彼はそれを正義とした


ハーフタイムが間もなく終わりを告げようとしている。各々がポジションに出揃う中、風丸は鬼道の隣に立ち並んだ。

「一星を排除すると言っても、一体どうやって?」

鬼道の意図を聞かされていた風丸がふと、疑問を投げかける。

「いるだろ、そういうことに向いているヤツらが」

フッとニヒルな笑みを浮かべた鬼道は、遠くに立つ灰崎と吉良を呼びかける。
二人は「ああ?」とどこぞのチンピラのようにガラの悪い風貌で同時に振り返った。声をかけた鬼道を面倒臭そうに睨みつける中、鬼道は話を持ちかけた。

「一星を潰すだと?おもしれえじゃねぇか」
「ひれ伏してもらうぜ、俺と言う神の前に」

鬼道から一星排除の提案を受けた二人は、文字通り悪魔のような表情で不敵に笑った。
血気盛んな灰崎と吉良の姿を見届け、鬼道は一人、月詠に視線を送る。

「(お前が何者なのか、この試合で判明させる)」

そう心の中で宣言し、鬼道は自身のポジションへついた。
​────天才ゲームメーカー、鬼道有人の反撃開始だ。


ホイッスルが鳴り響く。オーストラリアのキックオフで後半戦が開始すると、気味の悪い笑い声を上げながらサルが切り込んでいく。

「よこせェ!」

しかし、灰崎が行く手を阻むと荒々しいプレーでボールを奪取。素早く吉良にパスを出し、見事な連携プレーで相手陣内へ攻め上がっていく。
日本代表が誇るツートップの凄まじい速攻に、一星がすかさずマークに入る。

「行くぜ灰崎!」

吉良の左サイドへ駆け上がった一星を一瞥すると、灰崎に合図を送る。同時に、吉良から出されたパスを灰崎は勢いよく蹴り込んだ。

「うッ…!!」

ぐしゃり、と鈍い音。一星目掛けて放たれた灰崎のシュートは、彼の脇腹にのめり込んだ。
あまりにも突然のことに受け身も取れず、倒れ込む一星の身体。

「おらよ!」

そこへ、こぼれ球を拾った吉良が続けて一星の鳩尾へとボールを蹴り込ませた。苦しげな声を漏らした一星の身体は、地面を滑り強く打ち付けられる。

「ナイストラップ!」

地面に倒れ込む一星の姿をハッと鼻で笑った灰崎が手を差し伸べることはなく、ドリブルで駆け上がる。
一星はそんな彼の背中を睨み上げながら、手に力を込めて痛みの響く身体を起こした。

「一星、大丈夫か…!」
「ッ、はい」

よろめきながら立ち上がる一星を心配して稲森は駆け寄る。
しかし、一星は稲森に視線を向けることなく、眉根を寄せると鋭い目つきで二人の姿を睨みつけた。

「…………」

目の前の情景に、月詠は痛いほどに手を握り込んだ。
排除する、と宣言した鬼道は言った通り確かに実行に移した。だがしかし、冷静な彼がこんな行動に出るとは思ってもいなかった。

「月詠さん、大丈夫?顔色悪いけど…」
「あ、うん。大丈夫だよ」

彼女の顔にはいつものような生気がなかった。
怖いほどに固くなった表情に坂野上は心配する。坂野上の声にハッと我に返った月詠は、何事も無かったかのようにいつも通り笑った。

ころりと変わる彼女の表情は気味が悪い。
二人のやり取りを傍から見ていた風丸は、数分前、鬼道と交わした会話を思い返していた。

「俺は、あいつもトロイの木馬じゃないかと睨んでいる」
「あいつって、月詠が…?」
「あぁ。風丸はあいつを監視していてくれ。もしあいつが本当にトロイの木馬であるならば、必ずボロが出るはずだ」

試合が始まる直前。唯一、風丸にだけ打ち明けられた話。
一星と違い月詠の不審な言動に身に覚えのない風丸は、未だ彼女が裏切り者とは思えなかった。けれど、あの鬼道が理由も無しに疑うはずもない。
二人の狭間に立ちながらも、風丸は鬼道に言われた通り、月詠の存在をその瞳に捉えていた。


​一方、相手陣内まで一気に攻め込んだ灰崎と吉良。
だが、灰崎の放ったノーマルシュートはパズズによって防がれてしまう。
防いだボールがサタンに渡ると、サタンからサル、アス、と繋がっていく。

「うぜえ手はもう使わせねえ!」

相手選手の動きを確認し、動き出そうとした一星だったが、彼を警戒していた灰崎が荒々しくぶつかりながら一星のマークにつく。
思うように動けない一星を他所に、ドリブルで駆け上がるサルとアス。そんな二人の行く手を阻もうと、前に立ち塞がったのは稲森と氷浦。

