神と悪魔は相容れない
救急箱を抱えて豪炎寺の元へ颯爽と駆けつけた神門は、赤黒く腫れ上がった膝頭に冷却スプレーを吹きかける。
その後ろでは同じくマネージャーである大谷と、突如倒れ込んだ豪炎寺を心配した稲森と鬼道が、不安気な面持ちで佇んでいる。
「何があった、豪炎寺?」
「分からない。一瞬目がくらんで………ッ!」
痛みに耐えながらも鬼道の問に答える豪炎寺。
神門から軽い手当を受けるが、痛みが引く様子はなく、豪炎寺は自ら試合は続けられないと判断した。
「豪炎寺さん、俺の肩に捕まってください!」
遅れてベンチから駆け寄った一星は、豪炎寺の隣でしゃがみ込み、彼の腕を自身の肩に回すと、その身体を支えながらベンチへと誘導する。
支えを頼りに片足を引きずりながら退場してゆく豪炎寺の後ろ姿を、他の選手達も不安そうに見送る。
「みんな、落ち着け!試合はまだ前半だ!落ち着いて戦えば勝てる!」
様々な感情が入り交じり、空気が重くなる中、円堂が声を張り上げて喝を入れると同時に、試合続行を知らせるホイッスルが鳴り響く。
間髪入れずにペクが仕掛けると、つられるようにして周囲も動きを始める。豪炎寺が欠けた十人のまま試合に挑む日本。
稲森のマークを交わしながら、ボールはペクからソクに渡る。
「(やり返してやる!)」
ボールを受け取り立ち止まったソク。彼の右側から、険しい顔つきの灰崎が迫り行く。
「灰崎!ラフプレーはダメだ!」
「うっせえ!分かってる!そこまでガキじゃ、ねえッ!」
灰崎の意図を察してか、それを認識した稲森は慌てて忠告する。しかし灰崎は、分かっていると言いながらも中々に強烈なスライディングを繰り出した。
彼の姿を視界の端に捉えたソクは、すぐさまぴょんっと飛び上がると、強烈な攻撃を飄々とかわしてドンヒョクにパスを出す。ボールを受け取ったドンヒョクがドリブルで駆け上がれば、立ち塞がった氷浦がスライディングで食い止めた。
こぼれ球を拾った万作が駆け上がりながら、何度か力強くボールを蹴れば、ビリビリと電流が走る。
「スパークウィンド!」
ボールを空中へ蹴りあげ身体を回転させると、電気をまとった竜巻が起こり、その威力でイ・スンジを吹き飛ばした。だが、すぐに体制を立て直したスンジはボールに足をかけて抜き去ってしまう。
そのままペクにパスが渡ると、彼はバイソンホーンを打ち込んだ。円堂は風神雷神で対抗。
威力に圧倒されながらも、何とかシュートを抑え込んだところで、前半戦終了のホイッスルが鳴る。
明らかに不利な状況だったが、何とか一対一のままハーフタイムを迎えたことに選手達は、ホッと胸を撫で下ろした。
「豪炎寺、ダメージは大きいのか?あとを引きそうなのか?」
フィールドから戻った鬼道は、休憩も取らずに豪炎寺の元へと直行する。心配のあまりか、鬼道からの質問攻めに豪炎寺は、冷や汗を浮かべながらも困ったように微笑んだ。
「俺は医者じゃないんだ。怪我の大きさは分からない」
「一体何があった?」
「見えなかった。あの瞬間、何かが光ったんだ。気がついた時には……」
僅かに視線を落とした豪炎寺は、つい先程の出来事を思い返す。しかし彼自身にもまるで思い当たりがなく、何が起きたのかはさっぱりだった。
ただ一つだけ、分かったのは何かの光が豪炎寺の視界の邪魔をしたということだけ。彼の話を聞いた鬼道は敵の反則行為を疑うが、その確信もなく豪炎寺は何も言えず黙り込む。
「この試合、何かおかしい」
「あぁ。見えない何かが蠢いているようだ」
ラフプレーに円堂へのキーパー妨害、そして不審な豪炎寺の怪我。
