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実際に呪霊を祓ってみようという五条さんの提案で、現在私は東京のとある廃ビルの前に立っていた。


「というワケで!この廃ビルの呪霊退治が今日の君のミッションだよ〜」

「五条さんのですよね」


廃ビルを指さし宣言した五条さんだが、実際は彼の任務であることは既に知っている。なぜ知っているのかというとこの任務を担当する補助監督に聞いたからだ。
先日五条さんが呪術高等専門学校で教師をしているという話を聞いた際に得た情報では、その高専は教育機関でありながら任務の斡旋、サポートも行う要の組織であるらしい。補助監督とはそのうちの斡旋、サポートに関わる高専職員のこと。今日この廃ビルまで送迎してくれたのは補助監督である伊地知さんだ。


「僕は任務を片付けられる上に君の術式解明の一助になるかもしれないんだから、一石二鳥ってやつだね」

「まあ、効率的なのは私も好きですけど…。それにちょうど昨日から冬休み入って時間もありますしね」

「いいな〜冬休み!僕も欲しーい」

「……」


いつかの五条さんが“呪術師は万年人員不足で大変だ”と言っていたことを思い出す。が、何故か五条さんからはストレスの“ス”の字さえ感じたことがないので、こうして休みが欲しいと言うのを聞いても何となくしっくりこないものがある。飄々とした雰囲気のせいでそう見えるだけなのだろうか。返答に困っていると、五条さんは気にした様子もなく任務の説明に移る。


「さっき伊地知も言ってたけど、この廃ビル、近所の中高生が入り込んでることもあるみたいだから巻き込まないように注意してね。まあ、巻き込むような術式じゃなさそうだから問題ないと思うけど、何せ術式不明だから念のため」

「それは承知してますが、そもそも祓うってどうしたらいいんですか?」


私が五条さんから教わったのはあくまで呪力コントロールだけだ。祓い方などは具体的に指導された覚えがない。呪霊を前にして追加指導があるものとすっかり思っていたが、この口調からすると私だけ廃ビルに入るのだろう。


「簡単簡単!拳に呪力込めてぶん殴るだけで祓えるよ、それくらいの呪力コントロール出来るようになってるし。ちなみに防御も同じ。呪力で受けてね」

「……」


握った拳を指して朗らかに笑う五条さんを見て、げんなりしてしまう。拳でぶん殴って呪霊を祓う自分の姿が想像つかないし、何よりその絵面に品性を感じない。やるかやられるかの場面で品性など気にする方が間違えているのだろうが、“常に理性的であれ”という苗字家の教えに反するような姿には抵抗がある。

どうやら私のその心情を察したらしい五条さんは拳を解き、やれやれと言わんばかりに肩を竦めて言った。

「名前はワガママさんだなー」

「花の女子大生に拳を振るうなんてバイオレンスな絵面を強要するのは如何かと…」

「花の女子大生って完全に死語じゃんウケるわー。…あの警棒持ってきてる?」

「はい」


護身用に携帯している伸縮式の警棒を取り出し、使えるよう整える。軽いのに丈夫で、すっかり愛用している品だ。…女子大生が警棒を愛用しているという様が客観的にどう見えるかは置いておく。


「その警棒を呪力で覆うだけでも十分だと思うよ。ただし、呪具じゃないし呪力込めすぎると壊れちゃうから気を付けてね」


呪力コントロール訓練で呪骸を使用した際、呪具や札などの説明も受けたため五条さんの言わんとしていることは理解できた。ので、試しに呪力で警棒を覆ってみるが特に問題はなさそうである。


「例の呪霊と戦ってた時 結構動けてたから格闘技とか武術とか心得あるんだと思って、あんまり心配してないんだけど、それでへーき?」

「はい。家が家なので、幼少時に護身術を叩き込まれました。能動的に攻撃する術ではありませんが相手が先日の呪霊くらいであれば十分反撃可能かと」


金と怨恨、両方面で狙われるリスクがそこそこ高い家系だったため、護身術や逃げの訓練は体に染み付くほどに繰り返し教え込まれてきた。

親族の中にはそのまま格闘技を趣味にする者もいたが、私はそうではなかったので、あくまで“流す”、“逃げる”がメインだ。それも“流す”に至っては人間相手を想定した型なので、自分が思っているほどには使えないことを前提とすべきである。


「通りで受け流し方が的確だったわけだ。でも、万が一何かあったときは“逃げ”に集中しな」

「はい」

「多分一体か二体で、4級程度の雑魚だと思うけど、油断は禁物。以上!」

「わかりました」


私の返事を聞いた五条さんはにっこり笑み、ひらひらと片手を振った。


「んじゃ、行ってらっしゃい」


久しぶりに聞く送り出しの文言だったので、すぐには聞き取れなかった。少し遅れて理解して、一礼する。
片手をあげるほど気安い仲ではない。――ないけれど、返答しない程馴染んでいない仲でもない。


「…はい、行ってきます」


行ってきますなんて、口にしたのはいつぶりだろう。


210323
  

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