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出された茶は最高級の玉露だろうか。
深い緑色に相反して口当たりはすっきりと優しい味わいで、思わずほぅと溜息をつく。
茶請けに出された洋風な菓子は、任務の際にでも胡蝶様が都から持ち帰ったものか、はたまた鬼から救った民からの贈答品だろうか。
ふわりと甘いそれはまるで幸福を表したような味で、ここしばらくの疲れが溜まった体に優しく染み渡った。


胡蝶様がご帰還なさったらまずは無事のご帰還に労いのご挨拶をして、それから先日の勿体無いほどのお誘いにお礼を申し伝えて、それから、


美しい庭をぼぅと眺めながら今からする胡蝶様とのやり取りを頭の中で1人何度も繰り返して待つ。


その合間、ふとした瞬間に隊士として過ごした日々の事が頭をめぐる。
御館様や柱の方々、
そして杏寿郎様や同胞達、
走馬灯のように頭の中をめぐるお世話になった人々の思い出に思わず目頭が熱くなる瞬間も多々あった。
しかしその度に、少し離れた部屋から聞こえる隊士達の声に我に帰って、ここは自室ではないのだと涙を堪えた。


そんな風にしばしの時間を過ごしていたら、廊下側を歩く複数の足音が聞こえて、庭を向いていた体の向きを向き直す。


「しのぶ様がお帰りになりました」


洗濯を無事に終えたのか、アオイの声がして襖が開かれる。
開いた襖の先には、先ほどまで遥々鬼を退治しに出ていたとは微塵も感じさせない、涼しげにいつもの微笑みを浮かべた胡蝶様の姿があった。


「胡蝶様、この度の任務もご無事のご帰還何よりでございます。お疲れのところ屋敷にお邪魔させていただきましたこと、ご無礼をどうかお許しください」
「まぁまぁ、苗字名前さん、頭を上げてお座りになってください」
「恐れ入ります…失礼いたします」


正座をしていた足を即座に座敷に跪かせ頭を垂れてご挨拶をすれば、頭上からあの鈴を転がしたような心地よい優しい声とお言葉を賜り、その言葉のとおりまた先ほどの正座の体制に姿勢を戻す。
座敷に向かい合うようにしてお座りになった胡蝶様は、その濡れたような大きな瞳をゆっくりとひとつ瞬かせた後、小さくて桜色の緩く弧を描く唇を割って単刀直入にお言葉を発された。


「ここにいらしたということは、答えがでたということですね」
「…はい。この度は願ってもないお話に何とお礼を申し上げたものか、私のようなものには身に余る光栄でございます。しかし、」
「それは残念です、でもご自身で決められたのなら仕方のないことですね」
「…!」


「襖が開いた瞬間から、貴女を一目見て返事はわかっていましたから」
そう言って胡蝶様は私が無礼な断りを入れるより前にご自身で話を終わりにされる。


私は、なんて阿呆な無礼者なのだろう。
胡蝶様のお言葉にはっとし、とっさに両手をついて頭を下げる。
色無地の着物に髪を結った姿の女が、これからまた命を懸けて戦うように誰が思うだろうか。
そんなこともわかりもしないほどの阿呆になってしまった自分が大変に恥ずかしく、薄く血がにじむほどきつく唇を噛み締める。


「…申し訳ございません、胡蝶様」
「いいえ、謝ることではありませんよ、ほらまた、頭をあげてください」
「はい…」


こんな無礼者にも顔色を変えず接してくださる胡蝶様のお心の広さは海をも超えるといっては過言ではないだろう。
無礼への許しを請うようにもう一度深く頭を下げてから正面に座る胡蝶様と目を合わせれば、胡蝶様はまたその大きな瞳を瞬かせて微笑みを浮かべられた。







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