目の前の光景が理解できない。
俺だけじゃない。
鳴さんも先輩たちもみんな目の前の存在に言葉を失っていた。


「今日から一軍に上がった1年の玖城颯音だ」


原田さんはそれが当たり前かのように彼を紹介して。
誰もが持っていた不満や疑問を口にしたのは鳴さんだった。


「はぁ!?意味わかんないっ!!そいつ、やる気ないんでしょ!?」
「鳴。これは監督と俺の決定だ」

そんな鳴さんの声も黙らせた原田さんは玖城を見た。

「俺のどんな言葉よりお前が黙らせろ。不満を持ってるのは鳴だけじゃない」


隣のグラウンドからも不満の声は聞こえる。
そんなものまるで聞こえないかのように彼は帽子を深く被ってマウンドに上がった。
原田さんはプロテクターを付けて、構える。

振り上げられた腕。
ボールは真っ直ぐ原田さんのミットに収まって。
すさまじい音が俺たちの耳に届いた。

グラウンドは静寂に包まれて、彼は返球を受け取って原田さんを見る。

「満足ですか?」

彼の声はグラウンドに響く。

「他の球種も投げるか?」
「…必要なら投げますけど」

彼の言葉に原田さんは周りを見て、首を横に振った。

「必要なさそうだ。1軍のメンバーの練習に参加しろ」
「はい」

マウンドを下りた彼に近づいていくのは鳴さん。


「お前に、エースは譲らない」


鳴さんの宣戦布告。
彼は首を傾げた。

「貴方がエースなんですか?」
「っ!!そうだよっ!!俺が、エースの成宮鳴!!」
「……そうですか。…まぁ、興味ないんで。どうぞ、お好きに?」


帽子で隠れない口許は真一文字に結ばれていた。。
鳴さんの顔にはイラつきが見えて、原田さんが止めにはいる。


「やめろ、鳴」
「けどっ!!こいつムカつく!!やる気ないならやめろよ!!」
「…だから、俺にやる気があるかなんて貴方にはわからないでしょ」


玖城は相変わらず淡々と鳴さんの言葉に答えて。
その態度に鳴さんの苛立ちは募る。

「やる気あんならエース争いぐらいしろよ!!投手だろ!?1番が欲しいって思わないのかよ」
「……なにか、勘違いしてるみたいですけど」
「はぁ!?」


今にも掴みかかりそうな鳴さんを目の前にして彼は、姿勢を正したまま言った。


「俺は投手じゃないですけど」
「はぁぁあ!!!?」


彼は耳をふさいでため息をついた。


「どういうこと!?あんなボール投げて投手じゃないの!?」
「…俺、ポジション決まってないんで。監督の指示で投手にも捕手にも外野手にもなりますよ」
「なにそれ、意味わかんない!!」


原田さんはため息をついて、鳴さんを彼の側から離れさせる。

「…こいつは俺達とは少し違う」
「違うってなにそれ」
「…それ以外に説明する方法がない。話はここまでだ。練習を始めろ」


鳴さんは不服そうな顔をして、でも練習を始める。
玖城も何事もなかったかなように野手の練習に入っていった。







成宮鳴。
どうにも彼には嫌われたらしい。
だからどう、というわけではないけれど。


「大変だな、坊やに絡まれて」

どこか楽しそうに笑ってそう言った人。

「…どうして絡まれてるのか甚だ疑問です」

飛んできたボールを捕って、送球すれば彼はまた笑った。


「本当に野手もできんのかよ。ハッタリかと思ってたぜ」
「……なんでもできます」
「投手だ野手に入ることはあるけど…そこまでできるのは珍しいだろ。まぁ、さらっとそういうこと言うから鳴に絡まれんだよ」


…本当に面倒なことになった。
ぼんやりとそんなことを考えながら、練習をして。


聞こえてきた休憩の声。


いつの間にか随分と時間が過ぎていた。

「…あれ?」
「何か?」
「あ、あぁ…いや…」

不思議そうに俺を見つめる彼に首を傾げて、ベンチに戻れば仁王立ちで成宮という人が立っていた。
彼の横を通り過ぎて、飲み物を受け取る。

面倒なことは、できることなら避けたい。


「玖城!!」
「……はい」

振り返れば真剣な瞳が俺を捉えていて、居心地が悪くて帽子を深く被る。


「俺はお前を認めないっ」


それが彼の出した答えなんだろう。
部長はため息をついていて、さっきの人は楽しそうに笑っていた。


「投手は譲らないし、お前にボールは受けてほしくないし。お前に背中を預けるのは嫌だ」
「…エースなら背中なんて預けないで一人で抑えればいいじゃないですか」
「うっ…」


背中を預ける、か…
ただの自己チューな人かと思えばそうでもない、のか?


「…俺を認める必要はないです」
「は?」
「別に認めてほしいワケじゃない」
「だったら、お前は「でも」」

彼の言葉を止めて、俺は帽子の下の瞳を彼に向けた。
交わった視線。
彼が目を丸くする。


「文句は言わせない」


彼の肩がびくっと揺れた。


「嫌われても、認められなくても関係ない。俺をどう思っていようが興味はない。けどなにも知らずに俺のレベルを決めつけているなら…そんなもんみんなまとめてFuck offだ 」

突き立てた中指と出した舌。
彼の米神に怒りマークが見えた気がしたけど関係ない。

彼に背中を向けて、練習に戻ろうとすれば後ろから彼の声。


「すっげぇ、ムカつく!!!!それ、先輩に対する態度!?」
「え?先輩なんですか?」

俺の言葉に彼が叫んだのは…言うまでもない。



戻る