それは炎の終焉
FFIアジア予選第一試合、韓国対日本。
クラリオとの練習試合を経て、猛特訓に励んだ日々はあっという間に過ぎ去った。
アジア予選が日本で行われることになり、試合当日の会場は、大勢の日本人サポーターの熱気で溢れ返っていた。
その歓声は青と赤、対象的な色のユニフォームをまとう選手達が姿を現すと、更なる盛り上がりを見せる。
「わあ、人がいっぱいですね……」
「緊張しちゃうね…!」
観客達からの注目を浴びながら入場した月詠は、圧倒された様子で落ち着きなく客席を見渡す。彼女の隣に並ぶ坂野上も、ソワソワした様子で胸の高鳴りを感じなら唾を飲んだ。
そうこうしているうちに、スタンティングメンバーは発表され、両チームがポジションに着く。
「みんな、相手は世界だ!世界を相手にサッカーやろうぜ!」
騒がしいほどの歓声をものともせず、大きな声で自陣の選手達に呼び掛けたのは、日本代表のキャプテンである円堂。その呼び掛けに応えるように、選手達も「おぉ!」と拳を晴れ空へ突き上げた。
「────残念だけどこの試合、日本は負ける」
その時、意気込む選手達を前に弧を描いた口元から零れ落ちた不穏な言葉。
「なんか言ったか?」
「いいえ!日本がどこまで行けるか楽しみですね!」
隣に座っていた剛陣は、声の主である一星の言葉が聞こえていなかったようで、聞き直した。
しかし、一星はサッと姿勢を正すと、軽く首を横に振って剛陣ににっこりと笑いかける。そこには先程までの怪しげな笑みは何処にもなく、言葉の通り今から始まる試合に心躍らせる少年の姿だけが映し出されていた。
『アジア予選第一試合は、韓国代表レッドバイソンとの対戦となります!』
スタジアムに響く実況の声。
解説の最中、韓国代表の監督、チャ・ウンスとエースストライカーであるペク・シウは自陣のベンチで何やら言葉を交わすと、日本代表のベンチへと目を向けた。
控えの選手達はそれぞれフィールド内の選手達に声援を送る。そんな中で、琥珀の眼と視線が混じり合った。
「………」
合うはずもない瞳と示し合わせるように数秒見つめ合うと、ペクは嘲笑するかのようにフッと口角を上げ、フィールドへと足を踏み入れた。
琥珀の眼はその姿を追うようにして、フィールド内へと目を向けた。
『さあ、日本の今日の布陣は豪炎寺と灰崎のツートップ!どのようなプレーを見せてくれるのか楽しみです!』
試合開始のホイッスルが会場中に鳴り響く。
韓国代表からのキックオフで試合が始まると、開始早々ペクは日本代表陣営に切り込んで行く。しかし、すぐさま彼からボールを奪った稲森は、豪炎寺へとパスを回すと、豪炎寺から灰崎に渡る。
前線のホットラインが繋がってゆく。ドリブルで突き進む灰崎を止めるべく、パク・ジウォンとソン・ソアが行く手を阻む。
だが灰崎は、軽々とそれをかわすと、二人を尻目にフンッと鼻を鳴らした。
「ばーか!」
暴言を吐き捨てた灰崎だったが、調子に乗るのは早すぎたか。韓国代表キャプテンのソク・ミンウがトリッキーなプレーで彼を出し抜き、前線へパスを送る。
次々と繋がるボールは、あっという間に最前線を駆けていたペクの足元へ。
立ち止まることなく突き進むその姿は正に、
突っ込んで行くペクの前に、ディフェンス陣が立ちはだかる。
「なら、切り崩すまでだ!」
彼の勢いは劣ることを知らず。目の前に立ちはだかった吹雪を見ても、物怖じすることなく突き進む。
身構えた吹雪が地面を踏みしめれば、彼の足元から芝生が凍りつき、段々と範囲が広がってゆく。
