1年生の入寮の為、午前中の練習がオフになった。
俺と白河さんの部屋には今のところ1年生が入寮する予定がなく、ただ自由な時間を与えられただけだった。
白河さんはいつも通り机に向かっていて、俺はベッドに寝転びながらスコアブックを眺めていた。
内心、あるのはあの手紙のこと。
あの後探したが、結局見つからなかったところをみると、あれは白河さんが持っているんだろう。
「白河さん」
「どうした?」
体を起こして、白河さんの方を見れば 彼もこちらを振り返った。
交わった視線に 嫌な感情は感じられない。
「…颯音?」
「見ましたよね。白河さん」
「は?」
急にどうした、と言った彼に 手紙 と呟けば彼が言葉を詰まらせた。
やっぱり、そうだ。
俺、不注意だけど。
どうしよう、ここから。
「中身も、読んだんですね。その感じからすると」
返事は、ない。
遅かれ早かれ 彼とはこのことを話さなければいけなくなっていたし。
こうなった以上は隠し通すのも難しい。
春大目前だしチームを去れと言われるのは、正直嫌だけど。
致し方ない、としか。
「………他の奴らには、伝えてないし。伝えるつもりも、ない」
白河さんはそう言って、俯いて大きく息を吐き出した。
「事情はどうであれ、鳴にはお前が必要だし。このチームにも、お前が必要だと思ってる。だから、あの手紙の内容を言いふらしてどうこうしようってつもりは、ない」
それが彼が悩んで出した答えなんだろう。
「ただ、このままなかったことにしろっていうのも 正直無理だ」
「…そうですよね」
「お前は 人を殺したのか」
直球だ。
グサリと胸に刺さった気がした。
「その質問にYes No で答えるのであれば。答えは No です」
白河さんは少しだけ、安心したような 表情を見せた。
「ただ、Cyrilが死んだのは。俺のせいです」
「手にかけたわけじゃないよな?」
「それはないです。この手で人を殺したことはないです。それは、神に誓います」
人を手にかけたことはない。
ただ、追い込んだのは間違いなく。俺だ。
「Cyrilは自殺したんです。俺に、エース番号を奪われて」
自殺した人。
心を病んだ人。
復帰が出来ない怪我をした人。
野球から逃げた人。
様々だけど。
俺が追い込んだ。
そういう人が、間違いなくいて。
日記の中には、彼らの名前が 刻まれている。
人生を、壊してしまった相手。
それが俺の懺悔を捧げる相手だ。
「それだけで?」
「俺らにとっては、それだけで 世界が変わるんですよ」
人を蹴落としていく世界だった。
チームワークなんてない。
あの、たった1つの番号が 全てだった。
「お金で、エース番号を買う人もいた。怪我をさせて、それを奪う人もいた。もちろん、ラフプレーで狙われることもあれば 私生活で狙われることもあった」
体の怪我の話は確か、少しだけ白河さんも知っていた気がする。
「Cyrilは俺からエース番号を奪われて、俺を階段から突き落としました。その後も何度も何度も執拗に俺を狙って、何度も何度も俺は怪我をしました。それでも、マウンドに立ち続けた。どんな怪我でもエース番号は、誰にも譲らなかった」
「それで、どうして 自殺なんて…追い詰められてるのは、お前だったはずだ」
「エース番号があるっていうことが、なによりも安心させてくれてたんですよね。きっと」
Cyrilは焦ってた。
そして、苦しんでいた。きっと。
俺は気づけなかったけど。
救って、あげられなかったけど。
「どこからか、わからない。いつからかも、わからない。けど、少しずつ。少しずつ。Cyrilの心は死んでいった。追い詰められていった。最後彼は、遺書を遺してグラウンドがよく見えるマンションの屋上から飛び降りた」
「…遺書には、なんて。」
「俺を殺したのは颯音だって、颯音が全てを奪った。そう、書かれてた」
俺は、笑った。
あの頃は、何も感じなかった。
けどあの環境から離れて やっと気付いた。
俺が、追い詰めていたんだろうな。
学年も下。
しかも、急に現れた日本人の俺にエース番号を奪われた。
