踏み入れた部屋は暖かくて、秋の夜の気候で少々冷えた身体に心地よかった。
空中となると地上より幾分か肌寒いのでなおさらだ。
バルコニーからリビングを抜けてダイニングテーブルの椅子を引いて腰かけようとすると、名前に手を洗うよう促されたのでおとなしくその指示に従う。
「いただきます」
「どうぞ、召し上がれ」
食卓に並べられた彩のいい食事は最初こそこんなに豪勢ではなかったけれど、毎日日課として食事を作るうちに名前はどんどん腕をあげて今ではお世辞じゃなく店に出せるような腕前だ。
本日のメインの一品である唐揚げを一つ箸でつまんで口に頬張って、うまい、といえば名前は嬉しそうに笑った。
「今日はお仕事どうだった?」
「でかい事件や事故はなかったよ、今日も平和だった」
慌ただしかったけど、と付け加えれば、ホークスは仕事が早すぎるからね、とまた小さく笑う。
「名前は、どうだった?」
「…うん。かわりなし、かな」
「…そっか」
「でも、次回から新しい治療も取り入れてみようかってお医者様に言われたの。傷跡を今よりきれいにできるかもしれないって」
3年半ほど前に名前は仕事中に大きな怪我を負って、天使のようだった彼女の大きくて白い羽は根元から折れて彼女はその羽を失った。
羽弁が抜け落ちても寝ればまた再生するし、骨折くらいなら適切な治癒でまた再生するだろう。
しかし、背骨から抉れるように完全に折れ去った彼女の翼が再生することはなかった。
もう1つの個性の治癒能力でなんとか再生できないかと周りは提案したけれど、彼女の治癒能力は自身の体力を酷く消耗するもので、負荷の割に治癒力が秀でて高いわけではない。大怪我を負った状態でリスクを負って使用ができるものではなかった。
大きな怪我ではあったものの幸い後遺症もなく日常生活は支障なく送れている名前は、変形してしまった背骨の経過観察として月に1度病院に通院している。
年頃の女性なのだから、今日の医師からの提案は嬉しい話だったのではないだろうか。
背中の痛々しい傷跡を気にしてか、ウエディングドレスを着たくないとなかなか結婚の話を呑んでもらえない俺にも少し希望が差した。無論、結婚の話に首を縦に振ってもらえないのは、それ以外にも理由があるのだろうけれど。
「ごちそうさまでした」
「今日もいっぱい食べてくれたね、嬉しい」
「名前の飯ならいくらでも食べるよ、鶏肉は特に」
鶏肉を残すのはなんでか酷く気が引ける。
満たされた腹を一撫でしてふうと息を吐いて、今すぐにでもベッドに横になりたい気持ちと戦いながら、テーブルの上の食器の後片付けをする名前に風呂に入ってくると告げて浴室に足を向けた。
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