07
「最初からわかっていたんです、貴女がもう刀を握らないであろうことは」
「で、でも!それではなぜ、」
「だって、貴女を1人にするのが心配だったんです」
「余計なお世話でしたね」と言って微笑まれる胡蝶様のお言葉に目頭が一気に熱くなり体中の水分が瞳に流れ込むような感覚になる。
「それで、これからはどうされるのですか」
「…はい、里に帰って藤の花の家紋の家を構えるつもりでおります」
「そうですか…貴女らしい素敵な答えです」
「勿体無いお言葉、身に余ります」
胡蝶様から賜る温かいお言葉の数々に、強張っていた体の緊張が抜けていく。
以前より「もしもの時は」と頭の隅で考えていたことではあったが、いざその時になり自分の出した答えは本当に正しいのだろうかと不安に揺れていたけれど、それは決して間違いではなかったらしい。思わず安堵の息が漏れた。
「此度は私のような者にまで誠にありがとうございました。どうかゆくゆくにも胡蝶様にご多幸ある事を切にお祈り申し上げております」
胡蝶様は任務からお戻りになったばかりでさぞお疲れのことであろうから、謝罪と礼を述べることも無事済んだことだし長居せずにそろそろこの場を立ち去ろう。
そう思いその場から立ち上がって、最後に再度礼の言葉を申し上げて廊下に向かって一歩踏み出す。
しかし。
背を向けた矢先、「待ってください」と胡蝶様に足を止められた。
「…まだ何かございましたでしょうか」
どくりどくり、心臓が大きく脈打つ。
いつも涼しげな表情で何を考えていらっしゃるのか読めないこのお方が、お次は何を申し上げられるのだろうか。
「苗字名前さん、この間のお話は少し無理の過ぎる話だったでしょうけれど」
隊士が嫌なら隠になれと言われるか、
それとも、
「…胡蝶様、」
「ごめんなさい、しつこいのは承知の上です」
綺麗に正座をしたままの胡蝶様が、瞬きせずににこりと微笑む。
「ただ…まだ、私達は貴女を必要としているんです。どうでしょう、ここで手負いの隊士の手当てをする、というのは」
藤の花の家紋の家を構えるより、それはずっと鬼殺隊のためになる話であることは考えるより明らかなことだった。
でも、
「…申し訳ございません、胡蝶様」
貴女が思うより、わたしはもっとずっと弱い人間なのです
先程この部屋で一人胡蝶様を待っている間、
怪我に苦しむ隊士の声が時折耳に届くたびに、あの人も苦しみながら最期の時を迎えたのだろうか、なんて。
そんな、考えてもしようのないことがぐるりぐるり頭をめぐって、私はじわりじわりと苦しみの底に沈んでしまいそうになるのです。
「無理を言ってしまいましたか。ごめんなさい、どうかお許しくださいね」
「いえ、私には身に余る光栄に存じます。頂いたお言葉を胸にこれからは己の天命を全うしてまいります」
眉を下げて謝罪の言葉を述べる胡蝶様に胸がずきりと痛む。
ああ、胡蝶様。
どうかそのようなご尊顔をなさらないでください。
けれどやはり、それは私には難しい話であることは変わりがなかった。
廊下に向かって歩き出していた体を胡蝶様にむきなおり、立ったままであった姿勢を今一度跪いて胡蝶様に頭を下げる。
私の答えが揺らがない事がわかったのだろう。
「屋敷の外まで送ります」と、胡蝶様もその場から立ち上がられる。
「さぁ、暗くなる前に。鬼殺隊の所有する敷地の中といえど夜間の女性の一人歩きは危ないですよ」
「はい、ご高配にあずかり誠にありがとうございます」
このお方はどうしてこうもどこまでもお優しくていらっしゃるのだろうか。
立ちすくむ私の横をしゃなりと通り過ぎた胡蝶様が廊下に通じる襖に手をかけた時だった。
「おい、胡蝶はいるかァ」
胡蝶様が引くより先にガラリと開いた襖のその先に、懐かしい彼の姿があった。
- 7 -
*前次#
ページ: