「おい玖城っ!!またお前か!?」


聞き慣れた怒号を聞きながら視線をそちらに向ける。

また怒られてるよ、と周りがざわつき。
視線の先にはコーチに怒鳴られる1人の少年。


「これで何度目だ?」
「またサボり?」


玖城颯音。
彼はサボりの常習犯、らしい。


サボってる姿を誰かが見たわけでない。
ただ、周りの1年が立っているのがやっとなほどへとへとになったとき平然と彼はグラウンドに立っていた。

最初はただ体力があるだけだと思われた彼も、徐々にきつくなっていく練習のなかその状態が変わらず、先輩がコーチにサボっているのではと報告したらしい。


その事を問いただしても「サボってないです」とそれだけ答えて、口を閉ざした。

それ以来彼はコーチや先輩に目をつけられている。

だからこうやって怒られる姿もよく目にする。

普段はただの注意で終わるが今日はそうはいかなかったらしい。
まぁ…もう10回目だからな。

監督がコーチと彼に近づいて何か話をしている。
その間も玖城の顔色は変わることはなく、一度だけ頷いてグラウンドから出ていった。


周りのざわつきはさっきよりも大きくなって。
グローブをベンチに置いた彼は帽子を深くかぶって走り出した。


「うわ、走らされてる」
「そりゃそうだろ。これで何回目だよ」

笑い声を聞きながら、走っていくかれの背中を見つめる。


正直、俺はサボるやつには思えない。
同じクラスにいるアイツは凄く真面目で。
授業中は寝ることなんてないし、休み時間だって難しそうな分厚い本を読んでいる。
だから、そんな奴がサボるなて俺には理解できなくて。

正直俺は玖城がわからない。
彼は一体どういう人なのか…
周りの意見に流されてしまえばきっと楽なんだろうけど。
どうしても俺にはそれができなかった。


「樹!!」
「は、はい!?」
「ボーッとしてるけど大丈夫か?」

俺の顔を原田さんが覗きこむ。

「あ、はい。大丈夫、です…」

そう答えれば練習に戻れと言われて、ブルペンに入る。

「お待たせしました」

いつも通りボールを受けながらも視線は彼の方に行く。
真っ直ぐ正された姿勢と、変わることのないペース。


「樹、余所見しすぎじゃない?」

いつの間にか隣に立っていた鳴さんが俺を見下ろす。

「す、すいません…」
「別に俺には関係ないけどね!!」

関係ないなら言わなきゃいいのに、なんて口がさけても言えなかった。






部活が終わって、ぞろぞろとみんなが部室に戻っていくなか俺は足を止めた。
グラウンドの外を今も走ってる彼が見えたから。

「もう部活終わったよ」
「…あっそ」


俺の前を通りすぎようとする彼にそう伝えれば、彼は足を止めずに一言返して何もなかったかのように通りすぎていく。

「ちょ、いつまでやんの!?」

俺の問いかけに彼は答えることなく走り去っていく。

「樹」
「あ、原田さんに鳴さん…」
「部室閉めるぞ」

原田さんの言葉に俺は視線を走り去っていった彼に向ける。

「あの、玖城がまだ…」
「玖城?まだ走ってるのか?」
「はい」

グラウンドの向こうに彼の姿が見えて。
鳴さんは眉を寄せた。


「練習サボったのにランニングはするとか馬鹿でしょ」
「え?」
「ランニングもサボればいいのに」


鳴さんの言葉に俺は目を丸くして。
確かに、そうだ。
まず、玖城は一般入試で入ってきた。
やりたくないなら退部すればいい。

こちらに走ってきた玖城に原田さんが声をかける。

彼は少し躊躇ってから足を止めた。

「何か?」
「部室を閉める。お前も今日は上がれ」
「…監督の指示に背くことは出来ないので上がることは出来ません」
「監督の指示はなんだ?」


原田さんの問いかけに彼はピシッと姿勢を正したまま答えた。

「動けなくなるまで走ってこい、とのことでした」
「は?」

鳴さんが間抜けな声を出して、玖城がほんの少しだけ眉を寄せた。

「なにそれ。半日走ってたなら普通もう動けないでしょ」


鳴さんの言葉は正しい。
確かに、半日も人は走ってられない。

けど、気づいてしまった違和感。

「…なぁ、どうして…息が乱れてないんだよ。それに汗ひとつかいてない」


今来ました、と言っても納得してしまうほど平然とした彼。
俺の言葉に2人も目を見開いて彼を見た。

「今回はサボっていなかっただろ?」
「…今までだってサボったことはありません」


帽子を深くかぶって、彼はため息をついた。

「…濡れ衣ってことか?」
「俺はそう言ってますけど。まぁ信じてもらえるとは思ってません。期待するだけ無駄です」
「……監督には俺から報告しておく。今日はもう帰れ」


玖城は小さく頷いて部室に歩いていく。


「ねぇ」

そんな彼の背中に声をかけたのはずっと黙っていた鳴さん。


「やる気ないならさ、やめれば?時間の無駄でしょ」
「……やる気の有無が、どうして貴方にわかるんですか?」


振り返った彼はめんどくさそうに眉を寄せて。

「誰だか知りませんけど、他人にどうこう言われる筋合いはありません。お疲れさまでした」

…今、さりげなく爆弾落としていかなかったか?
恐る恐る隣に視線を向けて俺は肩を震わせる。


「誰だか知らない?俺を!?はぁぁあ!!!?」


暗くなったグラウンドに響き渡った鳴さんの声。
遠くなっていく彼の背中は相変わらず正されて、真っ直ぐと前を見据えていた。



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