「後からわかった話だと、彼はエースを降ろされてからひどいいじめにもあっていて。いじめてた奴らは俺の名前を使っていたから。いじめの主犯格も俺だと思っていたんでしょうね」
「……それで、お前が殺したと?それは、違くないか?」
「そう、言ってくれる人もいましたよ。当時、事件を担当した警察もそう言ってくれて 俺はなんの罪にも問われていない」
けど。
だからといって。
Cyrilの家族からしてみれば、俺が仇なのだ。
俺があのチームに移らなければ。
俺が彼の番号を奪わなければ。
俺が彼のいじめに気づいていれば。
俺が彼の助けを求める声に耳を傾けていれば。
救えたかもしれない、命だった。
俺が、あの世界に染まっていなければ。
助けられたかもしれなかった。
「家族も本当はわかっているはずなんです。けど、認めたくないんです。悪役がいれば、責める相手がいれば どこか救われるんです。きっと」
「だとしても…」
「それに今は、こんな風に考えられてますけど。当時は彼が死んだことを 笑ってたんです。俺は」
弱いやつだと。
邪魔な奴が ライバルがいなくなって よかったと 笑った。
「今とは、違かった。俺も、あの環境に染まってたから。何も感じなかったし むしろ好都合だとさえ 思ってたんです」
白河さんは俺から目を逸らし、唇を噛んだ。
「周りにどう思われるかじゃないんです。俺を許してくれる人がどれだけいても、Cyrilに許されない限り、俺は俺を許せない。俺は彼の命の責任を取らなきゃいけないと思ってます。だから、Cyrilの両親からの非議を甘んじて受け入れているし、それを背負って 罪を背負って戦っていくことを決めた」
俺があの世界に染まったきっかけは Cyrilが階段から突き落としたこと。
あれがなければ 俺は抗い続けていたと思う。
受け入れられずにいたと思う、あの環境を。
「…今思えば、Cyrilは俺の最初の被害者なんです。けど、俺の最初の加害者でもあるんです。俺は彼に一生許されることはないだろうけど、俺も彼を一生 許せない」
これは、LeonardとKevinしか知らない過去だ。
チームメイトにも、話せなかった。
間接的とはいえ、人を殺めたこと。
どんなに信頼してても、言えなかった。
彼らに知られて、嫌われたくなかったんだ。
失いたくなかった。
俺の弱さだ。
「…話は、わかった。正直、お前がいた環境がどんなものだったのか想像もつかないし。颯音が考えてることも理解しきれない」
「…はい。」
「けど、お前が野球で人を殺めたり、お前がその手にかけて 殺したんじゃないから よかったと 思った」
彼から差し出されたあの手紙。
それを受け取って、その手紙に視線を落とす。
「正直、俺の答えが正しいのかはわからないけど。俺はお前は許されていいと思うし、お前が悪くないとは言わないけど その死はお前が招いたものだとは 思わない」
「ありがとう、ございます」
「そういう過去があったからこそ、颯音は今 強いんだろうなって思ってる」
ぽんと頭の上に乗せられた手。
少しぎこちなく、俺の髪の毛をかき混ぜる。
「悪かったな、嫌なこと思い出させて」
「いや、そんな…。俺こそ、すいません。こんな、こと隠してて」
「人に話すようなことでもない。それにこれを知ったからといって、やはり変わらないよ」
彼と視線が交わる。
「俺の信じた颯音はやっぱり、変わらない」
彼の言葉。
頭の上の温もり。
優しく 微笑んだ彼に 目頭が熱くなった。
「泣くなよ。大丈夫だよ、お前はこのチームに必要な存在だから。俺も、颯音にいて欲しいって思ってるから」
「泣いてないです」
「ならいい。これから先輩になるんだ、不安な顔なんてするなよ。俺がさせたのかもしれないけど」
お前なら、大丈夫だから。
そう言って笑ってくれた彼から目を逸らして、重すぎる罪を綴った手紙に視線を落とす。
許される、なんて思ってない。
許してほしいなんて、思ってない。
たとえ、世界中の誰もが俺を許したとしても俺は俺を、きっと許しはしない。
あの日棺に入って、冷たくなっていた彼が今も瞼の裏に焼き付いてるから。
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