魔術と紛う催眠


先制点を取られた日本代表は、一点のビハインドを取り返すべく奔走する。

再開早々に、不気味な笑みを称えるサタンがボールを奪うとドリブルで駆け上がる。サタンの猛攻を止めるため、選手達は三人がかりで立ち塞がる。
中央から攻め上がった吹雪が対峙すると、彼の足元から芝生のフィールドが凍ってゆき、サタンは胸の前で手をクロスさせる。

「ああ、わりぃ!」

その時、吹雪とサタンの間を吉良が横切った。
吉良に意識を取られ動揺を見せるサタンへ、吹雪のアイスグランドが突き刺さる。

「攻めるぞ!」

零れたボールを受け止めた吹雪は、すかさず灰崎へとパスを繋ぐ。

「必殺タクティクス……インビジブル」

パスを受けドリブルで駆け上がる灰崎だったが、オーストラリア代表の選手達が立ち塞がると、奇妙な手の動きを見せ始める。すると、辺りに白い霧が立ち込め、灰崎ごとその姿を覆い隠してしまった。

「なんだこの霧は…!」

慌ててパスを出そうとすると、灰崎の足元からすっとボールが消える。

「消えた…!?」
「馬鹿な!」
「なんなんだ、このタクティクスは!」

取られた、ではなく確かに消えた。
そう見えたのは灰崎本人だけでなく、吹雪、鬼道、稲森も目をみはる。
そんな彼等を置き去りに、ボールを奪取したサルは迷わずゴール前にいたサタンにパスを出した。

再びタイムトランスを放つサタン。迎え撃つ円堂だが、やはりタイミングが合わない。
攻略の糸口を見つけ出せないまま、またもや失点を許してしまった円堂は悔しそうに唇を噛んだ。

「一体どうなってやがるんだ!」
「フィールドの悪魔が悪魔に魅入られてちゃ世話ねえな?」
「うるせえ、お前だって見えてねえだろうがよ!」

苛立ちを抑えられず灰崎が声を荒らげれば、吉良はわざと突っかかり彼の焦燥感を煽る。

「あの瞬間、ヒロトのイレギュラーなプレーのせいで敵からボールを奪えた」
「ヒロトの行動が何らかの仕掛けの邪魔をしたということか?」

口論を繰り広げる二人の傍らで、集まってきた吹雪が何やら気づいたことを伝える。

「確かに、瞬間移動など有り得ない。きっと何かカラクリがあるはずだ」

何らかの仕掛けが何かはまだ分からない。しかし、今起こっている状況はあまりにも非現実的だ。
何より、吉良のイレギュラーな動きから可能性を見いだせたのなら、必ず突破口があるはず。そう結論づけた鬼道はふと、風丸に目をやる。

「どうした、風丸?」

何やら辺りをきょろきょろと見渡す風丸に、鬼道は尋ねる。

「おかしいと思わないか?ベンチや観客の反応」
「ああ、俺も妙だと思っていた」

風丸の言葉に、ベンチや観客席に視線を向けながら頷く鬼道。二人の会話に「確かに」と円堂も共感する。

「もし敵やボールが消えているなら、もっと驚く反応があるはずだ」
「しかし、観客も実況も、俺達が普通にボールを取られたと思っている」

吹雪と風丸が顔を見合わせ、頷き合う。
フィールドに立つ者とそれ以外の者との見え方の違いに違和感を感じていた選手達は、何かに気付いたかのように示し合わせる。

「どういうことですか?」
「お前ら、わかるように言え!」

すっかり置いてけぼりを食らった稲森は困惑した様子で、灰崎は腹立たしげに説明を求める。

「敵の瞬間移動を見ているのは恐らく、フィールドにいる俺たちだけだ」

簡潔に結論を出した鬼道に、現状を把握しきれていなかった者達はそれぞれ驚いた反応を見せる。

「見えない敵との戦いか。面白くなってきたじゃないか!」
「フッ、そうだな…」

対策は未だに見つけられていないというのに、円堂だけはどうしようもないこの現状を楽しんでいた。
挑戦的な円堂の姿勢に不安を纏った選手達のガラリと雰囲気が変わり、鬼道は柔らかい笑みを浮かべた。

選手達がポジションに戻ると、再び日本代表ボールで試合が再開される。
とにかく自分達にできることで立ち向かうのみ。選手達は何とか対抗しようとするが、それでも相手選手のトリックプレーに翻弄されてしまいうまく動けない。

「どうしたらいいんですか?大ピンチですよ〜!」
「そうですねぇ、困りましたね〜」

ベンチで観戦していた大谷は、焦りを覚えながら身を乗り出す。だが、考えたところで対策は出ない。
腕を組んだ趙金雲でさえも、今回はお手上げ状態か。
そこへ、一人の救世主が降り立った。

「あぁ〜!アナタは…!」
「雷門夏未です。強化委員として海外チームの調査をしていました」

突如現れた少女、雷門の長いウェーブがかった赤茶色の髪が揺れる。
お土産を持って現れた雷門は、元々雷門中サッカー部のマネージャーをしていた。やがて円堂達と同じく強化委員としての役割を果たすため渡航した彼女だったが、いつの間に戻ってきたのだろう。
彼女を知る大谷や神門は驚いた表情で、反面で趙金雲と久遠は含み笑いを浮かべた。

「マネージャーで強化委員の雷門夏未か…!」
「意外と可愛いな、おい!」
「ちょっと………」

彼女の登場を傍から見ていた選手達が各々反応を示す中、月詠はコソコソと子文に耳打ちする。

「すみません。あの方って……」
「あぁ、そういえば月詠さんは知りませんでしたね」

唯一、日本の学校出身では無い彼女は、雷門の存在まで把握しておらず、戸惑いを隠せないでいた。
子分は受け取った手土産を取り出しながら、彼女に強化委員制度のことや雷門についての事を簡単に説明する。