端々から感じる試合の違和感に鬼道は気付き始めていた。それは、豪炎寺も同じで、鬼道の言葉に同調しながらチラリと韓国代表のベンチを一瞥する。
「豪炎寺」
ふと名前を呼ばれて、豪炎寺は再び鬼道へ視線を戻すと、鬼道は豪炎寺と目線の高さを合わせるかのようにして地面へと片膝をついた。
ゴーグル越しに真っ直ぐと豪炎寺を見つめる鬼道は、膝の上に拳を作りながら口を開いた。
「こんなところでお前を失うわけにはいかない。俺はお前と世界に行きたいんだ。お前と、円堂と」
「鬼道……」
自らの気持ちを熱く語る鬼道は珍しい。彼をよく知る豪炎寺は、真剣な表情で彼を見つめ返した。
「話には聞いていましたが、ここまでのことを仕掛けてくるとは」
「牙を剥いてきましたねえ。オリオンの使徒≠スちが」
語り合う鬼道と豪炎寺。そんな二人から離れた場所で久遠と趙金雲は、神妙な面持ちをしながら含みのある会話を繰り広げていた。
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「どうだ?」
「今後の試合に支障がなければいいが…」
水分補給を終えた円堂が、深刻な表情で怪我の具合を尋ねる。
しかし今の段階では何も言えず、それ以外の言葉を導き出すことが出来ない豪炎寺は、悔しそうに手に力を込める。一方で支障というワードを聞いた円堂と、彼の傍らに立つ風丸が眉根を寄せた。
「豪炎寺さん!よかったら、新しいのと変えてください!」
そこへ、彼等の間に入るようにして豪炎寺の怪我を気遣った一星が、用意したばかりの新しい
どうぞ、と手渡す一星の姿を眺めていた岩戸は「気が利くでゴス」と感嘆した。
「選手交代です!」
そんな中、趙金雲の間延びした声が響いた。
交代選手の発表を聞き付け、待ってましたと言わんばかりの勢いで駆けつけた剛陣は「っしゃあ!」 と気迫のある声を張り上げながら姿を現す。
気合いは十分。それは良いのだが、とんだ勘違いをしているようだ。
「豪炎寺くんに変わって…───ヒロトくん、出番です」
人差し指を空に向けながら淡々と交代選手を発表した趙金雲。瞬間、剛陣の身体にはまるで雷が落ちたかのような衝撃が駆け巡る。
剛陣からすると予想だにしなかった結果だったのだろう。オーバーなリアクションでショックを受ける。
「続いて万作くんに変わって……」
「お!俺の番か!?」
しかし、彼を気にせず趙金雲は続ける。
肩を落としていたが、今度こそはと立ち直り、身を乗り出した剛陣は、次に呼ばれる名前を今か今かと待ちわびる。
「月詠ちゃん!貴方の実力の見せ所ですよ!」
「……え?わ、私ですか?」
「俺は!?」
だが、やはりこちらも駄目だった。それもそのはずで、そもそもポジションが違うだろうという話だ。
彼の淡い期待は儚く散ってしまい、月詠の驚いた声と彼のショックに震える声が重なる。
がくり。隣で崩れ落ちて落胆する剛陣の様子に、驚きで固まっていた月詠はハッと我に返った。
「そ、そんなに落ち込むことないですよ。まだまだこれからです!」
「月詠〜〜!そうだよな!よっしゃ、気合い入れてけよ!俺は温存されとくぜ!!」
慌てて笑みを浮かべて剛陣を励ませば、彼はその優しさに目をうるませながら声援を送り、ベンチへと戻っていく。
あまりの切り替えの速さに月詠は苦笑しながらも趙金雲へと振り返った。
「あの、本当に私で間違いないんですか?」
「間違いありませ〜ん。月詠ちゃんだなんてお名前、貴方以外に誰がいるんですか〜?」
その答えは何度聞き直したところで変わるはずもなく。
