「え、一年ってもう来るの?」
「そうだよ。え、知らなかったの?去年もそうだったじゃん」
「俺、一般入学組だし」

そういえばそうだった、と樹が苦笑する。

「推薦で入る人たちは卒業後すぐに入寮して練習に参加するんだよ。夏まで時間ないしね、あんまり」
「なるほどね」
「3年生も卒業して、部屋も空けたしね」

先輩たちの卒業。
原田さんには、ほんとに迷惑をかけた。


「原田さん」
「おう」

沢山の人に囲まれていた彼の周りが静かになって、俺はやっと彼に声をかけた。

「さっさと声かけてくりゃいいだろうに」
「いえ、邪魔は出来ないので…」
「そういう気遣いは出来んだよな、お前」

卒業証書を入れた筒がこつんと俺の頭を叩く。

「ありがとな、残ってくれて」
「なんで原田さんがお礼を言うんですか」
「嬉しいからな。俺は、お前と鳴が肩並べて…最後のマウンドで抱き合う姿とか見てぇな」

鳴さんとのことで誰よりも迷惑をかけた。
彼がそれを望むなら、それがきっとなによりもの恩返しになるのだろう。

「場所は?」
「勿論、甲子園一択だろ」
「はい」

あいつはめんどいぞー、と口では言うが 彼の優しい目がどれだけ鳴さんを大切にしているかを物語る。

「お前を、これからも怒らせるかもしれねぇけど。あいつは、お前のこと好きだから。許してやってくれよ」
「頑張ります」
「じゃ、頑張れよ」

原田さんも、と言えば片手をひらりと上げて 彼は歩き出す。
大きな背中が遠のくのを見つめていれば そういえば と彼が足を止める。

「玖城、」
「なんですか?」
「お前、鳴のこと好きか?」

俺がその質問に答えれば、振り返った彼は子供みたいに笑った。
珍しいその笑みが、まだ記憶に刻み込まれてる。


「ちょっと、ちゃんと聞いてる?入寮が明日だよ。で、顔合わせがその次の日ね」
「聞いてる聞いてる。俺らの部屋にも誰か来るの?」
「どうだろう?」

2人の部屋に入る子、可哀想だねと彼が苦笑する。
俺も白河さんも綺麗好きだし。

「多分、今日の練習後に発表になると思うけど」
「そうなんだ…」
「不安そうだね」

そりゃね、と苦笑すれば樹が微笑ましそうに俺を見ていた。

「颯音にも不安に感じることあるんだなって思うと安心する」
「どういう意味だよ」
「なんでも卒なくこなすからさ」

俺にも不安なことくらいあるよ、と言えば例えば?と彼は首を傾げる。

「弱点はわざわざ教えないでしょ。内緒」
「なんでよ。1個くらい いいじゃん!!」
「やだよ」

お前らなにじゃれてんの、と白河さんが冷めた声で言った。

「あ、おはようございます!」
「おはよう」

白河さんから感じるいつもと違う視線は、少し薄れた気がする。
それでも、時折同じものを感じる。

同じ部屋だし何か、知られてしまうリスクは一番ある。
まぁ、鳴さんの方が色々知ってるけど。
本来であれば、白河さんにバレることの方が可能性あったはずだ。

タイミングからすると俺が正月に帰省したとき?
白河さんは俺が出て行ったあとにまだ残っていたし。
そのタイミングで何か見られた?
けど、あの時は日記も持って帰っていたし…

「颯音?」
「ん?」
「なんか、難しい顔してる」

ごめん、ちょっと考え事と笑えば樹も微笑んだ。

「早く行くよ。朝ご飯」
「あ、はい」

何か、大事なこと忘れてる気がする。
前を歩いていく白河さんと樹の後ろ姿を見つめながら、記憶を辿る。

「あ、」

あの手紙は、どこだ。

「行かないのか、颯音?」

振り返った白河さんと目が合う。

読まれたのか、あの手紙を?
もしそうなら。
もし、そうだったなら。

「すいません。忘れ物しました」
「え?」
「すぐ行きます」

ご飯食べに行くのに忘れ物なんてあるはずない。
それなのに口から出たのはそんな下手くそな嘘で。
目を丸くしてる二人に背を向けた。
日記に挟んだのは覚えてる。
けど、もし部屋に忘れていたなら?

