05



「どこいくの?」

「帰宅しますが?」

「え〜?夕飯食べようよ、一緒にさ」

「お断りします。忙しいので」

「じゃ、僕も上がっていい?駅前のちょっと良いマンションだよね?」

「お断りします。忙しいので」

「ええ?」


怪しい男は尚も私を付け回している。
何となく予想はしていたが、キャンパスを出てしれっと立ってこちらに手を振る様を見たときは大分うんざりした。
とにかく私は予定外の行動が大嫌いだ。日常生活を送っていればあらゆるイレギュラーに遭遇するし、それらすべてを全く許容しない訳ではないが、“自分のペースを侵される”――この一点についてだけはどうしても受け入れ難い。

自宅に足を進めながら、今後のことを考える。
面倒だが使用人に相談して何とかしてもらうか。自宅はバレてはいるが、セキュリティ対策万全のマンションなので一時的に遠ざけることさえできれば家に乗り込まれる心配もない。このプランが最善だろう。
自宅に近づいたら電話でワンコールすれば恐らくエントランスまで来てくれるはずだ。


「もうお話は十分お伺いしたと思いますが、まだ何か?」

「話したのはこっちの事情・・これからどうするか・・・・・・・・・はまだ話が始まってもないじゃん」

「どうするもなにも、どうもしません・・・・・・・よ。あなたも仰ってたじゃないですか、『関わりたくないならそれでもいい』と」

「また死人を増やしてもいいならね?」

「……性格わる…」

「お、イラっとした?」


ちらりと男を見るが、何が楽しいのか相も変わらず笑っている。というか、『イラっとした?』って、なんだ。この男は私と話がしたいのではなく、刺激することが目的なのだろう。

しかし私は正直、感情の起伏がほとんどないと自認している。この程度では何も感じない。ただひたすらに、煩わしいだけだ。


「そうだ。先に言っておくけど、君のお金の力で僕を何とかしようとしても、なんとも出来ないよ」

「………」

「あ、でも、やろうとして出来なければ君は僕のことちょっとは信じてくれるかな?」

「………」


私の金の力でどうにもならないというのなら、暗に私以上の権力に守られているということだろう。しかしそれもまた、今は信じるに値しない妄言だ。
いいだろう、やってみるべきだ。男の言う通り、試してみるのも悪くない。


「あれ?そっち?」

「…こっちが近道なんですよ」


進行方向を急に変えた私の背中に、男が声をかける。意地悪をしたつもりはないので振り返りかけたが、思いとどまり前を向いたまま返した。ついてくることを許容したと思われては困る。

男はすぐに私に追い付き、再び隣に並んだ。長身が故に歩幅も大きいのだろう。


「オンナノコの夜道は危ないでしょー、明るい道使いなよ」

「……」

「あ、しかもこの道、脇に霊園あるじゃん」


この道は駅方面に向かう近道だ。表通りとは違い住宅が建ち並び、道は狭い。昼間なら通行人もいるし見通しも悪くないが、街灯が少ないので夜はすっかり暗くなってしまう。
その上男の言う通り、霊園が面しているということもあって更に夜は人通りが少ない。
確かに正直、通るべき道ではないだろう。もう少し進めば霊園の駐車スペースもある。そういった場所に車を止め、一人歩きの女性を狙う輩もいるのだから。


「お化けとか怖くない系?」

「存在を信じていませんでしたから」

「あは、そこはちゃんと過去形なんだね」

「…今日以前に視たものは未だに幻覚だと思ってますけど」


男は私の前に回り込んで行く手を塞いだ。
あまりに距離が近いので、避けることが出来ずに立ち止まってしまう。


「今日以前のも、呪霊だよ。君の友達も、家族も、みんな呪霊に殺された」


男は私を指差して平然と続ける。


「君の代わりにね」

「……馬鹿らしい」


この男は何らかの目的をもって私の感情を搔き立てようとしている。しかし、どうしても何も感じない。
普通の心を持った人間ならきっと、怒ったり悲しんだりするんだろう。


(――本当に、馬鹿らしい)


どう揺さぶろうとしたって、私の感情は全く波打たないというのに。

私の様子を観察する男を押しやり、再び歩き始めようとしたときだった。


『ばぁけけけ…もぉ…おま、…おぉぉまああ、あ、ばばばけもももも…ぉお…』



210219
  

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