Hell on Earth
韓国チーム、レッドバイソンとの熾烈な試合を終えた日本代表は、キャンプ場へ戻ると談話室に集まっていた。
外はすっかり日が落ち、暗い空に無数の星が浮かんでいる。
「豪炎寺さん、大丈夫かな…」
「きっと大丈夫さ。キャプテンも付き添ってるからね」
「何かあったら連絡があるさ」
不安そうに視線を落とす稲森に、吹雪と万作が声をかける。
二人の言葉に稲森はいつもの調子を取り戻すと、手にしていたパッドの画面をなぞる。
「おおっ!試合のこと出てるよ」
色々なニュースがまとめられた記事サイトの上部には『イナズマジャパン 優勝!!』という文字。
今日のことがもうニュースになっているのか、そう思いながらその文字をタップする。
試合最中の写真と共に試合の詳細がビッシリと書き綴られたページが映し出され、読み上げていこうとすれば、後ろから覗き込んでいた剛陣が勢いよく顔を寄せた。
「俺もいるぜ!」
「えぇ…?」
鼻息を荒くさせながら興奮した様子で嬉しそうに声を上げる剛陣。
一体どこにいるのか、稲森は目を凝らし見つけた。確かに写ってはいる。端の方に、かなり小さく。
「完全に保存モンだなぁ!」
「良く見えましたね…」
上機嫌に鼻を高くしてそう言った剛陣に対し、稲森は少し引き気味な様子。
「野生か」
「ふん。めでてぇな」
「おう、さんきゅーな!」
すかさずツッコミを入れる万作と、遠回しに彼のポジティブ思考を小馬鹿にするような言葉を投げる不動。
明らかに褒めたわけではないのだろうが、舞い上がっている剛陣がそれに気付くはずも無く、不動に対してお礼まで告げる。そんな彼に呆れた様子で不動はそそくさと自室へ戻って行く。
その光景を傍で見ていた坂野上は「怒るところじゃ…?」と小さくツッコんだ。
「あっ!灰崎、ヒロト!二人のことも載ってるぞ。日本代表を引っ張るツートップ、イナズマゴッド&デビルだって!」
舞い上がる剛陣を他所に、再び記事を読み進めていた稲森が突然声を上げる。
名前に反応を示した二人は、彼の言葉を聞くとど同時に物凄い形相で明日人に詰め寄った。
「「まとめんじゃねえ!」」
息ピッタリな二人を眺めていた月詠は真剣な表情で何かを考えるように顎を摘む。
「ゴッド&デビル…略してゴッデビ?」
「「略すな!」」
何を真面目に考えているのかと思えば。彼女の呟きを聞き逃さなかった二人は、今度は彼女に詰め寄る。
またもや息ピッタリな姿に、仲が良いのか悪いのか分からない。
「息あってますね」
「「あってねえよ!」」
ぐるんと勢い良く振り向いた二人が今度は大谷を睨む。
見事なシンクロ率を見せつける二人。これで息が合っていないと言われても、説得力は無いに等しい。
「大体そのストレートから気に食わねぇんだよ!」
「うっせえ!ちゅるちゅる頭!」
額を突合せ今度は小学生並みの口喧嘩を始めたかと思えば、すぐに離れると、お互い背を向けて去って行く。
「なんだかんだ言っていいコンビだと思うんだけどな〜」
「確かに…部屋割りのくじ引きも一緒の部屋でしたし」
ズカズカと歩いて行く彼らの姿を目で追いつつ、大谷と杏奈は呟くようにそう言った。
「月詠!」
そんな傍ら、稲森に名前を呼ばれた月詠は、遠くなっていく二人の背中から視線を逸らした。
「月詠のこともいっぱい載ってるぞ!」
「私の事ですか?」
「えっと、小さな身体に秘められた大きな力 イナズマジャパン期待の新星、だって!」
振り返った月詠の隣に並んだ稲森は、彼女に画面を見せながら長々と綴られた記事の一文を抜き出して読み上げる。
稲森の声に先程まで二人の姿を追っていた周囲の視線が月詠へと集まった。
「確かに月詠の技、雰囲気がグッと変わってカッコよかったしな!」
「そんなこと…寧ろみなさんには私のパスミスのせいで迷惑をかけてしまって申し訳ない限りです」
照れくさそうに笑ったかと思えば、言葉の通り申し訳なさそうに眉尻を垂らす。
謙虚な姿勢で語る月詠は、周りの視線から逃げるようにして目を伏せると話を続ける。
「私、サッカー経験自体が少なくて。公式試合にも出たことがなかったので、どうしても緊張してしまって」
「経験が少ないって、サッカーを初めてどれくらいなんだ?」
「ええと…一、二年くらいでしょうか。サッカーを本格的に学んだのもアメリカへ行った時なので、それまではボールに触れたことだってほとんどないんです」
彼女の返答に周囲から「えぇっ!?」と驚いた声が次々に上がる。その中心で肩を縮こまらせたた月詠は、困ったように頭を搔いた
「初心者でアメリカに留学してたってことか?」
「そうなりますね。でも、私は本当に特例で、サッカー関係者の知り合いがその機会を有難いことに用意してくださって留学することができたんです」
「へぇ〜!」
「それであの実力か……すごいな」
興味津々といった様子で相槌を打つ稲森。明らかに短い期間で留学までして、確実な実力を身につけた彼女の話に氷浦は感嘆の声を漏らす。