「アイスグランド!」
一面に張った氷の上を、スケート選手の如く滑る吹雪は、トリプルアクセルを決めて空へ舞い上がると、氷上にかかとを落とした。
パキパキと音を立ててそこから亀裂が生まれると、氷の塊が連なり、やがてペクの動きを捕らえる。
氷上を滑ったボールを拾い上げた吹雪は、外野へとボールを出した。
ほぼ互角の試合。両者一歩も譲らず、観客達は更なる盛り上がりを見せる。
「ペク、攻めるぞ!」
「言われなくたって!」
試合が再開され、ソクが声を張り上げる。彼の言葉を合図に、地面を勢いよく蹴って走り出したペクとイ・ドンヒョク。
駆け上がる彼等の後ろに赤い砂埃が舞い上がる。やがて、その砂埃の中から真っ赤な闘牛が姿を現した。
「特攻、バッファロートレイン!」
大きな闘牛を前に勝負に出た氷浦が、引き締まった面持ちで闘牛に向かって走り出したが、襲い来る闘牛を華麗な身のこなしでかわしてしまい簡単に抜かれてしまう。
自分で意図していなかったその動きに、氷浦は違和感を覚え首を傾げた。
その間にも次々と選手たちを抜き去り、駆け上がっていたペクはゴール前まで辿りつくと、シュート体制に入る。
「さ〜て、このペク様をとめられるかな!」
勢い良く蹴り上げたボールが宙を舞う。ニヤリと口角を上げたペクが地面に足を踏み込むと、マグマのように湧き出した赤い炎が右足を覆う。
同時に勢いよく飛び上がると、オーバーヘッドの体制で力強いシュートを打ち放った。
「レッドブレイク!」
赤い炎を纏ったボールがゴール目掛けて直進する。そのシュートを見上げ腰を落とた円堂だったが、瞬時に風丸が動いた。
「スピニングフェンス!」
サッと身をかがめると同時に五つの分身が作り出され、それが青い竜巻へと変わる。
やがて一箇所に集まった竜巻が融合して大きさを増すと、その竜巻に巻き込まれたボールは威力を落とし、見事にペクのシュートを食い止めた。
「なに!?俺のシュートを止めただと?」
ペクを先頭に唖然とした様子を見せる韓国代表選手達。まさか止められるなどとは思ってもいなかったようだ。
「みんな、まだまだ始まったばかりだ。落ち着いていくぞ!」
円堂の掛け声に「おおっ!」と選手達は声を張り上げる。風丸が新しい必殺技でシュートを防いだことにより日本の士気が上昇する一方で、呆然と立ち尽くしていたペクのイレブンバンドから通知音が鳴った。
『調整を開始せよ』
イレブンバンドに届いたメッセージに目を落としたペクは、鋭い眼光で日本代表を見据えた。
円堂が前線を駆ける稲森へロングパスを出す。落ちてくるボールを見上げて受け止めようとした途端、背後から凄まじいタックルを食らった。
「うわぁっ!」
よろめきながらも体制を持ち直した稲森の目の端に、ペクの姿が映る。
ペクは左膝でボールを受け取ると、ドリブルで上がっていく。そんな彼を止めようと風丸と万作がマークに着くが、パクとドンヒョクによる荒々しいプレーで突き飛ばされてしまう。
「なんだアイツらは!」
「ラフプレーで相手の冷静さを欠かせる、それが韓国のプレーだ」
次々と韓国選手たちによってなぎ倒されていく姿に不満を募らせた灰崎が奥歯を噛み締める反面で、冷静に現状を把握した豪炎寺が並走しながら落ち着くように声をかける。
「みんな!落ち着くんだ!」
同じく、焦りや苛立ちが伝染していくのを感じながら、声を張り上げる円堂。
しかし、反則ギリギリのラフプレーで日本代表の面々を抜き去っていったペクは、再び円堂の前に立ちはだかった。