アスがチラリと併走するサルに目をやれば、彼は再び不気味な笑い声を零す。同時に、スパイクから飛び出た鏡が反射して、稲森と氷浦は目眩しにあってしまった。

「なに!?」
「ちょっと、何なんですか!」

一星を止めてもなお、反則行為は止まらない。
突然間に入ってきた灰崎に、一星は惚けながら叱責すると、フッと嘲るように笑って去っていった。

「光には警戒していたはずだろ?」
「クズ共は連携プレーもできるようだ。どうやらこのフィールドは汚ねえやつらだらけのようだな」

そう吐き捨てると灰崎は、走り去って行く一星の後ろ姿を鋭い眼光で睨みつけた。

「君、完全に狙われているねえ?」

隣に並んだ一星を横目に、揶揄いまじりの言葉を投げかけるサタン。一星は気に食わなさそうにふん、と鼻を鳴らした。
カカカカッとサタンの頭が小刻みに揺れると、試合当初の風貌に変化する。

「だがこれ以上はさせはせん!我ら、刻印の意思のままに!」

身体の熱に呼応して、首筋に刻まれたオリオン座の刻印が、怪しく光った。

アスからサル、そして前線を走るサタンへとボールが渡る。サタンはトリッキーなプレーで次々と日本代表選手達を抜き去ると、あっという間に円堂と対峙する。

「こい!タイミングさえ合わせれば…」
「何をしようと止められはせんぞ!」

荒々しく叫びながら、手をクロスさせる。時空が歪み、サタンのタイムトランスが炸裂。
対する円堂も、しっかりとタイミングを見計らい風神雷神を繰り出した。だがやはり、どうやってもタイミングがズレてしまう。やがて魔人のオーラが消えるも、遅れて飛んできたシュートに円堂は諦めず、右腕を伸ばして食らいついた。
しかし、それでもシュートの勢いは止められず、再び失点を許してしまった日本代表は、ついに三点もの差をつけられてしまった。

「(技なしじゃ止められない…風神雷神でタイミングを合わせる方法を見つけるしかないか)」

ぐぐっ、と地面に打ち付けられた身体を起こすと、右手拳を左手の平に打ち付ける。

「見つけてみせる…!」

よし、と気合いを入れ直す円堂。そんな円堂を遠巻きに見ていた吉良は、隣に立つ鬼道に目を向けた。

「一星は潰す…だが、タイムトランスを止められなきゃ負けだぜ?」
「まずは、一星を排除することに集中しろ」

迷わずそれだけを告げた鬼道に、灰崎と吉良は顔を見合せる。どうも冷静さをかいているようにも見えるが、彼の表情は読めない。
吉良ははんっ、と鼻を鳴らすと灰崎と共に自身のポジションへと戻って行く。

一人、取り残された鬼道の背後に一つの影が近付く。

「一星に対処するのはいい。だが………」

鬼道の決意は理解していた。それでも、一星にばかり気をとられる鬼道が、風丸は心配だった。

「鬼道有人を見失うなよ」

冷静さを失った鬼道の行動にただ一言、忠告した風丸だったが、鬼道は風丸の気持ちに応えることなく、無言で立ち去っていく。
脳裏に過ぎるのは怪我で戦線離脱を余儀なくされた豪炎寺と、危うく大怪我を負わされるところだった円堂の姿。
大切な仲間を狙われた鬼道の怒りは最骨頂で、鬼道自身もその怒り制御できずにいた。

「(………排除だッ!)」

僅かながらに残った理性を振り切って、心の中で吐き捨てた鬼道は、更に強く意志を固めた。


日本代表ボールから試合が再開されると、早々に灰崎と吉良は一星を狙った。

吉良の放った強烈なシュートとも言えるパスが一星を目掛けて直進する。それを避けようと慌てて身をかがめた一星だったが、その間にサルが割入った。
一星を狙ったシュートを胸でカットすると、早々とドリブルで駆け上がる。

「あいつら!」
「一星ごとまとめて潰してやるか?」

ニヤリと笑う吉良の提案に灰崎は乗ると、すぐさま激しいスライディングでボールを奪う。

「おらよッ!」

白と黒のサッカーボールが物凄い勢いで、サルとアスの身体に打ち付けられる。灰崎と吉良の攻撃は止まらず、跳ね返ったボールを器用に受けると、次へ次へと相手選手に向かって蹴り放つ。

「俺がやる!」
「いいや、俺だ!」

しまいには、どちらがやるのかで争い始める始末。そんな二人の姿を見ていた不動は「青春してるねぇ」と茶化しを入れる。

もはや試合とは呼べない状態に、事情を知らない一部の者達も異変に気付き始めていた。

「(どうなってるんだよ、この試合…!)」

ドリブルで駆け上がる稲森は、現状に戸惑いを隠せなかった。

「明日人!」

パスをよこせ、訴えかける灰崎に稲森は足を止める。果たして、本当に彼に託してもいいのか。
悩んでいるのをいいことに、稲森の前へ立ち塞がるアス。慌てて爪先でボールを転がすと、一歩後ろにあとずさる。