部屋に駆け込んで、日記の鍵を開ける。
ページをめくっても、目当ての手紙はない。
引き出しの中も、本棚も。

「ない…」

手紙は今、どこにある?
どうしよう。
白河さんが持ってるのか?
もう、他の人に見せたのか。
いやまず、彼は読んだのか?

「颯音ー?」

ドアが開いた。
振り返ると、鳴さんがドアから顔を出していた。

「どうしたの?この世の終わりみたいな顔してる」
「似たようなもんですよ」
「え?」

日記を閉じて立ち上がる。

気が緩んでいた。
この場所の安心感に、浸っていた。
忘れたわけじゃない。
けど、以前のようにそればかり考えているわけではなかった。

「なに、大丈夫?」
「大丈夫です」

白河さんに聞きにいかねばならない。
けど、なんと聞く?
聞いて、もし 彼があの手紙を読んでいたとしたら。
なんと説明すればいい?
今までのように、うやむやにできるレベルの話ではない。
俺の、1番 触れて欲しくない過去だ。

「本当に平気?」

俺の顔を覗き込む鳴さんに俺は微笑んだ。

「大丈夫ですよ。わざわざすいません。ご飯行きましょう」
「うん」

白河さんは言いふらしたりはしないと思うけど。
今後このチームにい続けるのが、厳しくなる可能性がある。

もし、鳴さんに知られたら?
この人は今と同じように接してくれるだろうか。
樹は?神谷さんは?他の皆は?
今までと同じように 接していられる人は、何人いる?

LeoとKevin以外、知らない。
Joker'sのメンバーなら受け入れてくれるかもしれないけど、受け入れられなかった時が怖くて 言えなかった。

「鳴さん」
「なーに?」
「鳴さんは、どこまで俺を許しますか」

鳴さんは怪訝そうに俺を見つめた。

「どうしたのさ、本当」
「いや、なんか…ちょっと気になって」
「うーん。稲実辞めるとか野球辞めるってのは許さないけど。他は許すよ」

俺は心広いからねって彼が笑う。

「だからさ、もっと頼ってよ。お前はね、一人で抱え込みすぎてるから」
「そうですかね」
「俺はなんでも受け入れるよ。その覚悟はしてる。レオナルドやケビンみたいにお前の1から10まで知ってるわけじゃないから知るたびに悩んだり迷ったりするけど。それでも、全部受け入れるから」

優しいですね、って言えば知らなかったの?と彼は笑った。

「ほら、食い損ねるから早く行くぞ」
「はい、」
「ほんと手がかかるね、お前」

彼はそう言って笑った。

「俺の覚悟は、もうできてるからさ。お前の覚悟が出来たら全部話してよ。半分背負ってやるって、言っただろ」

今すぐには無理なのはもう、分かってるから。と彼は少しだけ 申し訳なさそうに眉尻を下げた。

「ありがとうございます」
「どういたしまして!感謝してくれていいよ、もっと!エース様にこんなに気にかけてもらえるなんて、超レアだかんね!」

覚悟?
そんなもの、できるはずがない。
だって、あんなこと…話せるわけがない。
それを話して、貴方に嫌われたら俺は…。

「颯音、はーやーく!!」

鳴さんが俺の手を引いて歩き出す。

「…鳴さんの手、温かいですね」
「あ、それよく言われるかも」

手離したくない。
失いたくない。

「颯音は冷たいね。指先まで冷えてんじゃん」

俺はこの手を、離したくない。
鳴さんを、このチームを 失いたくない。




戻る