君のレミニセンス
残り時間も半分を切った頃、オーストラリアはミッドフィールダーのベルゼに代えて、ルシ・ファノスを投入した。
「ターゲット候補、リストアップ。六番……」
ルシは抑揚のない声でそう言うと、日本代表のディフェンダー陣に目を付けた。風丸、次に月詠かと思えば、彼女を飛ばしてその隣に立つ坂野上を見る。
「二番、決定」
機械のようなその声を皮切りに、日本代表のスローインで試合が再開すると、ルシは駆け出した。
ボールを胸で受けた不動は、アスのマークを振り切ると相手陣内へと攻め込んでいく。
しかし、背後から物凄い速さで迫ったルシの強烈なスライディングで早くも日本はボールを奪われてしまう。
「何もんだ、あいつ?」
尋常じゃない先程の動きに吉良と鬼道は警戒を強める。
「通しませんよ!」
表情を変えぬまま駆け上がるルシの前に坂野上が立ちはだかった。
「ルシ、ターゲットロックオン」
スッと目を細め、そう呟いたルシは左足を強く踏み込んだ。
スパイクの先端が鋭くキラリと光るのを坂野上は見逃さなかった。何だ、と目を凝らしたうちに彼の横をすり抜けたルシ。
「うっ、ああああッ!」
途端、鈍い痛みに坂野上は悲鳴をあげながら、地面へ倒れ込んだ。会場内のざわつきに、稲森は慌てて坂野上の元へ駆け寄った。
「この傷…!」
稲森は坂野上の左足首に目を移し、絶句した。
青いソックスを彩るようにじわじわと範囲を広げる鮮血。どうやら彼は足を負傷してしまったようだ。
「切られたみたいです…ッ」
「坂野上くん!無理しないで…!」
ふらつきながらもゆっくりと立ち上がる坂野上だが、左足に走る激痛に顔を歪ませると、ぐらりと身体が傾いた。
その身体を支えようと手を伸ばした稲森だったが、突如として間に入った月詠が彼の肩を抱く。彼女も稲森と同じく、坂野上を心配して駆けつけたようだ。
「月詠、坂野上から手を離せ」
「え、鬼道さん?」
そこへ、鬼道も坂野上の元へ近付いた。
鬼道は坂野上を支える、月詠の姿を見て眉を顰める。一方的なものではあるが、鬼道の険悪な雰囲気に稲森は戸惑った様子で月詠に目を向けた。
「でもっ───!」
「手を、離すんだ」
「……分かりました」
念を押すように語気を強めた鬼道の声には怒りが混ざっている。
彼女の正体が判明しない限り、いつ何をしでかすか分からない。負傷者であるチームメイトと接触させるべきではない。そう瞬時に下された判断に、ここは大人しく従うしかない、と感じた月詠は稲森に目を向けてにこりと笑いかける。
「稲森さん、支えてあげてください」
「あ、うん!」
「私は少し離れてますね」
嫌な顔一つもせずに坂野上から離れた月詠は、こちらを睨む鬼道にさえも気にしていない様子で笑いかけると、ゆっくりとした足取りで離れていってしまった。
去っていく彼女の後ろ姿を心配そうに眺める稲森だったが、鬼道は気にした様子もなく坂野上に声をかけた。
「大丈夫か、坂野上?」
問いかければ坂野上は、衝撃的な発言をした。
「俺、見ました。あいつのスパイクに刃物が仕込まれていたのを」
「なんだって…?」
「敵は、ここまでするのか……」
あまりのショックに稲森は耳を疑った。
刃物だなんてそんな、有り得ない。言葉を失う稲森に対して、鬼道は静かに怒っていた。
脳裏を巡る豪炎寺と円堂の姿。二人の次は坂野上が───。鬼道はグッと奥歯を噛み締める。
「行動を起こすべき時があるんだ。大切なものを守るためにはな」
「一体何が起きてるんですか!?」
「…全てはチームを守るためだ」
鬼道の思惑が稲森には分からない。
「坂野上、お前の仇は俺達が取る」
俯かせた顔をあげて、坂野上に向き直った鬼道はそう宣言し、その場を去ろうとした。
しかし「待ってください」と坂野上が制止する。
「俺に、やらせてください」
決意を決めた双眸がそこにあった。
応急処置を受けた坂野上を加えたまま試合は続行。
「(太陽のサタン、お前達の悪事をお日様の下に照らし出してやる!)」
「ルシ、またお前 切る」
強い覚悟を抱きながら、ルシの前に立ち塞がる坂野上。短い単語で宣言をしたルシのスパイクから鋭い刃物が姿を現した。
「あーーーッ!審判!!」
途端、坂野上が叫んだ。ドリブルで近付いてくるルシのスパイクに指をさしながら審判を見れば、目を見開いたルシは慌てて足を踏み込んだ。