その時「明日人さん!」と坂野上が彼の名前を呼んだ。
坂野上なら、と稲森は坂野上にバックパスを出す。しかしその期待はやむなく、坂野上は稲森からのパスを受け取ると、前線へ駆ける灰崎へボールを渡してしまった。

「坂野上、もしかして君も一星を?」
「え?なんのことですか?」

執拗に一星を痛めつける灰崎と吉良。坂野上も加担しているのか確かめるために詰め寄った稲森だが、坂野上はきょとんと小首を傾げる。
何も知らない坂野上の様子に、稲森は何も言えなかった。

灰崎に渡ったボールは不動を介して最前線の吉良に繋がれる。空高く飛び上がった吉良は、空中で旋回しながら何度もサッカーボールを蹴り上げる。

「オラァ!ザ・エクスプロージョン!」

やがて爆発的な威力を纏った必殺シュートが放たれると、フィールドに立つ一星に命中。
一星は「ぐあぁぁあ!」という悲鳴を上げながら軽々と吹き飛ばされると、地面に体を打ちつけながら転がった。

「一星​ーーッ!!」

稲森の叫び声が響き渡る中、こぼれ球を拾った不動はゴール前までくると、頭上で手を払う。すると、カラフルな五色のボールが現れた。

「マキシマムサーカス!」

不動を中心に回転したボールはやがて、彼の足元に吸い込まれるように集まる。そのボールを蹴り付ければ、五色のボールがたちまち一つになる。まるで手品のような強烈な新必殺シュート。

対するパズズは、顔の前に拳を掲げる。ジャラジャラと音を立てて彼の右腕に鎖が巻き付くと、勢いよく天に向かって腕を突き上げた。

「太陽のギロチン!」

同時に鎖が天高く伸びると、パズズは勢いよく腕を振り下ろす。熱の刃を引きずり下ろしたその必殺技は、ボールは真っ二つに切り裂いた。

不動が悔しげに歯噛みする一方で吉良の必殺シュートをもろに受け、仰向けで倒れた一星に稲森が駆け寄った。

「大丈夫か…!」

苦しげに肩で息をする一星の顔を覗き込むと、稲森は手を差し出した。目を瞬かせた一星が稲森へと視線を向けると、稲森は険しい顔を解いてにこっと笑いかける。
少し見つめあったあと、一星は差し伸ばされた稲森の手に、自分の右手を重ねた。

「なぁ、灰崎達さっきから一星を…?」
「はい。僕のプレーが気に入らないんでしょうか」

心配そうな表情で稲森が尋ねる。
何も知らない稲森の姿に、しめた、と心の中で笑ほくそ笑んだ一星は、わざとらしく肩をすぼめて落ち込んだ。

「なんでそんなこと……」

そこまで言いかけて、ハッと気付く。
試合前に鬼道から呼び出しを受けた灰崎と吉良の密談を、稲森は遠巻きに見ていた。あの時は、二人が必要な作戦を思いついたのだろうか、と思っていた。だが、あれはまさか​────。

「鬼道さんが……?」

稲森は疑惑の瞳で鬼道を捉える。一星はそんな彼の姿に、ニヤリと口角をつり上げた。

「あいつら、調子に乗りやがって!」
「こうなったらヤツを出す…!」

日本代表陣内を駆け上がりながらサタンは、監督のディアボに目線を送る。ディアボが頷くのを見届けると、サタンはすかさずタッチラインの外へボールを転がした。
どうやらオーストラリア代表は交代枠を使うようだ。

「鬼道さん!灰崎達が一星や敵を攻撃してるの、鬼道さんの指示ですよね?」
「…………」

その間に稲森は鬼道へ詰め寄った。
腰に手を当てたまま無言の鬼道。弁解も弁明もする気がないのか何も答えない彼に、無言は肯定だと受け取った稲森は「どうしてですか!」と声を荒らげる。

「こんなの、サッカーじゃありません!」

鬼道の背に向かって稲森は叫ぶ。
しかし鬼道は、まるで稲森の声が聞こえていないかのように一言も声を発さない。

「鬼道さん!」

赤いマントを揺らして去っていくその後ろ姿に、稲森は必死に名前を叫ぶ。
だが、覚悟を決めた鬼道は振り返りはしない。

「お前、なんにも見えてねえな」

この試合で何が起きているのかを知る灰崎は、稲森の一方的な姿に苦言を呈すると、続くように鬼道の後ろを追った。
ただ一人、何も分からぬ稲森だけを残して。