「「ただいま」」


扉を開けて2人で一緒に玄関に踏み入れて、互いに顔を見合わせて帰宅を告げ合う。


ただいま と おかえり
おはよう と おやすみ
いただきます と ごちそうさま
ありがとう と ごめんなさい


良いことがあった日も喧嘩をした日も、挨拶だけは欠かさないようにすること。
2人で暮らし始めた時に名前と一緒に決めたルールだ。
とはいえ俺と名前が喧嘩をすることなんてほぼ無いに等しいため、約束されたのはしがないただの日常の挨拶でしかないのだけれど。


「荷物リビングに置いてくる」
「ありがとう。私、お風呂溜めてくるね」
「うん」


洗面所に入っていく名前と二手に分かれて、真っ暗なリビングに踏み入れて明かりをつける。
すぐに明るくなった部屋のカーテンは出掛ける前のまま開いていて、窓の外にはすっかり夜景が広がっている。


今日のデートはランチからディナーまでのフルコースで楽しんだ。
名前お望みのイタリアンを食べた後、次々と服を買い上げる俺にもう十分だという彼女の声を無視して散々百貨店を練り歩いて、最近会食でよく使うお気に入りの水炊きの店で少し早めの夕食を済ませて帰宅した。


2人でのたまの外食まで鳥料理を食べたがる俺に名前は少し呆れたような素振りだったけれど、とり出汁の風味がよく出たとろみのあるスープに口を付けた瞬間に名前の表情が綻ぶのを見て俺も思わず笑みを溢した。


両肩に目一杯背負った紙袋の数々を床に置いて、重たくなった身体をソファに沈める。
こんなにも1日中地上を歩き回ったのはいつ振りだろうか。


「ホークス、何か飲む?」


ソファに背中を預けて天井の照明をぼんやり見つめながら1日を振り返っていたら、いつの間にかリビングに入ってきた名前に声をかけられる。


「ビール飲もうかな」
「めずらしいね」
「名前も一緒に飲んでくれる?」
「…じゃあ、飲んじゃおうかな」


翌日仕事を控えた夜に俺が酒を飲むのは確かに珍しい。
でも今日は、この1日を最後まで噛みしめたい気分なのだから仕方ない。


お風呂が沸くまでね、と言って冷蔵庫から冷えたビール1本とグラスを2つ取り出してきた名前が2人で座るには少し広いソファで俺の隣に掛けて、ちん、とグラスを鳴らす。


「「かんぱい」」


夕食の際にも焼酎を飲んだけれど、外だとどうにも周囲が気になってなかなか酔えないのに、自宅で飲む酒はどうしてこうも少量でよくまわるのだろうか。


「今日はありがとう」
「どういたしまして」
「久しぶりに1日一緒に過ごせてすごく嬉しかった」


真っ直ぐに目を見てそういう彼女も、酔っているのだろうか。
普段はなかなかそんな事を面と向かって言ってこないのに、微笑んだ表情は少しばかり桃色に染まっている。


「これからはたまには休むよ」
「あ、そういうつもりで言ったわけじゃないよ」


ごめんね、と言う彼女は酒を飲んでいる時まで控えめだ。


「でも今日買った服着てまたデートしなきゃだろ」
「またデートしてくれるの?」
「それはこっちのセリフだ」
「もう、あんまりからかわないで」


楽しみだという彼女に次のデートは何しようか、と問いかけようとしたら軽快な電子音に風呂が沸いた事を告げられる。


「明日も早いでしょ?ホークスお先にどうぞ」
「名前は?」
「グラス片付けなきゃ」


そう言って俺の手に握られた空のグラスと自分で持っていたまだ少しだけ中身の入ったグラスを手にキッチンへ行こうとする名前の背中を大人しく見送るわけもなく。
1センチほど中身の残されたグラスを彼女の手から奪ってぬるくなったビールを飲み干して、どうしたの、とでも言いたげな表情の彼女の腕をぐっと引き寄せる。


「ねえ名前」
「…なに?」
「たまには一緒に風呂入ろうか」


だって今日は1日名前と一緒に過ごすと決めたのだから。





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