09
南向きの窓から暖かな日差しの差し込む事務所で、二人の男がそれぞれの仕事をこなしていた。
ふと、一人の男がパソコンを操作する手を止め、伸びをしながら呟く。
「あーあ、馬鹿が高専関係者と接触したせいで、一層監視が強化されちまいましたよ。やりづらいったら、もう」
そういった男の前にある液晶画面には、人間の名前が羅列されている。その内の半数には名前の横に“死亡”の文字。
「問題はない。どういった経緯で目をつけたのかは知らないが、
呪術師がアレの利用価値に気付くのは難しいだろう。
呪ってみないと分からないのだから」
もう一人の男も書類に走らせていた手を止め、そう返した。
そういえば、と伸びをしていた男が再び口を開く。
「鬼島さんがアレにどうして利用価値を感じるのか、俺、知らないんスよね」
「俺は話した」
「えぇ?」
「覚えていないということは、お前が興味をもっていない証拠だ。以上」
「待って待って、だとしても俺、今興味わいた!だからもっかい教えて鬼島サマッ」
そう言って男はもう一人の男――鬼島に向かって大げさに拝む仕草をしてみせた。
それを横目でちらりと一瞥した鬼島は、深い溜息をついてから仕方なく説明し始める。
「アレは特別頑丈だ。――否、
頑丈というのは語弊があるか」
鬼島は面倒くさそうな態度の割には、理解しやすい言葉を探して繋ぎ合わせていく。特別男に目をかけているだとかそう言った意図は全くない。
適当な言葉で何度も説明を求められるよりも、一度で理解させることが結果的に自分の手間を省くことに繋がると知っているためだ。
「苗字家の人間は元来、呪いへの耐性が強く、死ににくい。お偉いさん御用達の呪詛師の間では有名だ」
「へえ〜」
「だが、あくまで
耐性があるだけだと思われていた」
「ほうほう…」
「…お前、本当に興味ないな、そういう事。だから依頼人の地雷を踏むんだ」
「詳細にはこだわらないタイプなんスよ。いーじゃないスか、どうせ殺すっていう依頼ばっかだし。それより早くアレの利用価値教えてくださいよぉ」
「……」
死ぬ人間、殺す人間の背景や機嫌取りが何の役に立つのか。糞の役にも立たないだろう――それがこの男の基本スタンスであり、鬼島の悩みの種でもある。
依頼の“実行”については使い勝手の良い手駒であるものの、
殊“相談”となると狙っているのかという程に依頼者の地雷を踏んで踏んで踏み抜きまくり、烈火の如く憤怒させることもしばしばだ。
しかしそれを注意しても徒労に終わるであろうことは想像に容易いため、「とにかく、
耐性ではなく――」鬼島は暫くの沈黙を置いてから話を再開させた。
「
呪いの無効化の術式だった」
「無効化…!」
目に視えて男の顔に喜色が浮かぶ。興味を満たすことが明らかな単語だったからだ。
「つまり、苗字家は
無効化術式の家系。六眼でも持っていない限り、術師かどうかは術式を使うまでわからない。だから今まで誰も気が付かなかった。かく言う俺も、呪いを
流してみてわかったんだ」
鬼島は叶うであろう将来を思い、口角を吊り上げる。
「アレを得ることで俺の術式は完全になる。そうなればあの五条悟さえも、俺を殺すことは出来ないだろう」
「ヤッベー!無効化って、マジか〜パねぇ〜〜!ってか鬼島さん依頼人呪ったんスか!?鬼ヤバ!鬼畜ッ!呪詛師ッ!……あれ、でも高専が気付いたらヤバいくね?」
「…呪わなければわからないのだから、わかるはずもないと…」
「なるほどね!?そーゆーことね!?理解理解!」
興味を満たされ気分が高揚した男の煩さに辟易としながらも、鬼島は改めて己に
ツキが回ってきたことを噛みしめていた。
そもそも彼が依頼人であった苗字家の人間を呪うに至った経緯、それは
高専に追い詰められたからだ。己の術式を完璧なものへと昇華すると同時に意趣返しまで出来るとあればこれ以上のことはない。
――コンコン。騒がしい事務所に、来訪者が現れる。
慌てた様子の
草臥れた男だ。
「失礼します。苗字名前の調査を引き継いだ術師が判明致しました」
高揚していた男は自分の好奇心を満たす話の終わりを察し、今までの騒がしさが嘘のように静かになった。そしてそのままパソコンでの作業を再開し始める。
報告者である男は少しの間のあと、生唾を飲んでから口を開いた。
「ご、五条悟です」
一瞬の、沈黙。
「なるほど、ご苦労。引き続き様子を探れ」
鬼島は表情を変えることもなく、静かにそう言っただけだった。
パソコンに向かう男は相槌さえも打つことなく、作業に没頭している。
「五条悟が、引き継いだんです」
「ああ、聞いたが?」
「ご、五条悟ですよ?!」
ぶるぶると震え、男は言外に“聞こえなかったのか”と鬼島に再三訴えかけた。
しかし、鬼島の表情は変わらない。
「何を恐れる必要が?」
「――は?」
“五条悟”――凡そ多くの呪詛師が最も関わりたくないであろう呪術師だ。後ろ暗いことだらけの呪詛師がその男と対峙するとき、大抵後ろ暗いことの真っ最中であり、そしてその日が命日となる。
物理的にか、心理的にか、社会的にか、そういった違いはあるだろうが それまでの人生の終わりの訪れであることに違いはない。
だから呪詛師にとって五条悟とは、もはや人間ではなく現象だった。“呪詛師に訪れる死”という現象。
それ故男は その“死”に何の感慨も抱いていないであろう鬼島を、信じられないものを見るような目で見ていた。
「拾いたいものが
偶然、五条悟の足元にある――それのどこに、恐れる必要が?」
もう男は首を横に振りながら、「あ、ありません…」そう言う他なかった。
210306
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