蹴り挙げられたボールが空を舞うと、それに向かってペクは身を屈めながら突進するように走る。
「バイソンホーン!」
赤いオーラを纏った強烈なヘディングシュート。対して円堂は、二体の魔神を左右に生み出すと、足を踏み込み腕を前へと突き出した。
「はあぁぁっ!風神雷神!」
途端、サイドから駆け上がっていたパクが円堂の前スライディングを繰り出すと、巻き起こった砂埃が円堂の視界を遮ってしまう。
どこからボールが飛んでくるのかも分からず、硬直したままの円堂。手も足もだせないまま、そんな彼の真横をボールが横切った。
ペクのシュートは日本ゴールへ鋭く突き刺さり、ゴールネットを揺らす。
「キャプテンが点を入れられてしまったでゴス!」
「敵の目くらましにかかったか」
頬に汗を浮かばせながら弱々しく声を上げた岩戸とは逆に、平然とした様子で声を漏らした吉良の顔からは微かな苛立ちが垣間見える。
「あれを反則として証明するのは難しそうですね」
「そうだね。よく考えられた妨害のようだし」
坂野上の言葉に黙り込んでいた月詠は、小さく頷く。冷静な様子の彼女は何かを考え込むかのように口元を隠すように手を添えると、その口元に微笑みを浮かべた様に見えた。
日本ボールで再開した試合。うまくパスを繋ぎつつ、上がって行く稲森。再びペクのラフプレーが稲森に襲いかかる。
誰もがまずい、と身を乗り出したその時。稲森の目に映ったペクの動きが何故かスローモーションに見えた。
どう動くか分かってしまえばこちらのものと言っても過言ではない。
彼は足元のボールを右上に軽く蹴りあげると、まるで条件反射のように自然と動いた体に身を任せ、相手のラフプレーを避けたのだ。
「どうした?」
「俺、今ラフプレーを避けられたんだ」
驚きに目を見開きながら呟く稲森。隣に並んだ氷浦は「お前も気づいたか」と告げる。彼も稲森と同様に当たってくるタイミングが分かるのだと語った。
何故、どうして避けられるのか。
疑問に頭を悩ませれば、数秒もかからない内に二人は「あっ!」と声を上げて顔を見合わせた。
「もしかして!」
「まさか、あれが…!?」
どうやら二人には思い当たる節があるようだ。
確かめ合うかのように目を合わせた二人は、共に数日前の事を思い出していた。
それは、クラリオとの練習試合を行った夜の出来事。
灰崎、不動、基山 、氷浦、稲森は監督から切らしたアイスの買い出しを頼まれ、向かっている最中だった。五人の前に突如として現れた小さな少年、無敵ヶ原富士丸はいきなりサッカー勝負を挑んできた。
彼のプレーは韓国代表同様、いや、それ以上かもしれない。とにかく荒々しいラフプレーで、五人はボロボロにされてしまった。
しかし、彼のラフプレーに散々やられたおかげか、身体が条件反射でラフプレーをかわせるようになっていた事に稲森達は気づいた。
「あの時の五人で防衛ラインを作れば…!」
いつの間にか集まったのやら、氷浦の思い付きを聞いていた他の四人も顔を見合わせ頷き合う。作戦開始だ。
次々と襲いかかって来る
『日本、韓国の激しい当たりを次々とかわしていく!』
マイクスタンド掴み、身を乗り出しながら熱い解説する角間の声が会場中に響き、それに答えるように会場の歓声がわっと盛り上がる。
「豪炎寺!新たなタクティクスを使うぞ!」
一気に優勢に立った日本代表。
氷浦からパスを受け、声を上げた鬼道は赤いマントをはためかせながらフィールド場で共に走る仲間達に向かって言った。
「みんな、反撃だ!」
