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「どうでした?」

「んー?」


車の後部座席に乗り込んだ五条に運転席から伊地知が問うが、返ってきたのは生返事だ。

しかし五条が『クロだった』と言わないのであれば恐らく『シロなのだろう』と伊地知は思う。
であるならば年若い、つい最近まで未成年だった人間を問答無用で殺してしまえなどという術師に任務を振らなくて良かったと、静かに伊地知は安堵した。
彼と今回疑惑の女子大生はほとんど年齢は変わらないが。


「ただ、術師なのは間違いない。本人に自覚はなさそうだけど」

「と、いうと?」

「呪力の感じが。それに呪霊に全く動じてなかったから、術式を自衛の術として認識している可能性もある」


五条が口にしたのは短い回答ではあったが、伊地知にはそれだけで彼の言いたい現在の状況を正確に掴むことが出来た。

呪術師と非呪術師の相違はどこかと言われると、“呪力量”と“呪力の状態”がまず挙げられる。
呪力量は言わずもがな。非術師の呪力は日常で呪霊を目視で確認することが出来ない程度である。呪力の状態は、呪術師が呪霊を生まない理由に通ずるが、非術師が感情のまま呪力を垂れ流すのに対して、術師は纏っている・・・・・と形容するのが最も近い状態だ。纏っているが故にコントロールによって術式を行使出来るし、死亡時にその呪力はそのまま呪霊となるのだ。

呪いに関して五条 悟有する六眼ほど視える眼はない。その眼で“呪力の在り方が術師のものだ”と評したのなら、まず間違いはない。


「ところで伊地知、頼んだやつは?」

「こちらです」


伊地知は、五条が車に乗り込むのと同時に直ぐ手に取っていた追加の・・・資料を素早く手渡した。


「お〜えらいえらい、仕事早いじゃん」


軽い口調で賛辞を述べる五条に、密かに拳を握り感激する伊地知である。日々仕事がツライと感じている彼だが、こうしてその仕事ぶりを認められるのは嬉しいものらしかった。
そしてまた、普段は伊地知を構ってばかりいる五条であるが、彼こそが実際はこうした伊地知の有能ぶりをしっかりと認めている一人でもある。


「多分授業はきっちり出るタイプだと思うんだよ」


その資料はたった一枚の紙――苗字 名前の一週間の授業予定表だった。


「ま。そんな感じだから授業終わりを狙って接触すればいいんじゃない」


貰ったばかりの予定表を小さく折りたたむと、ポケットに仕舞い込む。


「僕としてはちゃっちゃと拉致して高専で身柄預かってのんびり誰かに術式探ってもらって使える人材なら術師にしちゃうってのが最楽ルートだけど、如何せん警戒心がかなり強いっぽかったからさ〜」

「では、このまま日常生活を送らせるということですか」


伊地知はほんの少し眉をひそめた。五条にこの任務をあてがった理由の一つを思い浮かべたからだ。


「ウン、そーね。…伊地知の言いたいことはわかるよ、呪詛師を警戒してるんだろ?んで、やつらの狙いは“彼女の勧誘”だと考えてる」

「………」

「でも心配ご無用!そんなにホイホイ勧誘されそうなタイプならもう今の時点で僕がここまで担いできてる」

(絵面が完全に犯罪ですが…)


目隠しの男が女子大生を米俵のように肩に担いで歩く様を思い、伊地知は起きてもいない事象であるのに若干焦る。
というのも、普段の様子を思えばやりかねないと感じているからだろう。


「で、お遣いが上手な伊地知クンに次のお遣いね」

「…ハイ」


五条は人差し指を立ててにんまりと笑む。伊地知は『確実に面倒な内容だ』と察しつつも、必要であるからこその頼みであるし、もし不要であったとしても拒否権は存在しないと知っているので受け入れる他なかった。


「苗字 名前が巻き込まれた事件で、この資料にないやつ何件か見付けてきて」


立てた人差し指で、乱雑に隣の座席に放り投げられた事件のまとめ資料をさして、五条が言う。


「……ハイ」


午後も忙しくなりそうだと、吐きたいため息を堪えて伊地知は車のサイドブレーキを外し、車を発車させる。
仕事があるのはお互い様ですよと言う代わりだ。


「え、これどこに向かってんの」

「廃病院です」

「え」

「空き時間があればそちらも片付けて欲しいということでして」

「え〜観光しようと思ってたのにィ〜」

「ココ、東京じゃないですか…」





210217
  

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