神と悪魔は相容れない2
イナズマジャパンが一点をリードし、韓国ボールから試合は再開。
ホイッスルと同時にボールはペクを通してドンヒョクへと渡った。早速攻撃を仕掛けるつもりか、三人同時に駆け出したが、吉良が目前に立ち塞がると、ペクはパスを受け取りながら人差し指をくいくいと動かし挑発する。
来いよ、とでも言うかのような合図に、吉良は眉を寄せペクへと迷わず突っ込んでゆく。
瞬間、ペクは不敵な笑みを浮かべた。
「ッ…!?」
眩い光が彼の視界を過ぎる。
目の眩みを覚えよろめいた吉良は、じんじんと突き刺すような痛みに顔を歪めて咄嗟に片手で目元を覆う。そのタイミングを見計らったかのように、吉良の左右からパクとドンヒョクが勢いよく迫る。
今にも飛びかからんとする二人。その中央で吉良はニヤリと笑うと、空高くボールを蹴り上げた。
「ザ・エクスプロージョン!」
自身も高く飛び上がり、必殺シュートをいきなりフィールド中央で打ち放った。
技の衝撃と威力で左右から迫っていたパクとドンヒョクは、吹き飛ばされてしまう。フィールドに着地した吉良は、膝を付き目元を擦りつつペクを睨みつける。
「なめたマネ、してくれるじゃねえか…ッ」
「大丈夫?」
「一体何が…」
心配そうに彼の元へ駆け寄る稲森と共に、遠くから眺めていた月詠も慌てて駆けつける。月詠はヒロトの両肩を支え、立ち上がるのを手助けする。
まだ治らない目の眩みに体を月詠へ預けながらゆっくりと立ち上がった吉良が口を開こうとした途端。
「今だ!この期を逃すな!」
ペクの大きな声が耳に届いた。それを合図に、特攻バッファロートレインを繰り出した韓国選手は、物凄い勢いで真っ直ぐと突き進んでくる。
赤く大きな闘牛が向かってくる様子を視界に捉えた月詠は、再び吉良へと視線を戻す。
「吉良さん、怒らないでくださいね」
「は?何言っ…うおっ!?」
突然、吉良を軽く突き飛ばしたかと思うと、今度は稲森に向かって声を荒らげた。
「稲森さん、左にはけてください!」
意味もわからぬまま、慌てて彼女の言葉に従った稲森。それを確認すると、月詠は身を翻し、闘牛から逃げる様に自陣へと駆け出した。
『フィールド上で暴れる闘牛に恐れを為したか!?月詠、自陣に向かって駆け出したー!』
目前に人がいようとも関係なく突っ走る彼女を避けるようにして、日本代表の選手達は左右に分かれる。
月詠はその様子を目の端に映し満足気に頷くと、やがて足を止め、再び韓国選手と対峙する。
ソクからパスを受け取ったペク、そこへ風丸が立ちはだかった。
ペクの必殺技、レッドブレイクが炸裂。風丸はシュートをヘディングで跳ね返そうとするが、凄まじい威力に身体は呆気なく飛ばされてしまう。
「うあっ!」
「風丸さん!」
「危ないッ!」
円堂は慌てて両脇に二体の化身を生み出し、風神雷神を繰り出す。
「円堂さん!ボールは私に任せてください!」
そこへ、少女の声が響く。駆け出した月詠は、迫り来るシュートの前に立ちはだかり、緊張を逃す様に深く息を吐いた。
ボールへと向けられた彼女の目は驚くほどに無機質で、冷たい何かを感じる。
「───
静かに囁くと、背後に現れた青白い巨神は、彼女の手の動きと共に剣の切っ先を突き出した。
ぴちょんと水滴が滴り落ち、水面に波紋を広げるかのように、突き出された切っ先から膜が広がる。まるでそれは、真夜中にぽつんと一つだけ浮かび上がる月の様で。
激しいシュートが激突するも、力を吸い上げるようにして、段々と威力は落ちてゆき、やがてボールは彼女の足元に転がった。
会場中から音が消えた瞬間だった。
『敵の行動を読んでの動きだったのか!?月詠優衣、威圧感のある必殺技で見事シュートを止めたー!!』
実況の声が会場中に響き渡る。それを合図に観客席からも一気に歓声が湧き上がる。
辺りから聞こえた大きな歓声に月詠びくっと肩を揺らす。
「あ、はは…ただ防いだだけなんですけどね」