シュッと刃をしまったルシは、サタンにパスを出して坂野上の隣を通り抜ける。
「そんなの、効かない」
囁くように告げられた言葉に、作戦が失敗した坂野上は眉根を寄せた。
「行くぞ!」
ルシからパスを受けたサタンが猛スピードで日本代表選手達のディフェンスをかわしながらゴール目前までやってくる。
「うおぉぉおおおお!!」
そこへ、サタンを追って来た稲森が、サタンの右サイドからスライディングを決めてボールを奪った。
「(俺は、正々堂々とサッカーがしたいんだ…!)」
「なに!?」と驚くサタンを他所に、意気込んだ稲森が氷浦にパスを出す。氷浦へ繋がれたパスは次に坂野上へ渡ると、坂野上は次の作戦へと行動を移した。
「また、お前…」
真っ直ぐと突き進んでくる坂野上を見て忌々しげに呟いたルシは、再びスパイクから刃物を出した。
「かかったな!」
すると、坂野上は突然足を止め、刃物に向かってサッカーボールを蹴り放った。
ぐさりと深くボールに突き刺さった刃物は簡単には取れない。ルシがつま先で何度もボールを転がす後ろで坂野上は「へへっ、作戦通り!」と得意気に笑った。
「仕上げはこれだ!氷の矢!」
手を振り払うと同時に、辺りがふわりと冷気に包まれる。
氷に包まれたボールにルシが動揺を見せる中、坂野上は凍ったボールめがけて蹴り込んだ。スパイクに仕込まれていた刃物がその勢いで根元から折れる。
刃物が刺さったままのボールは、ころころとフィールドを転がり、やがて萎んでいった。
「ルシのアイデンティティ、消滅……」
個性を折られたルシは、がくりと膝から崩れ落ちた。
「小細工はやめだ!タイムトランスを彼らが防げぬ以上、僕らは点を取り続けられる!」
どこまでも荒れた試合はまだ続く。
前線へと上がるサタンを誰も止められないまま、日本代表のゴールに迫り来る。
円堂はまだタイムトランスの攻略法を見つけ出せていない。このままではまずい、焦燥感がみんなの胸を燻っていたそんな時。
「円堂くん!」
ベンチから声を張上げた雷門が、タッチラインまで駆け寄ると、三色団子を空高く掲げ、ゆっくりとした動作で横に倒す。
あまりにも奇天烈な雷門の行動に、それぞれが意味を理解できず首を傾げる。
「三つの、団子…赤、白、緑……」
先端から色の順番に視線を移動させて円堂は雷門からのメッセージの意味を考える。
「そうか!タイムトランスを防ぐ方法は、三色団子だ!」
そして、円堂はその答えを見つけ出した。その様子に誰もが驚く中、サタンのタイムトランスが炸裂。
今までと同じように風神雷神で対抗してみせる円堂だが、やはり生まれる時差に二つの魔神のオーラが消える。
しかし、円堂の戦いはここからだった。
「出て来い、三つ目の魔神!」
雄叫びと共に、背中から黒いオーラが渦巻いた。それが形を成し三体目の魔神が姿を現す。
再び腕を突き出した円堂は、タイムトランスの時間差攻撃を食い止めることに成功した。
「夏未、サンキュー!!」
ボールを両手で持ち上げ、喜びを叫んだ円堂は、雷門に向き直り親指を立てた。雷門はそんな円堂の姿にふふっと微笑むと、団子を一口ぱくりと口にした。
「よーし、みんな!攻めろー!」
苦戦したタイムトランスの攻略に、円堂が成功したことにより、試合の流れは一変する。
反撃に転じた日本代表は、灰崎のパーフェクトペンギンと吉良のザ・エクスプロージョンによって一気に二得点を得ることに成功。
「鬼道さん、俺に考えが!」
残り時間も僅か。氷浦の呼びかけに応えた鬼道が彼にボールを渡す。
「(そうはさせない!妨害してやるッ!)」
明らかな憎悪が込められた瞳が彼等を睨む。
先回りしてオーストラリア陣内へと走り込んだ一星は、スパイクから鏡を取り出す。
「いくぞ!」
鬼道の掛け声に、灰崎と不動が呼応する。
その後ろで佇んだ氷浦がクロスした腕を横に広げると、氷煙がボールを包み込む。
「氷の槍!」
やがて、凍り付いたボールを二回蹴り上げ足の裏で押し出すと、三つに別れた曲線が一つになり、真っ直ぐと鬼道達三人の元へ突き進む。
氷の槍を取り囲む鬼道、灰崎、不動は旋回しながら空中に三角形を描き出す。
「デスクラッシャーゾーン」
三人のキック力を加え、押し出したボールはスピア型のオーラを纏う。氷の槍にデスゾーンの火力を加えた複合技、オーバーライドが炸裂。
