメンバーだし選ばれてもおかしくはないだろう。

「毎日部活時間の三十分、リレーの為の練習時間をもらいました。さっそく運動場で練習しましょう」

外へ出ると、すでに他の部活動の生徒たちがリレーの練習をしていた。体育際の勝敗には関係ないというのに、確かに熱は入るらしい。

「で、さっそくやけど順番どうする?」

銀島先輩の呼びかけに、一度五人で円形になる。確かに走者順は大切だ。
でもこれは意外にもすんなり決まった。銀島先輩がスタートをやりたいと言い、侑先輩がアンカーをやりたいと手を上げた。角名先輩と治先輩はどこでもいいらしく、最終的に銀島先輩、角名先輩、治先輩、侑先輩の順番になった。

順番が決まればさっそく練習だと思い、倉庫から持ってきたバトンを取り出せば角名先輩に不思議な顔をされてしまった。

「バトンは禁止だよ」
「えっそうなんですか?」

リレーでバトンを使わないとはどういうことだろうか?でもよくよく他の部活の生徒たちを見ると、確かにバトンを使っていない。寧ろそれよりも大きなものを持っているように見えるのだが…

「バトンは部活毎に考えるんや。去年うちはボールをバトン代わりにしたんよ」

銀島先輩の言う通り遠くに見える男子生徒はテニスラケットを持って走っていた。他にもバスケットボールを抱えている人やマイクスタンド片手に全力疾走している人がいる。なるほど、確かに"部活対抗リレー"と言うならこの方が分かりやすい。

「では今年もボールをバトンにしますか?」
「俺は嫌や!バレーボールを手に持つの気持ち悪い」
「それに渡すときムズイよね。去年はそれでミスって三位だったわけだし」

侑先輩と角名先輩は反対らしい。治先輩と銀島先輩もいい顔をしなかったので別のものを考えることにした。
アンテナ、ポールカバー、ネット、横断幕———と色々上げてみるもののイマイチバレー部らしくなく現実的なものではない。
五人で云々と唸っていれば妙に騒がしい声が耳に着いた。

「出た、リア充部活」
「マルコメ頭の癖に一丁前に女と戯れやがって」

角名先輩と侑先輩の視線を辿れば、青春ドラマのカット宛ら男子生徒が女子生徒を背負って走っていた。どうやら野球部の人達らしい。グラウンドを半周は走り終えると女の子は待機していた別の男子生徒におぶさった。部活ジャージを着ている彼女がバトン代わりということなのだろう。
いまだに侑先輩が「マルコメ」「坊主」「一休さん」と呪文のように唱えているが、そろそろ野球部から殺意を向けられそうなのでやめて頂きたい。

「あれ、ええんとちゃう?」

今まで特に目立った発言もしていなかった治先輩に視線が集まった。
先輩はもう一度彼らのことを見てから、私の方へ視線を投げる。
……嫌な汗が背を伝った。

「マネージャーがバトンになる」
「は?えっ、無理ですよ!」

治先輩は真顔のままでいる。どうやら冗談でもないらしい。いや、でも普通に考えて現実的ではない。先輩たちだってきっと勝ちたいのだから治先輩の提案は流されるだろう。そう思っていたのに———

「おぉ!ええんとちゃう?しがみ付いててもらえば落とすこともないしな」
「受け渡さなくても自分で次の走者のとこ行ってくれるのは楽だよね」
「ほな早速やってみるか!」

え?この人たち本気で言ってるの?いやいやいや、先輩方冗談はキツ過ぎますよ。
そう思い、わずかに後退したところで銀島先輩に腕を掴まれた。先輩の瞳は試合の時並みに強い光を宿していた。他の先輩方も目が本気だ。

「無理ですって!私、重いですし!」
「重い方が筋トレになるし気にせんでええよ」

侑先輩、デリカシーって言葉知ってますか?
だかしかし、重い云々の前に転んで怪我でもされたら困るのだ。全国大会を控えている部員をマネージャーの私が怪我させるわけにはいかない。それに全校生徒の前で私が晒されるのも嫌だ。私の心臓が持たない。

「無理です、できません!」
「諦めたら試合終了やで」
「がんばろ、マネージャー」

治先輩、それはバスケ漫画のセリフです。それに使いどころが違う。角名先輩は相変わらず私の味方ではない。ここに頼れる者などいなかった。

尚も無理だ、嫌だを繰り返し散々ごねたが先輩方が譲ることはなかった。そして結局私が折れてしまった。

「まぁ一先ず練習や。試しに誰かにおぶさってみ」

治先輩から選択肢を貰えただけまだマシなのか。否、そういう問題でもないのだが。

一度冷静になり考える。ここはとりあえず誰かに背負われるしかないのだろう。でも治先輩と侑先輩はダメだ。二人とも目立ちすぎるし、誰かに見られていた暁には、後日ふたりのファンである女子生徒から呼び出しを喰らうかもしれない。

そうなると角名先輩か銀島先輩の二択だ。正直どちらでもいいが、強いて言うなら銀島先輩の方だろうか。角名先輩は猫背で分かりづらいがこの中で一番身長が高い。そのためおぶさることを考えると少し怖い。

「では、銀島先輩で……」
「っしゃ!!」
「はぁ!?なんで銀!?」
「なんや、遠慮せんでも俺が背負ったるで」
「じゃあ俺は録画しとくから」

侑先輩がキレる意味も分からないし、別に治先輩に遠慮もしてないし、角名先輩はブレないしで私の脳内はツッコミで忙しかった。
でもそんな時間もないので、銀島先輩に屈んでもらいその背に体重を預けた。

