08
「じゃ、早速行こう。何食べる?」
「すぐそこのファミレスでいいです」
という会話を経て現在私たちはファミリーレストラン店内にて向かい合い座っている状態だ。
ちなみに『大学の知り合いいるかもよ?』と言う五条さんで多少の懸念は過ぎったが、共に店選びに興じる程親しくはないのでさっさと決めるが吉だ。今日の今日出会った人間と雰囲気の良いお店を選ぶ意味もない。
そして包帯の目隠しなんて怪しすぎる風貌の男と一緒にいるのを知り合いに見られるのは決して良くはないだろうが、大学での交友関係はそんなに広くないため恐らく直接疑問をぶつけられることもないだろうと高を括っているところもある。裏通りの店を選んだので、遭遇率も高くないはずだ。
お互いの注文をすませ、私はセルフサービスのお冷や、五条さんはドリンクバーのコーヒーを持ってきて着席する。
「名前もドリンクバーにしとけばよかったのに」
「そんなに長居する予定ではないので」
「つれないなぁ」
五条さんはわざとらしく肩をすくめる仕草をしてから、コーヒーに砂糖をボチャボチャと放り始めた。
明らかに過剰な量であるが好みはそれぞれだ。何も言うまい。
「そうだ、ご飯がくる前にまずは僕の術式を見せたげるよ」
「え」
思いついたようにそう言った五条さんに驚く。
私が疑われている理由は術式が人を遠隔で殺害できる可能性があるからだったはずだ。だからてっきり、全ての術式は攻撃の手段なのかと考えていたが違ったらしい。
そんな私の反応に五条さんは首を傾げるたが、すぐに得心がいったようだ。
「術式って言っても使い方次第だよ。中には何に使うの?って感じのもあるしね。勿論、攻撃に特化したものもあるけど、目的ありきで身につけるものじゃないからさ」
そういえば“基本的には先天的に体に刻まれているもの”と言っていたことを思い出す。
呪術師は呪霊を祓う者をいうが、祓う為の術式を持っている者をいうのではない。場合によっては、攻撃性の低い術式を工夫して使用することで祓うこともあるということなんだろう。
「はい、お手をどうぞ?」
「………」
五条さんの手の平が、突然テーブルの上に差し出された。
ともすれば まるで手相を見せてくるかのように見える状態だ。
「ぶっちゃけ僕、呪術師最強だからかなりすごい術式なんだけど、特別だよ」
(…最強って、自己評価で口にする人初めて見た)
にっこり自慢気に口端を持ち上げる五条さんが、早くしろと言わんばかりに差し出した手を揺らす。
しかし、本日二度 呪霊を一瞬で屠った場面を目にしているからか、何となくその手に触れることに躊躇してしまう。
「ほら、大丈夫だよ。どうせ触れないから」
触れないとは?と思いつつ、五条さんの手の平に重ねるように手を伸ばした。が、
「!」
触れない。
確かに重ねようとしているにも関わらず、触れることが出来ない。
特に手の平側からの抵抗感はなく、自分が手を浮かせている感覚もないため、感じたことのない妙な感覚を覚える。
「ど?フツーじゃ信じられないでしょ。呪術の存在証明になったかな」
「………」
注視してみるが、種も仕掛けもないことは明らかだった。
しかし何らかの原理は存在するのだろう。であればこの現象を事実として受け入れることもやぶさかではない。元来考察することは好きな性質だ。
「ちなみに術式止めれば簡単に触れるよ、こんな風に――」
突然手に感じていた違和感が消えて、すんなりと私の手が五条さんの手に重なりそうになる。しかし、
「お待たせしました〜」
料理を運んできた店員の声に驚き、思わず手を引っ込めた。
何事もなかったかのように五条さんも手を戻し、「あ、それ僕」店員の配膳を促している。
「いただきまーす」
「…いただきます」
カトラリーボックスからナイフとフォークを取り出し、配膳された料理に手をつけた。
「改めて本題に入っていいですか」
