06



「精々3級ってとこかな」


現れた呪霊は蛇のような姿をしていた。そして今まさに絶賛交戦中である。僕ではなく件の女子と。
ちなみに僕はというと、霊園の外塀の上で文字通りの高みの見物中。


『み、つ、け…ばけ、ばばけぇぇ…』


先程から呪霊だけが言葉を零している。名前はひたすら攻撃を避けることに徹底し、何も話さない。
中々悪くない動きなので、今後呪術師になるとなっても何とかなりそうだ。勿論、術式によるが。

それにしてもなんだか、面白くない。何の動揺もせずに、僕を当てにすることもなく、黙って一人で呪霊と対峙する様が。


「……っ」


彼女がリュックから取り出したのは携帯用の警棒だった。伸縮式のようで、それを慣れた様子で整える。


「随分と物騒な女子大生だ」

「護身用です」


彼女の生い立ちを考えれば護身用に何か持ち歩いていても驚きはしない。それより恐らく、これから驚くのは彼女の方だろう。
彼女は警棒を振るって呪霊の横っ面を殴りつける。


「!!」

『ぉぉおぉぉおお…』

「無駄だよ。呪いは呪いでしか祓えない」


人間相手なら確実に怯んだであろう打撃も、呪霊には大した威力を発揮せずに多少の牽制となっただけで終わる。


「君が呪力か術式で・・・・・・攻撃すれば、通じるよ」

「…は、なるほど」


呪霊から距離をとり、名前は苦く笑った。


「私がコレを呪力とやらでどうにか出来れば、一連の事件の犯人を私にできる・・・・・という訳ですか」

「あ、そうとる?」


名前は再び感情を顔から削ぎ落し、ひたすらに蛇のような姿の呪霊をいなしにかかる。
当然どんなに労力をかけようが、その行動は呪霊への影響はほとんどない。このまま続ければ疲弊した彼女に呪霊の牙が届くのは時間の問題だろう。

それを眺めながら、頭の冷静な部分で今の自分を省みてみる。

――らしくない。

浮かんだのはそんな言葉だった。
言動も、行動も、普段の僕らしくないんじゃないか。そうずっと感じている。

勿論、こういう・・・・言動にも行動にも意味はある。
初見からして彼女のことが上手く掴めなかったからだ。この目を以てしても彼女に“術式が刻まれている”ことしか視えず、“どういう術式なのか”までは視えなかった。
であるならば、揺さぶるだけ感情を揺さぶり呪力を増幅させて、半強制的に術式を発動させてみるのが手っ取り早い。
相手は術師としての訓練を受けていないのだから、感情のままに呪力は溢れ出すだろうと踏んでいたからだ。

ところが彼女にはなんの変化もない。呪力だけではない、感情を揺さぶられている気配さえない。
普段の僕なら、とっくにアプローチ方法を替えているだろう。
でも実際には、彼女の感情を揺さぶることにこだわってしまっている。


――初めて彼女の顔を覗き込んだ時の、人形のように無感情な表情が頭にこびりついて離れない。


襲い掛かる呪霊を避けた彼女が、よろめく。
いよいよ形勢は彼女にとって苦しいものとなっていた。


「ねえねえ、そろそろ助けてあげよーか?僕のこと信じてくれるなら助けてあげてもいーよ」

「………」

「君のことさ、もっとちゃんと調べてみたんだよ」


彼女はこんな状況にも関わらず、表情には未だ何の感情も浮かべていない。動いたことによって多少呼吸が乱れている程度だ。
こちらを見ることさえしないことが、気に入らない。


「未解決事件どころじゃないね、行く先々で人が死んでんじゃん」
「で、君だけが毎回無傷」
「これで本当に自分が“呪い”と無関係だって思ってるなら逆にヤバくない?」


僕の言動は、確かに彼女の感情を揺さぶるために発している。
でも、だからといって、どんなことでも言っていいのだろうか?頭の端ではそう思うのに、口の方は止まらない。


「君こそが死神なんじゃないの」

「黙って」


――ついに名前が反応した。

眼前の敵へ視線をやったままなので、どんな顔をしているのかはわからない。
けれど、発した声は今までになかった人間らしい熱を帯びていたように聞こえた。

僕は思わず身を乗り出す。


「名前、」

『名前、おおおまえ、おまえの、セイ、名前…、おぉぉぉままああえええのぉぉおお』


唐突に、呪霊がしっかりと彼女の名を・・・・・発音した。
それを認識した名前が糸が切れたように停止し、呪霊の牙が彼女の体に肉薄する。

グチャリ


「………」


当然、その牙がどこかに届くよりも早く、僕が祓ってしまった。
祓う為に彼女の直ぐ横に降り立ったけれど、あんなに見たかった彼女の表情を見ようとは思えなかった。

呪霊が虚空に完全に溶けると、彼女は警棒を構えていた手をだらりと脱力させ、静かに口を開く。


「貴方の言う、呪術だ、式神だ、…未解決事件だなどと、信じたら…私は、どうしたら?」


そういった声は少し震えていた。

僕は、彼女が無感動なのだという勘違いをしていたらしい。そんな訳がないことくらい、少し考えればわかったはずなのに。

感情のない人間なんていない。よく考えたらわかることだった。
周りの人間がバタバタ死んでいく中、毎度たった一人生き残る。その地獄で普通でいられるはずがない。

感情が揺れないんじゃない。感情が虫の息・・・なんだ。


「ごめん」


名前にとって、“呪いを信じる”ということは、“自分が呪いだと受け入れること”と同義だったのだろう。
他人に言われるまでもない。本人が切々と、日々、事あるごとに感じてきていたに決まっている。
自分に纏わりつく呪いが他人を殺したのだと。自分こそが死神なのだと。

――つまり僕は大義名分をたてて、必要以上にただ彼女の傷を抉っただけ。


「ごめんね」


僕は名前の方を見て言う。
彼女はじっとこちらを黙って見ているだけだった。

『らしくない』なんてものではなかった。
とどのつまり、僕は調査を盾に彼女の視界に入るためのちょっかいを出し続けていたというだけのことだ。


(…子供ガキかよ)


相変わらず彼女の顔からは何の感情も読み取れない。呪力だって平坦だ。

それでもきっと本心は、泣いているのだろう。



210221
  

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