「立ち上がるで」
「お願いします。………えっ、あ!い、意外と高い!」

先輩の肩に置いていた手を前の方まで回し、背中にしがみついた。
一八〇センチの世界を私は舐めていた。想像以上に高い。それに自分の足が着いていないのも相まって怖い。小さい頃は父親に肩車をせがんだ経験もあるがあの頃の無邪気な私はいなかった。

「マネージャーって意外と………」
「えっ銀島先輩、いま何て言いました?もしかして意外と重いって言いました!?」
「ちゃう!言うてへんし、そんな重くあらへんわ!」
「というか結構高くて驚いています。先輩方はいつもこの視界から私のことを見下ろしていたんですね…私のこと塵だと思っていませんでした?」
「ムスカやあらへんしそんなこと思わへんわ!」

これで走り出されたら堪ったもんじゃない。
無理です、と青ざめながら言ったら下ろしてもらえた。先輩方も現実的でないことに気づいたらしく、これ以上強要してくることはなかった。

「ほなどうするか」
「今年もボールでええか?」
「まぁ特に景品もでないし負けても損はないしね」
「いや、勝たないといけないんです!」

幾分かやる気のなくなってしまった先輩達の様子に思わず声が大きくなる。
確かに景品は出ないし、お遊びの競技だったとしても負けたくない。だってあの北先輩が勝ちたいと言ったのだ。そして任された私にも責任がある。

「先輩方にはインターハイの全国大会が控えています」

治先輩、侑先輩、角名先輩、銀島先輩の顔を順に見る。

「先輩方にバレーの実力があるのは知っています。そしてこれはバレーボールには関係ない体育祭でのリレー。でもせっかくなら験を担いだ方がいいのではないでしょうか?」

勝負に神頼みと言うのはあまり好きではない。でも、有る程度“運”というものも勝敗には関わってくるのだと思う。有名スポーツ選手達も験担ぎのために神社に行ったり試合前のルーティーンを作っていると雑誌で読んだことがある。

「たかが体育祭、されど体育祭です。全国大会への景気づけのためにもこのリレーで勝利する必要があるのです!」

教祖にでもなったように私が言えば何故か先輩方からは拍手を頂いた。

「せやな!稲荷崎で優勝もできへん奴が全国で勝てるわけない!」
「せっかく北さんに選んでもらったわけやしな」
「サムの言う通り、大将の顔に泥塗るわけにいかへんわ」
「マネージャーがやる気なら俺らも頑張るよ」

私の思いが通じたのか、先輩方がやる気になってくれた。
そして改めてバトンを決めることから考え直し私たちは練習に取り組むことにした。





体育祭当日———

結果を先に言えば先輩方は男子運動部のリレー枠で優勝した。

私はそれを手に汗握りながら応援した。
何故ならバトンとして使われたものが、去年のインターハイで贈呈されたトロフィーだったのだから。

もはや誰が言ったのか忘れたが「トロフィーなら持ち易いしペナントに印字もされてるしいいだろう」ということでそうなった。私もその時テンションがハイになっていたこともあり二つ返事で頷いてトロフィーを借りに行った。今思えば許可をしてくれた先生も正気でなかったように思える。
まぁとにかくトロフィーが壊れることもなく優勝もできたので本当に良かった。


「あの、これ景品と呼べる程のものではないですが……」


そして試合後、先輩方にはマフィンを作って渡した。
小さいころに母に教わったお菓子作りの経験が生かされてよかった。生憎私があげられるものと言えばこのくらいしかないのだが想像以上に喜んでもらえた。
銀島先輩、角名先輩、治先輩と一人一人に配っていたのだが、ここで侑先輩は女子の手作りが苦手という事実が発覚した。

「いつも差し入れでもらう物は俺が食べとるんや。ツムには何もあげんでええからこれも俺にちょーだい」

治先輩にそう言われたので二人分あげた。
しかし、さすがに侑先輩に何も渡さないのは申し訳なかったので“ぐんぐんバー”と“ぐんぐんヨーグルト”を渡したらチベットスナギツネみたいな顔をされた。ちょっと角名先輩に似ていた。

色々あったが体育祭を終える頃には二年生の先輩方と親しくなれたように思える。
そう北先輩に報告すれば「よかったなぁ」と笑ってくれた。そして後から大耳先輩に聞いたのだが、北先輩が「一位を取りたい」と言ったのも私が二年生の先輩たちと仲良くなるような煽り、、だったらしい。先輩は本当に後輩達のことをよく見ていらっしゃる。


「マネージャー!これ見てみ!角名がおもろい画像持っとる!」
「この前、侑と出掛けた時撮った」
「はぁ?!あれ撮ったんか?」
「俺もツムの変な写真見たい。早う、マネージャーも」


四人の輪に私もすっぽり収まるようになった。
嬉しいような、むず痒いような。
だけどやっぱり嬉しくて、私は今日も張り切って体育館へと足を延ばすのだ。



≪おまけの小話≫


「銀、マネージャー背負ってどうやった?」
「ツム、なに聞いとんの?」
「だって気になるやんか!」
「あれはアカンわ……」
「何が“アカン”だったの?」
「意外と胸あった」
「やっぱりな」
「は?なんでサムは知ったような顔してんねん」
「ジャージ着とってもあるって感じしたやん」
「そこまで片割れがムッツリだとは思わへんかったわ」
「着やせするタイプなんだね」
「ちょお俺マネージャーのとこ行ってくる!」
「待ってやツム!俺も行く!」
「面白そうだから俺もいこ。銀は?」
「あれはアカンかった……」
「銀?」



「マネージャーが追いかけられた言うて泣きついてきてんけど、侑と治は何してん?」
「「すんませんでした!!」」


 



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