「あの…なんですか、この空気感」
樹が恐る恐る俺に問いかける。
「颯音が倉持も出かけてて。そこに遭遇した」
「あー…なるほど…」
俺はまさかこうなるとは、と苦笑をこぼす。
「倉持に 結構痛いとこ突かれちゃってさ。颯音は颯音で、倉持に懐いてんじゃん?それだけじゃなくて、颯音をイラつかせること言っちゃったし って感じ」
「颯音も怒ってるんですね」
「多少はな」
最近うまくいっていたはずなのに。
目も合わさない2人を見ながらため息をつく。
「練習、今まで通りペアですよね?あの2人」
「それなんだよな。どーすんだろ」
俺らの心配をよそに、颯音が鳴に声をかける。
「あの、今日の練習なんですけど「ペアは解消しないからな!?」…え?」
「なんだよ」
「解消する予定だったんですか?」
キョトンとした颯音と同じくキョトンとしてる鳴。
「メニューの内容少し、変えたいなって思って。相談しようと…思ってたんですけど、」
「は?そんだけ?」
「え、はい」
だって、お前怒ってんじゃんと鳴が言えば颯音はあぁ、と納得したようだった。
「怒ってはいますよ。けど、それとこれは話が別ですよね?プライベートのこと、一々部活まで持ち込んでたらキリなくないですか?」
「まぁ、そうだけど」
「だから気にしないです」
意外と大丈夫そうだな、と隣にいる樹に声をかける。
樹も安心したのか表情をゆるくさせた。
「樹ってさ、仲良いよな。颯音と」
「え?どうしたんですか、急に」
「白河と颯音ってなんか 喧嘩したりしたことあるか?」
俺の問いかけに彼は目を瞬かせる。
「ないんじゃないですか?颯音、白河さんのことたぶん好きだし」
「だよなぁ。白河も颯音のこと結構可愛がってると思うんだよ」
「だと思いますよ。なんでですか?」
ちょっと気になることがあって、と言えば樹は不思議そうに白河の方を見た。
「俺は全然わかんないですね。さっきも二人で話してましたし」
「そうか?まぁ、気のせいならいいんだよ」
▽
「君が、成宮鳴くんかな?」
フェンス越し立っていたのは流暢な日本語を喋るガタイの良い外人だった。
俺を知っている且つ外人となれば思いつくのは一つだけ。
「Joker'sの関係者?」
「うん。正解」
彼は人の良い笑顔を見せた。
「初めまして、Joker'sで監督をしているAlfred Reynoldsだ。」
「監督…?なんで、日本に?連れ戻しに?」
「まさか。彼らが送り出したのに、わざわざ私が連れ戻しに来るわけないだろう」
彼らは彼ら自身で全てを決める。
そういうチームだからね、と彼はまた笑う。
「Alfredさんは?決めないの?」
「…私は監督とは名ばかりな立ち位置でね。いわば、そうだなオーナーみたいな。フロントスタッフみたいな存在だよ」
オーナー。
じゃあ、実際の指導はしていないのか?
ほかにコーチがいるのかもしれないけど、さっきの口ぶりだと…
「勿論、彼らが小さい頃は指導者として接することもあったけどね。今はもう、彼が中心に回してる」
彼。
それに当てはまる存在は一人しかいない。
颯音だ。
「どうして、Alfredさんは監督になったの?颯音たちの。あ、違う?どうして 颯音たちを集めたの?」
「最初が正解だよ。Joker'sがまだ出来上がってない頃、颯音が私の元にきたんだ。指導者となってほしいとね。彼が話す作りたいチームはあの場所ではまるで 夢物語みたいなものだった」
懐かしむように 彼は目を細めた。
「けど、心のどこかでみんなが求めているようなチームでもあった。かくいう私も その一人だった。……君はどれくらい知っているのかな?颯音がいた場所のこと」
「…ラフプレーとか、夜の階段から突き落とされちゃうって話は」
颯音は君を信頼しているんだね、と彼は言った。
「私はね、こう見えてメジャー行きもあり得ると言われていた選手だったんだ。遠い昔の話だけどね。けど、ドラフト直前に壊されたよ。幼い頃 私が壊して野球をやめたチームメイトにね」
息が詰まった。
穏やかに、彼は話すのに内容は あまりにも 酷い。
「地元じゃ有名な話だった。壊された私のことはね。だから、颯音は私の元に来たんだ。おかしくなった あの近辺の野球のやり方に 疑問を持つであろう私にね」
Reynolds?と足音と共に聞こえた声。
話の続きは もう、聞けそうにない。
「颯音」
「なんでここにいるんです?」