相も変わらず間延びした口調で答える趙金雲の言葉に、改めて状況を再確認した月詠は視線を落とし不安そうな姿を見せる。
「月詠ちゃん、顔色が悪いけど大丈夫?」
「はい、大丈夫です。緊張してるだけなので」
「全然大丈夫に見えないけど……?」
頬を引き攣らせて笑う彼女の顔色は、少しばかり青白い。緊張が表に出やすいタイプなのか、彼女の手は小刻みに震えているようにも見えて、即座にツッコミを入れた神門は、心配そうに月詠の顔を覗き込む。
「すみません。まさかこんなに早く試合に出してもらえるとは思っていなくて、心の準備がまだ……」
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ!」
「そうでゴス!応援してるでゴス!」
自信なさげに唸る彼女へ稲森と岩戸の励ましが送られる。そんな光景を横目に眺めていた吉良は、はん、と嘲笑を零した。
「そんなんで試合なんてできんのか?」
「こら、ヒロト!」
「うっ……そうですよね、ごもっともです」
吉良の傍に立っていた基山は慌てて叱責するが、まるで聞こえてはいないかのように気に止めることなく、彼はフィールドへと向かって歩き出す。
辛口なコメントを受けた月詠は、顔色を更に青くさせる。そんな彼女を気にかけてか、鬼道は柔らかい声音で声をかける。
「そう気負いするな。いつも通りやればいい」
「鬼道の言う通りだ!俺、月詠とサッカーすんのスッゲェ楽しみだったんだよ!」
続くように円堂も、彼女の小さな肩に手を置きながら、白い歯を剥き出しにして輝かしい笑顔を見せた。彼の言葉に嘘偽りはなく、円堂は一之瀬と土門から教わったことがあるという彼女のサッカーに、誰よりも興味を抱いていた。
仲間の優しさにじわりと指先に温かさが戻る感覚。
励ましてくれた彼等の表情をぐるりと見回した月詠の顔から徐々に緊張の色が解け始める。少しして、何度か深呼吸をした月詠は、穏やかに微笑んだあと軽く会釈する。
「励ましていただいてありがとうございます。私なりに頑張ってみます」
「あぁ!サッカーやろうぜ、月詠!」
「はい!」
明るくなった彼女の表情を見て周囲はホッと一息をついた。
「月詠さん!」
その時、名前が呼ばれた。
そちらへ顔を向ければ、ニコニコと笑みを浮かべた一星が立っている。彼は、月詠の元までゆっくり近付くと声をかける。
「頑張ってね、期待してるよ。それと───勝手なマネだけはするなよ」
穏やかな笑みがたちまち不敵なものに変わったような気がした。
小さく囁かれた声には僅かな怒りが込められていて、彼の瞳の奥には憎しみが渦巻いている。月詠はそんな彼に答えるように、にこりと微笑んだ。
『さぁ、いよいよ後半戦です!』
両チームの選手達が一斉にポジションへつき始める。
『イナズマジャパン、新たに入ったのは吉良ヒロト!灰崎凌兵とのツートップとなります』
豪炎寺の負傷により交代した選手として紹介が行われるが、当の本人である吉良は、隣に立つ灰崎と火花を散らしている。
「どうなるんだこの二人……」
その後で稲森は、不安げな表情で二人の顔を交互に眺めていた。
『そして、DFの万作雄一郎に代わり入ったのは、現在イナズマジャパンで唯一の女子選手である、月詠優衣だ!』
次に月詠の名前が会場に響くと、観客の歓声がわっと沸き上がる。
この場にいる全員にとって、彼女は全く未知数の存在。現在唯一の女子選手ということもあり、彼女への期待は大きいようだ。
『彼女には海外でのサッカー経験があると選手情報に記載されています。二人の参戦が後半戦にどう影響するのか楽しみです!』
