彼女が気持ちよければ何でもいいや。そう言ったのは本当の気持ちだったし、実際、名前ちゃんが処女じゃないって知った時も、それから体を重ねている最中も、僕はずっと幸せで満たされていた。大好き、もっと伝えたい、どうやったらこれ、上手く伝わるのかな。そう思う気持ちは、想像の中に見ていたものと同じものだった。ううん、それ以上のものだった。
 だけど、なんか。

「あれ……?」
「……どうしたの?十四松」

 コンドームの中に吐き出された自分の精子を眺めながら、僕は少しだけぼんやりとする意識の中で、新たに体の中に生まれる欲望に気付く。あれ、なんでだろう、なんか……。
 しかし名前ちゃんに声をかけられて、慌てて指でつまんでいたゴムをティッシュにくるんで、ぽいっとそれをゴミ箱に投げ入れた。

「んーん、なんでもないよ」

 本当は、何でもなくなかった。さっきまで心も体も目一杯満たされていたはずなのに、どうしてだろう。こんなこと言うのって変なのかもしれないけど、言ってしまえば僕は今、ものすごく物足りなくて仕方なかった。溜まっていたものは全部吐き出したはずなのに。ついさっきまで満たされてたはずなのに。

「汗かいちゃったよね、シャワー浴びてくる?」
「ん、あー……」
「やっぱり何かあった……?」
「え!ううん!なんでもないよ!この通りめちゃくちゃ元気!!」

 空元気でごまかすように声を出せば、名前ちゃんは驚いたように目を瞬かせて「……そっか、それならいいんだけど」と、納得はいっていないようだったけど、それ以上は追求せずにいてくれた。優しい彼女に僕もそれ以上なにも言えなくて、それから先にお風呂に入ってくると言う名前ちゃんを見送った。
 正確には、見送ろうとした。
 薄いシーツから名前ちゃんの細っこい体が露わになった瞬間、体の奥の方でドクンと何かが脈打つような感覚に支配される。

「シャワー浴び終わったら呼ぶから、そしたら十四松も……」

 こちらを振り返りながら喋る名前ちゃんの言葉はそこで途切れ、口はぽかんと開かれたまま固まる。耳は次第に赤く色づいて、目はきょろきょろと動くことなく視線は一点に集中していた。名前ちゃんがまじまじと見つめている場所を同じように目で追って見れば、それは僕の体の中心で……さっき達したばかりだというのに、もう元気になっている自身が視界に映る。

「あ……」

 思わず、驚いたままに短い声が漏れた。

「十四松、それ……」
「あははぁ……これ、名前ちゃんのこと見てたらいつの間に?!いやー!僕のえっちー!」

 後頭部に手をまわしておどけて笑ってみせたけど、名前ちゃんは笑ってはくれない。どうしよう。まずいのかなこれ。よく分かんない。僕こういうことするの今日が初めてだし、でも、なんとなく普通じゃないってことはよく分かる。
 怒らせただろうか。悲しませただろうか。名前ちゃんのこと、傷つけてしまったんだろうか。不安なことばかりが頭をよぎって、必死に次の言葉を考えていたら、立ち惚けていた名前ちゃんがベッドの上へと引き返してくる。
 ギイ、とベッドが軋んで、瞬きしたらすぐ近くに彼女の顔があった。

「あの、もしかして、十四松……まだ満足できてない?」
「え……これは、ええっと……」
「……我慢しないで」

 さっきイったばかりで敏感なそれに、名前ちゃんのやわらかい指が触れて、びくっと大げさに体が反応する。やばい、さっき童貞卒業したばっかりなのに、もう、こんな風になるのって……

「いいよ」
「……え?!」

 いいの?と聞こうとした瞬間、僕が口にするより先に、名前ちゃんが肯定の言葉を呟くもんだからびっくりして大きな声を出してしまった。いいよって……いいよって、何が?