日本の今までのプレーを感じ、見ていたペクは呆然と目の前の様子を眺める。
その時、ソクの「来るぞ、ペク!ディフェンスだ!」という声が耳に届きハッとした。ディフェンス。その言葉は、レッドバイソンが劣勢に立っているという意味を持つ。
有り得ないと言わんばかりに目を見開いたペクを置いて、戦況はイナズマジャパンに傾いてゆく。
「必殺タクティクス、柔と剛!」
鬼道から基山、稲森、灰崎へと緩いパスが繋がる。韓国選手達はそれに引き付けられるように、右往左往へ誘導される。
ボールを受け取った灰崎は飛び上がると、鬼道達の後方からロングパスを出し、前線の豪炎寺にボールが渡った。
「(いよいよこの時が来た!)」
ゴール前まで駆け上がった豪炎寺が腕を大きく広げると、ボールに青と赤、二層のオーラが溜まる。
頭上で青白い光を放ちながら渦巻くオーラに向かって飛び上がると、地面に蹴落す。今度は左足で回転をかけると、ボールをいくつもの風圧の層で包み込み、蹴り放った。
凄まじいオーラを纏ったボールを中心にバウンドしながら、巻き上げた土の欠片が竜のような形を作り出す。
「すごい……」
月詠は技から溢れる力強さを肌に感じ、ポツリと呟く。
目の前の光景から目を逸らすことが出来ない。もちろん、それは彼女だけではない。会場中のみんなの視線が、豪炎寺の新しい必殺技に釘付けになっていた。
「ラストリゾート!」
放たれた強力な必殺シュート、ラストリゾート。意味は、最後の手段。
間違いなく、その技の威力は世界にも匹敵するほど。
進む度に、威力を上昇させていくシュートは、韓国代表のゴールキーパーであるシン・レウォンのファイアウォールをものともせず、ゴールへと突き刺さった。
一瞬静寂が訪れた会場は、すぐに興奮を溢れ返させた。実況の声をかき消してしまいそうなほどの歓声が広がる。
「やった!やったよ、月詠ちゃん!」
「はい、やりましたね!凄いです、豪炎寺さん!」
歓喜のあまりか、大谷が隣に座る月詠へと飛びついた。引き寄せられ、ぐらりと傾く体。そんな大谷と顔を合わせて笑顔を浮かべた月詠もまた、興奮した様子で感嘆の声を上げた。
「あいつ、目障りだな」
日本選手達の中心に立つ豪炎寺。彼の姿を瞳に映した一人の使徒が、目を鋭く光らせた。
日本代表が同点に追い上がり、試合再開。
韓国選手からのボールを稲森がカットすると、早くも豪炎寺へパスが渡る。
豪炎寺の凄まじい必殺技、それによってもたらした得点により、イナズマジャパンの士気は上昇の一途を辿る。選手達はノリに乗っていた。
「良い気になるなよ…」
ペクの鋭い目付きが彼等を捉える。苛立ちのこもった声を漏らした口元が不敵な笑みを浮かべた。
ドリブルで駆け上がっていた豪炎寺に二人のマークがつき、再びボールは稲森へ。
胸でボールを受け取った稲森は、豪炎寺が韓国選手を抜き去ったタイミングを見計らい、上空へとパスを出した。
「もらった!」
前から走ってくる韓国選手を一瞥し、豪炎寺は飛び上がる。
次の瞬間、目を刺すような眩い光が過ぎった。
目の奥に痛みが走り、チカチカと目前が眩む。咄嗟に目を閉じると同時に、ぐしゃりと鈍い音が響き渡ると、豪炎寺の体が地面へ打ち付けられた。
一瞬の事だった。誰もが何が起きたのかわからない、というふうに目をみはって呆然と立ち尽くす。
そんな中で、苦しげに悶えながら地面に蹲る豪炎寺の姿が、選手や観客、実況者や審判の目に映り込んでいた。
「ミッションコンプリート」
少し離れた場所からその様子を眺めていたペクは、笑みを称えながら小さく呟いた。