実況の声がそれぞれの耳に届く中、灰崎からのキックオフで後半戦が開始した。
ボールはヒロトに繋がれ、灰崎と並び立ったまま相手の陣へと切り込んでゆく。
そんな二人の前に、ソクとイ・スンジンが姿を現せば、吉良は隣を走る灰崎を挑発するように一瞥すると、見事な個人技で二人のブロックを難なく交わして突き進む。
「次はお前の番だ!」
やがて、灰崎を試すかのように───いや、実際試すために出されたパスは、灰崎を通り過ぎて遠くへと飛んでいく。あんなに前に出されては追いつくわけがない。しかし、彼にもプライドがある。
小さく舌打ちを零した灰崎は、片足を踏み込み勢いよく駆け出すと、物凄い速さでフィールドを駆ける。そして見事に追いついて見せると灰崎は、吉良同様に韓国選手を個人技で抜き去った。
試合開始前までいがみ合っていた二人。彼等の異名や性格から、気が合わないのは一目瞭然だった。韓国選手はもはや眼中に無く、二人の敵はどうやらお互いのようだ。
凄まじい個人技の応酬を見せながら、あっという間に二人はゴール前まで駆け抜ける。
『さぁ、ゴールという聖地を手にするのは神か、悪魔か!』
灰崎からパスを受け取ったヒロトにマークがつく。ファン・ドユンのタックルに体制を崩しながら、灰崎へとボールを蹴りあげる。
だが、軌道が少しズレてしまったためか、灰崎のマークに着いたソクがそのパスをカットする。
大きく逸れたボールは空中に投げ出された。そこへ、走り込んできた明日人が飛び上がるとゴールへ向かってヘディングシュート。
「なに!?」
韓国選手のGKであるシン・レウォンは、咄嗟で反応が遅れてしまい、ゴールを許してしまった。
稲森は嬉しそうに「やったー!」と元気よく声を上げガッツポーズを決める。正に漁夫の利というやつだろう。
そんな彼を突き刺したのは、鋭い眼差し。
勝負を邪魔され苛立ちを顕にした灰崎とヒロトの目だ。
「あわわ、マズイことしちゃった!?」
顔からサーっと血の気が引く。縮こまった明日人は青い顔でチラチラと二人に目線を送りつつ何をされるかわからない恐ろしさに身体を震わせた。
「次のターゲット≠ヘ、吉良ヒロトだ」
自陣へ戻る吉良の後ろ姿を睨み付けるように見つめていたペクは、そんな事を呟くと、自身の身につけたイレブンバンドに目を落とす。
同時に、パクとドンヒョクのイレブンバンドに通知が来る。
明らかに、何かを企んでいるかのような、そんな表情で三人は顔を見合せると笑みを浮かべた。
「……っ!」
「どうかしましたか、吉良さん?」
「いや、なんか今、寒気がしたような…」
「大丈夫ですか?」
ゾクッと背筋に悪寒が走った吉良はぶるりと身体を震わせる。先程まで余裕の笑みを浮かべていた彼の顔色が今は少しだけ青い。
彼の僅かな異変に気付いた月詠は眉尻を下げ、心配した様子で声をかける。
「問題ねーよ。それより、お前は自分の心配した方がいいんじゃねーのか?」
「うっ……」
「未だにその調子で大丈夫なのかよ?残念だったな、初試合がこのゴッドストライカー様と一緒で」
彼女の心配を他所にふるりと首を振った吉良は、小馬鹿にするような笑みを称えると、再び彼女を刺々しい言葉でつつく。
彼の言葉がぐさりと突き刺さった月詠は全くその通りだ、と納得しながら顔を青くする。
「………」
未だに緊張からか震える手を見下ろしグッと握り拳を作った彼女は、目を瞑り小さく吐息を零す。
やがて、ゆっくりと瞼を開いた月詠は、冷たく光る琥珀の瞳で去って行く吉良の背を睨み付けた。