眉尻を下げ一人呟くと、近くに立つドンヒョクの姿を視界に入れ、慌ててボールを蹴りあげた。
すぐに反応を見せた氷浦だったが、まるで彼女の動きが分かっていたかのように反応を示したドンヒョクはパスをカットするとノーマルシュート放つ。
突然の攻撃に反応が遅れてしまった円堂は、ゴールを許してしまった。
「大丈夫ですか、風丸さん」
「あぁ……」
額を抑えながら頷いた風丸の姿にホッと胸を撫で下ろす月詠。しかし、すぐに申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「すみません。折角防いだのに私のパスミスで…」
「いや、月詠のせいじゃない」
「そうだぞ。それに、さっきの技も凄かったしな!何かこう、ぐあぁってきてさ!」
「円堂…まぁ確かに凄かった。俺も負けちゃいられないな」
即座にそんな彼女をフォローする風丸と円堂。
二人の言葉に落ち込んだ様子の月詠は、少し安心した様に「ありがとうございます」と微笑んだ。
後半戦も中盤となる。実力が互角の韓国と日本は未だ同点。どちらも譲らない試合となっていた。
両チームにとってここはまさしく正念場。
『ペク・シウ、一気に駆け上がって行く!』
ホイッスルの音と同時に、速攻でパスを受け取った稲森からボールを奪ったペク。
鬼道と氷浦のマークがつくと、ペクは後ろを走っていたソクヘとバックパスを出した。
よし、と笑ってソクがボールを受け取った、その時だった。
後ろからドンヒョクが駆け上がり、激しいタックルを決める。飛ばされる身体。しかし、これだけでは終わらない。
トドメをさすかのようにソクの前方から走ってきたパクが、ソクの腹部に膝をめり込ませた。
「ぐぁ…ッ!?」
地面に倒れ込んだソクは霞む視界の中、意識を手放した。
『おっと!レッドバイソン、味方同士で激突だー!』
明らかに故意でやったもの。しかし、そう見えていたのはフィールド上にいる日本選手と韓国選手の数人だけ。
観客達にもただの不慮の事故だと認識された様子で、担架に乗せられたソクを心配そうに見送っていた。
その光景を眺めていた吉良と灰崎は口を開く。
「ったく、味方同士で潰し合うなんてバカなやつらだぜ」
「全くだ」
呆れた様な顔付きで呟いた吉良に灰崎も同意見だと頷いた。
そんな二人を背後で見ていた不動明王は「お前らがそれ言うのかよ」とすかさずツッコミを入れた。
残り時間もあと少し、明らかに故意でやられた衝突事故でソクが退場し、代わりにソン・ミンスが入る。
「勝負を決めるぞ!」
お得意のプレースタイルでペクを先頭に次々と日本選手をかわし、ゴールまで突っ走る。
そこへ鬼道が立ち塞がる。
「何としても守り抜くぞ!」
ボールを維持する韓国選手、ドンヒョクの行く手を阻むように日本選手達が彼を取り囲む。
分厚い雲の隙間から盛れる光がやがて、天使の羽衣を形作ると、ドンヒョクの視界を覆うように邪魔をする。
「必殺タクティクス、エンジェルローブ」
何が起こったのか分からぬまま、鬼道にボールを奪われてしまったドンヒョク。
そして、彼の出したパスは前線を走る灰崎へと繋がった。
「行くぜ!」
「俺が決めてやる!」
器用に敵選手をかわしながら圧倒的なスピードでフィールドを駆け上がる灰崎。するとそこへ敵対心を燃やしていたヒロトが並ぶ。
未だにいがみ合うのをやめない二人は、どちらが点を取るかで競り合いを続ける。
「邪魔だ、お前の出番はねぇ!すっこんでろ!」
「それはお前の方だろうが!」
バチバチ、二人の間に火花が散る。
その時、ぴぴぴっとイレブンバンドが音を立てる。二人は自身のイレブンバンドに視線を落とした。
イレブンバンドには『好きにやれ』と、ただその一言だけが書かれている。
ふっと笑みを浮かべる悪魔と神。こんな指示を受ければ二人の勢いは増すしかないだろう。
「ボールをよこせ、俺が決めてやる!」
「なら取ってみろよ」
誰もが呆れた目線を向ける中、二人は勢いのままぐんぐんと韓国陣へ。