しかし、それを否定する様に月詠は首を緩く左右に振った。
「いえ、まだまだ荒削りなところばかりですし、みなさんに少しでも早く追いつけるようにもっと頑張らないといけません」
「その向上心、忘れるな。特訓ならいつでも付き合ってやるからな」
グッと小さな拳を作り、頑張るぞとポーズを取った月詠に、同じDFというポジションである風丸は優しい表情でそう言った。
風丸の言葉にパッと顔を明るくさせた月詠は嬉しそうに笑いながら「ありがとうございます!」と頭を下げる。
「でもよ、何で今更サッカーやろうと思ったんだ?サッカーが好きだったのか?」
「それは……」
今までの話を聞いていた剛陣がふと、そんなこと問いかけた。
その問いかけに一瞬目をみはった様に見えた月詠は、少し困った様子で視線を泳がせた後、苦笑を零した。
「ちょっとした諸事情です」
「諸事情?諸事情って…」
その時、聞き返そうとした稲森の言葉を遮る様にどこからか聞き慣れない音楽が流れ始める。
一斉に辺りを見回し始める選手達の中で、「私です」と慌てて片手を上げた月詠は、ポケットから取り出したスマホの画面を確認するとすぐに顔を上げた。
「すみません、先に失礼してもいいですか?」
未だに鳴り続ける着信音を止めることなく、そう尋ねた月詠に風丸は小さく頷く。
「あぁ、今日の試合は疲れただろう。ゆっくり休めよ」
「おやすみ、月詠!」
「おやすみなさい、月詠ちゃん!」
「はい、お疲れ様です。また明日からもよろしくお願いします」
周りから労いを受けながら「おやすみなさい」と最後に一言残し、月詠は急ぎ足でその場を去った。
:
先程まで鳴り響いていた着信音はすっかり止み、静かな廊下に少女の足音だけが響く。
にこやかな表情を崩した月詠は、眉根にシワを作り、険しい顔つきで自室へと辿り着いた。
少量の荷物だけが端に固められた殺風景な部屋。暗がりの中で明かりもつけずにベッドへと腰を下ろした月詠は、スマホの画面に視線を落した。フッとついた画面の明かりが彼女の顔を照らす。
「遅くなってしまい申し訳ありません」
『逃げ出したのかと思っていたよ』
着信履歴の一番上にあった文字をタップすると、電話の相手はワンコールで着信に応えた。
即座に謝罪を口にした彼女に返ってきたのは、低く冷たい声。
月詠は目を伏せ、再び謝罪を告げる。その奥に覗く琥珀の瞳は無機質で、何の感情も宿っていない。
『まぁいい。それよりも、試合を見ていたよ。優勝おめでとう』
優勝を祝う男の言葉には、まるで感情が込められていない。それどころか、怒りが滲んでいるように聞こえる。
何も返すことが出来ず、月詠は黙り込む。
暫くの無言の後、作られた拳に力を込めた月詠は気持ちを落ち着かせるようにはっと短く息を吐くと、ようやく声を発した。
「…申し訳ありません」
『使徒の目的を忘れたわけでは無いだろうな?』
「忘れていません。ただ、今回は予想外の出来事があったので、私の計算ミスです」
淡々と語る月詠。
彼女の言う計算ミス、それは、稲森を含む五名の選手がラフプレーに耐性をつけていたこと。そして、一見仲の悪い様に見えた灰崎と吉良が、新しい必殺技を編み出し、点を入れてしまったこと。
『言い訳はいらない。申し訳ないと思っているのなら、行動で示すべきだ。君もそう思うだろう?』
「…はい」
低く冷たい声が重くのしかかる。それを素直に受け止めるかのように、月詠は小さく頷いた。
『この様なミスは何度も許されない。分かっているな?どんな手を使っても日本代表を本戦に進めるな、これは命令だよ』
「分かっています。次こそは必ずやり遂げます」
真っ白なシーツの上にギュッと作られた拳。
伏せていた目をスっと上げ、壁を睨みあげた彼女の瞳は、まるで覚悟を決めたかのように鋭い光を放っていた。
彼女の声音からそれを読み取ったのか、男はそれ以上の言及をすることなく、話を変えた。
『ところで、一星くんが試合に出ていない様だったが?』
「趙金雲は既に私達の存在に気付いているんでしょう。恐らく今後も彼や、私でさえも使わない可能性があります」
『我々とあの男は過去に一度、因縁がある。どうやらそれを忘れてしまったらしい。彼にも忠告が必要なようだ』
「そうみたいですね」
飄々としているように見えて、感の鋭い男。電話の男は、趙金雲を警戒していた。
彼女にも気を付けるようにと、脅し交じりに再三注意を促す。
『次の試合までに手配しておこう。次も期待しているよ』
そうして男は、その言葉を最後に電話を切った。
お数秒ほどして音の無くなったスマホを耳から離すと、月詠は身体を後ろに倒しベッドの上に寝転がる。
ぼんやりと天井を見上げながら、腕で目元を覆うと、先程の男の言葉が脳裏を反芻する。期待しているとは言ったものの、まるで気持ちのこもっていない声。
「思っても無いくせに」
空中に吐き捨てるように呟かれた言葉は、誰かに拾われることも無く、部屋に溶けてしまう。
月詠はそのまま暗闇の中で、ゆっくりと瞼を下ろした。