想像もし得なかった複合技に、一星は何も出来ぬままオーストラリア選手達もろとも吹き飛ばされてしまった。
一気に同点へ持ち込んだ日本代表に、会場の熱気は最高潮。そんな中で、鬼道は地面に横たわる一星に近付いた。
「一星、大丈夫か?立てるか?」
伸ばされた手の先の鬼道を一星はただ静かに見上げると、自らの手を伸ばし鬼道の手を掴んだ。
────瞬間だった。
立ち上がろうとした一星の手から、するりと鬼道の手が離れる。支えをなくした一星は、盛大に尻もちをついてしまった。
痛みに歪んだ表情で鬼道をギロリと睨みあげれば、鬼道は冷たい顔で彼を見下ろしていた。
「すまん、手が滑った」
それだけを残して去ってゆく鬼道の背中を見つめ、一星は怒りに震える。
「(鬼道…お前は、お前だけはッ───絶対に許さんッ!!)」
眉間の皺を深め、憎悪がこもった瞳で一星は誓った。
「……まずい、かな」
「何がまずいんだ?」
二人の姿を遠巻きに見ていた月詠が静かに呟く。小さな呟きであったが、それを聞き逃さなかった風丸は月詠に問いかけた。
一泊置いてゆっくりと風丸の顔を見上げた月詠はにこりと笑う。
「さぁ、なんでしょう」
「…お前は、裏切り者なのか?」
とぼけてみせた月詠に、風丸は疑いの目を向ける。
隠すことなく、直接向けられた疑問に月詠は僅かばかり目を見開いたが、すぐに目を細めると微笑んだ。
「それは貴方が決めることですよ、風丸さん」
落ち着いた声音が、そう思わせない態度が、気味が悪い。
隣を通り過ぎ、去っていく小さなその背中を風丸はただ、見送ることしかできなかった。
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後半戦も残り五分。オーストラリアのスローインで再開された試合だが、灰崎は速攻で相手からボールを奪うと駆け上がってゆく。
「今こそ見せてやる。イナズマジャパンに引導を渡す、我らが切り札である新タクティクス、その名も─────!」
灰崎の行先を阻み、タクティクスを発動しようとするアスだったが「長えよ!」と灰崎の蹴り込んだボールが直撃し、不発に終わる。
跳ね返ったボールを前線を走るサタンがすかさず拾い、日本代表ゴールにタイムトランスを打ち込んだ。
しかし、円堂は新しく生みだした風神雷神ゴーストを繰り出し、サタンの必殺シュートを止める。
「もう一点も決めさせない!みんな、安心して攻めまくってくれ!」
投げたボールは坂野上から鬼道へ繋がる。
「(オーストラリアの攻撃は、もう円堂に通用しない。このままじゃ………)」
焦りを感じながらもフィールドを駆ける一星が、鬼道の目にとまった。一星の姿を映し出したゴーグルが怪しく光ると、鬼道は思い切りボールを蹴り込んだ。
『おっと!鬼道がこの位置からロングシュートだ!』
その先には一星がいた。気付いた時には遅く、容赦ないシュートは一星の腹部に突き刺さった。
『シュートコースに被ってしまったのか!?今日がイナズマジャパンデビュー戦の一星、とことんツイてません!』
全身を巡る痛みに腹部を押さえて、後ろへよろける一星。そこへ「ボサっとすんな!一星!」と再び灰崎が一星めがけてボールを蹴る。
受け止め切れず、跳ね返ったボールは吉良の足元に転がった。
「集中しろよ、一星。俺のパスはちっとばかし強烈だぜ!」
ぐしゃ、という鈍い音と一星の呻き声だけがフィールドに響き渡る。
暫くの間、そうして吉良と灰崎からの猛攻撃を身体中に受け続けることになった一星は、もはやサンドバッグ状態だ。
やがて痛みに耐えかねて、地面に両手をついた一星。それでも二人は足を止めることはせず、灰崎は一星の顔面にめがけてシュート放った。
迫り来るボールを眺めていた一星の脳裏に、幼い少年の顔が過ぎる。
ああ、終わってしまうのか。もはや抵抗する力もなく、諦め切った様子で目を閉じようとしたその時だった。
「ッ……!」
少女の小さな背中が、一星を隠した。
向かい来るシュートを足先に当て、空中にバウンドさせると、胸で受け止める。ころりと芝生の上に転がったボールを足で止めながら、少女は言った。
「やめませんかこういうの。すごく、気分が悪いです」
相も変わらずにこりと笑う少女の姿に、鬼道は目を細めようやくか、と心の中で呟いた。