「私が日本に居ない間にサッカーはそんなことになっていたんですね。教えてくださってありがとうございます」
「いえいえ〜!分からないことがあればなんでも聞いてください!」

お任せあれ、と自分の胸を叩く子文に両手を合わせた月詠は「頼もしいです」と嬉しそうに微笑んだ。

「オーストラリアは情報規制型のチーム。日本では彼等のチーム個性は知られていないですが、私は彼等の能力を把握しています」

一方、雷門と話す趙金雲は「おぉ!なんと!」と驚き混じりの感嘆をあげる。
雷門の存在は、情報規制により翻弄されるがままの日本代表を救う一筋の光。それぞれが期待を込めて雷門を見つめる中で、隣に置かれた手土産を覗き見た剛陣は、箱の蓋を開ける。

「三色団子…?海外に行ってたんだよな?」

中には上から赤、白、緑、の順番で串に刺された三つの団子が詰められていた。
どこからどう見ても日本産の和菓子。海外に行っていたはずなのに?と剛陣は不思議に思いながら雷門を振り返る。

「来る途中に買ってきましたが、何か?」
「いや、それお土産って言わないんじゃ……」

淡々と答えた雷門に剛陣は引きつった笑みを浮かべながら小さくツッコんだ。

「夏未さん、聞かせてください。彼等の能力を」
「貴方は?」
「永世学園の基山タツヤです」

そこへ、話を聞いていた基山が雷門に問いかける。
名前を尋ねられ、軽く会釈をしながら微笑んだ基山に「そう」と雷門は呟いた。

「何故こいつにだけ名前を聞く…!」

じとりとした目つきで二人を見ながら、剛陣は小さくぼやいた。

フィールドでは、不動がドリブルで駆け上がっていた。しかし、彼の前にサルが立ちはだかる。
サルは「イヒヒッ」と不気味な笑い声を上げながら、またもや胸の前で手をクロスさせた。瞬間、サルの姿が消えたように見え、不動が気付いた時には、ボールはサルの足元に転がっていた。

また同じパターン。何度も繰り返すこの現状に、いよいよ日本代表も勘づき始める。

「鬼道さん、敵選手の手の動き…!」
「あぁ。ただの威嚇動作だと思っていたが、アレには何かありそうだな」

鬼道の元に駆け寄った稲森が相手選手の手の動きについて触れれば、鬼道もどうやら察していたようで、稲森が最後まで話すまでもなく頷いた。
どうやら二人はあの手の動きに何かしらの手がかかりがあると睨んだようだ。

「でも、悪魔の力だとしたら為す術なしですよね」

ふむ、と鬼道の思考を巡らせていれば、邪魔するように一星が入り込む。

「悪魔の力など存在しない!」

そんな彼の言葉が癪に触ったのか、それとも行動か。珍しく声を荒らげた鬼道の圧に、気圧された一星は背を反らせる。そんな鬼道を宥めた稲森によって、その場は何とか事なきを得た。

試合は続行。手の動きというヒントを掴んだところで正解は導きだせぬまま、日本代表は精彩を欠いていた。
何か打開策は無いのかと無我夢中でとにかくボールを追いかけていれば、選手達のイレブンバンドにメッセージが届いた。

「目を閉じて、ちゅ?」
「顔文字を読むな!」

丁寧に顔文字まで読み上げた鬼道に灰崎がすかさずつっこむ。

「夏未、帰ってきたのか」
「おぉ!夏未か!」

意図が読めずベンチを見た鬼道は、そこで初めて雷門の存在に気付く。つられて円堂も嬉しそうに笑いながら大きく手を振った。
二人の視線を受けながら微笑んだ雷門は、チラリと後ろのベンチを見る。雷門の瞳には一人の少女が映る。

「彼等が心配?それとも、何か不安なのかしら?」
「いえ、そういうわけでは……」

どこか浮かない表情をした月詠は、雷門の言葉を受けると慌てて笑顔を作り否定した。
しかし、相変わらず彼女の表情は晴れない。それをわかっていながら、雷門はそれ以上の詮索をやめて再びフィールドへ視線を戻した。

「みんな、聞いてくれ。敵が妙な動きを見せたら、すぐに目を閉じるんだ。目を閉じて、耳と気配だけで動くんだ」

フィールドの一箇所に選手達を集めた鬼道の発言に、明日人は「えぇ!」と仰天する。

「おいおい、目ェ瞑ってプレーできるわけねぇだろ」
「そうとも言いきれませんよ?」

何を言ってるんだ、とでも言うように不動が反論すれば、坂野上がそれを否定する。

「優秀なサッカー選手は、耳と気配から周りの状況を把握していると言います。視覚はプレーをするための情報の一つに過ぎないんです」

彼の言う通り世界では、生まれつき視覚障害を持つ人でもできる、ブラインドサッカーというものが存在している。ブラインドサッカーはほとんど音を頼りに行う競技で確かに視界を必要としていない。

しかし、それを今ここで行うには、あまりにもリスクが高すぎる。
正に行き当たりばったり。そもそもぶっつけ本番でそんなことが出来るのか。一抹の不安が脳裏を過ぎる中で稲森は決意を決める。

「よし、やろう!」

当たって砕けろだ。そう迷わず決断した稲森に、他の選手達も顔を見合わせると、頬笑みを浮かべて頷き合った。