「はいはい、どーぞ」
本来食事をしながら小難しい話をするのはあまり好きではないのだが、ここで席を共にしている目的を果たすべく口を開く。
「まず、私にかかっている疑惑とは“殺人”ということですか?」
「そうといえば、そう。君にかかっている疑惑は呪詛師疑惑だよ」
「呪詛師…」
「呪術で人に危害を加えたりする呪術師のこと」
日常では耳にすることのない、“呪詛”という単語にぎくりとした。が、五条さんは何でもないことのように続ける。
「そういうやつらを放っといたら危険でしょ。だから僕ら呪術師の仕事には呪霊を祓うっていうメイン業務以外に呪術界の掟――呪術規定に則って世の中の平穏を守るって業務も含まれる」
注文したパスタをフォークにくるくると巻き付けながら五条さんは続ける。
「で、名前の身辺調査中にそこそこ強い呪詛師と接触したせいで、最強の僕に白羽の矢が立ったってワケだ」
そこまで言ってから巻いたパスタを口にした。咀嚼し、飲み込んでから思い付いたように言う。
「あ、呪詛師が接触しようとしたってことで名前の呪詛師疑惑も色濃くなってるよ、オメデトウ」
「………」
なんというか、意地悪とかではなくて、元々こういう性質なんだろう。
気にすることでもないので話を進める。
「…貴方こそがその呪詛師だという可能性は?」
「そうだったとして、この状況に合理的な説明がつく?」
即座に返ってきた言葉は的を得たド正論で、こちらの方が返答に窮してしまう。
「もし君が邪魔ならとっくに消してるし、利用したいなら拉致でもすればいい、仲間に引き入れたいならもっと甘い言葉を使うよ」
五条さんはそこまで言い切ってからにっこり笑った。
「別に疑われても構わないけどね」
口に入れた食べ物を咀嚼しながら考える。
確かにその通り。術式が不詳で手が出せない、もしくは利用価値の有無が不明瞭で様子を見ているというのも有り得るが、そうだとすればそもそも接触する必要性は低い。
唯一可能性があるとすれば「仲間に引き入れる」だが、それはこれから自分でこの人を見定めればいいことだ。
「ま、さっきも言ったけど君のすべきことは単純明快――“術式を判明させて嫌疑を晴らす”。簡単だろ?」
「…その“すべきこと”は簡単だとは思えませんが」
そもそも、今日初めて呪力というものを知ったし、正直なところその存在を認めても自分にその力が扱えるとは思えなかった。
そんな私に向かって、「だーい、じょーう、ブイ!」五条さんはピースサインをしてみせる。
「乗り掛かった舟だからね!呪力の“呪”の字も知らない君に、この最強の術師こと五条さんが使い方を教えてあ・げ・る」
語尾にハートマークでも付いているのではないかというような口調で(恐らく)成人男性に言われても、反応に困るというものだ。
そして“タダで貰えるもの”というのはどうしても猜疑心が先行し、素直に受け取る邪魔をする。
「貴方にとっての見返りは?」
五条さんはピースサインの中指を折り、再び口を開いた。
「名前の術式を明らかにすることは僕の任務にとって必須条件。だったら教えちゃって早く術式を発動してもらった方がいい。呪術を知れば自ずと術式を発動できるようになるはずだからね」
「“見返りは要らない”と言われるより信用できますね。それに善意だの同情だのよりずっと健全です」
「でしょ?」
この人が信用できる人間かどうかは未だ判断しかねるが、向かうべき方向性は明確だ。
もしかしたら本当に“私の呪い”が終わる日が、近い将来やってくるのかもしれないという期待が胸に広がっていく。
「改めまして、苗字 名前です。短い間でしょうがどうぞ宜しくお願いします、五条さん」
「五条さんなんて他人行儀じゃん、悟でいーよ」
「遠慮します」
210302
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