「十四松、もう一回したいんでしょ?」

 名前ちゃんって僕の心が読めるのかな。本当にエスパーなのかも。動揺しながらも彼女の手は僕のモノを刺激し続けていて、最初からあまりなかった余裕はどんどん奪われていく。
 それでも、え!もっかいいいの?わーい!なんて軽々しく言ってしまえないのは、さっきしてる間ずっと名前ちゃんが苦しそうに息を吐いている姿を見ていたからだ。本当はもっと大切に、ゆっくりしたいのに。だけど。

「ね、いいよ……私も、気持ち良かったから」

 そんな言葉と同時に名前ちゃんの切なげな瞳に見上げられて、もう僕は余裕ぶって笑うことはできなかった。素直に頷いて、名前ちゃんの体をそのまま後ろに押し倒す。

「名前ちゃん、僕、やばいかも」

 あまり考えずに言葉を口にすることは日常で多いけど、これは心からの言葉だった。やばい。なんか、止まる気がしない。
 慌てたせいで上手く開けられなかったコンドームの袋は、びりびりに破かれ枕元に放り投げられる。人生2回目のコンドームは、1回目よりもつけるのに手間取った。息が整えられないまま名前ちゃんのまだ濡れているそこへ腰を押し進めていく。本当はもっかい最初から愛撫とかした方がよかったのかな。分かんないけど、もしそうだったとしても、そんな余裕どこにもないや。

「あっ……ん、っ、あ、あ」
「名前ちゃん、はあ……奥、すっげ」
「あ、十四松、やあ……ん、あっ……」

 苦しそうに声を漏らす名前ちゃんを見ていると、僕まで胸が締め付けられるような気になってくる。もっとゆっくりしてあげなきゃ。もっと力抜いてあげなきゃ。そう思う頭とは別に、律動する腰はより一層奥をついた。

「名前ちゃん、苦しい?やめてほしい?」
「ううん、きもちいよっ……だから、やめないで、あっ……!」

 ぐいっと彼女の両膝を折り曲げて、もっと深い部分で繋がりたくて、思考と本能が別々に働いてるみたいに変な感覚に浸りながら必死に腰を打ち付ける。

「好き……はあ、名前ちゃん、ほんとに好きだから」
「や、うん……んんっ!」

 せめてそれだけでも伝わってほしくて、何度も好きだと言って彼女の顔にたくさんキスを落とした。それを受け取るように、くすぐったそうに力なく笑った名前ちゃんが、幸せそうな表情を崩さずに僕へと手を伸ばす。

「私も、好きっ……あっ…十四松のこと、好きだよ」

 頬へぴたりと名前ちゃんの手がくっついて、その瞬間僕は泣きそうになった。伝わってんのかな、上手に伝えられてんのかな、僕。
 こんなんじゃ下手くそだって笑われても仕方ないと思うけど、名前ちゃんがどうか僕と同じであればいい。同じこと思ってくれれば、それが一番嬉しい。
 そう願いながら、今日で2回目の頭が真っ白になるような感覚に、ぶるりと体を震わせた。







「いやぁ……その……」

 終わったあとは何だか切り出しにくかった。ごめんねって言えばいいのか、なんて言えばいいのか。そもそも悪いことをしてしまったのか、それすら僕には難しいところで……。うん、しかも……。実際の問題はここからだった。
 うーん、いやはや、難解な問題である。なんつって、笑えないから困った。

「……十四松、もしかしてまだ足りない?」
「あっははー何言ってんすか名前ちゃん!僕もうすっげー満足したし、だって超気持ちよかったし……」
「じゃあそれ、なに?」

 言葉を遮って名前ちゃんが指をつっと這わせたのは、また懲りずに大きくなってしまった僕のモノで……素直にごめんなさいと謝るために、正座で向き直ろうとしたが、それよりも先に名前ちゃんが僕の頬をむにゅっと両手で挟んだ。

「んぐふ」
「ね、満足してないの?」
「したした超しまし……」
「本当のこと言って」
「……してません」

 名前ちゃんの迫力に負けて本当のことを白状すれば、彼女はどういうわけか満足げに笑う。それから一度、僕の口に自分のそれを重ねてすっと手のひらごと離れていく。

「十四松って、絶倫なんだね」
「ぜつ、りん……?」

 聞き慣れない単語に首を傾げながら名前ちゃんを見つめれば、何もまとっていない彼女の体が、中途半端に正座している僕の足の上へと跨った。瞬間、余計に反応してしまった自身のそれが名前ちゃんの体にぺちっと当たる。

「あ……」
「十四松、大丈夫だから……もっかいしよ?」
「え?!でも名前ちゃんもう……」

 その続きは、全部彼女の口に食べられるみたいに消えていった。くっついていた唇が離れると、そこには幸せそうに笑う名前ちゃんの姿がある。恥じらいも、可愛さも、優しさも、愛しさも。全部つめこんだみたいな名前ちゃんの笑顔があった。

「私は、十四松が気持ちよければそれでいいから」

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