熾烈な一騎打ちは佳境を迎える。激しい身体のぶつかり合いの中、ドリブルで駆ける灰崎は真っ直ぐゴールを見据えた。
「見せてやる。俺の新必殺技、ペンギン・ザ・デビルをな!」
そう言うと同時に、ニヤリと笑った灰崎。
彼を中心に魔法陣のような印が浮かび上がり禍々しいオーラに包まれたボールを蹴り上げる。そのボール追って飛び上がった吉良の背中から、神々しい輝きを放つ翼が生える。今度は輝かしいオーラに包まれたボール。
悪魔の様な姿をした六体のペンギンを連れて上昇した灰崎は、オーバーヘッドの体制に入る。
「ペンギン・ザ…!」
「ゴッド!」
「デビル!」
二人の力が混じり合い放たれたシュート。
悪魔の様に真っ黒な体を持ったペンギンの半分が白く神々しい姿へと変わり、物凄い速さでゴールへと突っ切っていく。
強力な威力も兼ね備えたそのシュートに韓国は失点。
同時に試合終了のホイッスルが響く。結果は二対三、日本代表が勝利を収めた。
「か、勝ちましたね…!」
はらはらと落ち着かない様子を見せていた月詠嬉しそうに同じDF陣の風丸、吹雪、ハイタッチを交わす。
ぱんっと乾いた音が観客の声に負けること無く響く。
「お疲れさま、月詠さん!」
「あ、一星くん」
マネージャーの大谷から受け取ったタオルで汗を拭っていると、突然声をかけられ月詠は顔を上げた。一星の姿を目に入れると、柔らかい笑みを浮かべる。
────そんな二人の耳に近付く足音。
二人の視線は瞬時に足音の方に向けられる。赤いユニフォームを纏ったペクは悔しそうな表情で睨み付けるように通り過ぎて行く。
そして二人もまた、鋭い目付きで彼の背を見送った。
きゅっきゅっとホワイトホードの上に赤いペン先が滑る。
真っ白なボードに『祝!アジア予選第一回戦 勝利』の文字が書き綴られた。
「見事な勝利。おめでとうございま〜す!」
日本代表の選手たちが集まり、拍手をする監督やマネージャー。
顔を見合わせ笑いあったりと嬉しそうな様子を見せる選手達。勝利に対する喜びが辺りを充満する中、救護員の一人であるスタッフの低い声が耳に届いた。
「詳しい事は検査をしなければ分かりません。ですが…回復に時間がかかるのは間違いないですね」
「そうですか…ありがとうございます」
彼の言葉に顔を落とした豪炎寺は、軽い手当を施された左膝をじっと見つめる。
スタッフはそんな彼を気の毒そうに見つめつつも、一礼すると更衣室を去って行く。
「豪炎寺…」
「円堂、お前と世界のフィールドに立ったって言うのにな」
目を伏せて微笑む豪炎寺はどこか物憂げで、円堂は元気付けるように、ニッと歯を見せて笑った。
「まだ始まったばかりだ。豪炎寺が戻るまでは、絶対に俺たちでなんとかするさ」
「このチームなら、もっと前へ進んでいける」
「俺達は全員でイナズマジャパンだ。豪炎寺、しっかり治してこいよ」
円堂の励ましに、豪炎寺の表情は和らぐと同時に、少しばかり明るくなった様にも見えた。
────同時刻。
薄暗い廊下で、ドンッという鈍い音が響く。
「お前、なんで何もしなかったッ!」
「…したじゃないですか、パス」
韓国代表であるペクが、少女の胸ぐらを掴みあげ、その小さな身体を壁に押し付ける。
壁の冷たさを背中に感じながら、少女は平然とした様子で彼を見上げる。
「お前のせいで、俺は…!」
「私のせい、ですか。それはすみません」
「ッ……!ナメやがって!」
彼がどうなるのか、彼女は知っていた。だからといって彼女に同情心は無かった。
変わらず冷ややかな目付きで思ってもいない謝罪を告げる彼女の態度は、ペクの神経を逆撫でる。
振り上げられた拳がゴンッと彼女の真横に突き立てられる。
「何でお前が、お前みたいなヤツが…クソッ!」
再び壁を殴り付けたペクは、腹立たしげに彼女から手を離すと、彼女を一人残して廊下の先へと姿を消して行った。
残された少女は、その姿が見えなくなると、彼が去った方向とは反対へと歩き出した。