目を丸くさせた颯音は彼に駆け寄った。
そんな彼を抱き寄せて、頬を寄せる。
まるで映画のワンシーンのようで、瞬きも出来ずにそれを見つめていた。
「仕事で ここの監督に会いに来たんだよ。そのついでに、挨拶にね」
「そうだったんですね。遠いところから、わざわざ」
少し、不思議な光景だった。
前に一度颯音の仲間が来た時とは どこか違う。
不思議な 雰囲気が彼らにはあった。
「みんなは元気にしてますか?」
「あぁ。元気にしてるよ。オフシーズンのメニューは今年は一段と厳しいらしくてね。毎晩ハウスでクタクタになってる」
「そうなんですね」
まるで、親子みたいだ。
いや、年の離れた兄弟か。
親しいとか そういう域の雰囲気じゃない。
そこにあるのは 言葉に形容できない 繋がり。
「来週には イベントをやるって。いつものね」
「今年はどれくらい集まりました?」
「去年よりも多かったよ。少しずつ、変わり始めているかな」
Alfredさんの手が颯音の頭を撫でた。
それを彼は受け入れて、微笑んだ。
俺の見たことのない 顔で。
目の当たりにした。
それが、Joker'sというチームなのだと。
「監督の元へはもう行かれたんですか?」
「あぁ。これから空港に向かって、夜には向こうに帰る予定だよ。そうだ、颯音。アメリカ代表で 試合をしないかい?」
Alfredさんの言葉に彼は首を傾げ、今はいいですと答えた。
「彼の率いる 日本チームとだけど」
そう言って、俺に2人の視線が向けられた。
「俺?」
「まだ聞いてない?今度 東京の高校球児と対戦するんだよ。アメリカの高校生が。Joker'sは別のイベントと被ってて不参加なんだけど。颯音はこっちにいるし。どうする?」
「鳴さんと試合?」
颯音と視線が交わった。
そう言えば、颯音と真正面から戦ったことってなかったな。
あいつは俺をエースだと言って、挑んでくることもなかったし。
「…大丈夫です。今回は、お断りさせてもらいます」
数秒の間の後、彼はそう答えた。
▽
鳴さんと試合。
思えば、彼と真正面から 戦ったことはなかった気がする。
彼が凄いことはわかっていたから。
けど、そうだな。
戦ってみたい。
彼の瞳には少し困惑が映る。
まぁ、それはそうか。
急にJoker'sの監督が来て、試合をしないかと言ってるんだから。
Kevinたちが来た時みたいにまた、機嫌が悪くなるだろうか。
鳴さんとは倉持さんの件で 揉めたままだし。
部活には持ち込まないって話で解決はしてるけど。
「…大丈夫です。今回は、お断りさせてもらいます」
「そうかい?こんな機会、滅多にないけど」
「鳴さんとは、戦ってみたいですけど。今じゃなくていいです」
そう、Reynoldsに答えて もう一度鳴さんの方を見た。
ぴくり、と僅かに彼の肩が揺れる。
「鳴さんと戦う時は…Joker'sとして戦いたいです」
前から、思ってた。
Joker'sのみんなは 鳴さんを認めてくれた。
俺が認めた相手だからって、理由ってだけ。
けど、本心じゃないことはわかってた。
俺を送り出したことも 100%本心ではない。
だからこそ、彼らに知ってほしいと思ってた。
俺が出会った成宮鳴というエースがどんな存在なのか。
そして、同じように 鳴さんにも 彼らのことを知ってほしい。
「…それは、みんなが喜びそうだ」
Reynoldsは笑って、じゃあ今回は諦めるよと 俺の頭を撫でた。
幼い頃から変わらない大きくて 優しい彼の手。
「そういうことみたいだから、また会おうね。成宮鳴くん」
「あ、はい」
「颯音をよろしくね」
無理はしないで、何かあったらすぐに連絡するんだよと彼は言って、キャリーケースを引いて門の方へ向かっていく。
「いいのか?見送りしなくて」
その背中を見つめていた俺に 鳴さんから投げられた言葉は少し予想外のものだった。
怒ってない?
機嫌も…悪くはなさそう。
「大丈夫ですよ。時間使っちゃいましたね、練習再開しましょう」
「おう」
鳴さんはアイツらに出会ったら どう思うかな。
良いチームだと、思ってくれるかな。
「どうした?」
「なんでもないです」
もし、そうだったら。
きっと今までの 色んなことが少しだけ報われる気がする。
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