「鳴とはどうだ」

珍しく監督に呼ばれたと思えば投げかけられたのはそんな質問。

「去年に比べれば問題ないかと」
「そうだな」

そうだなって、話終わっちゃうんだけど。
え、それだけ?
どうしようと黙って監督を見ていれば、少しの間の後に言葉を続けた。

「…今更だが、」
「はい」
「どこのポジションをやりたい?お前は」

拘りはないです、と答えるが 彼は首をコキッと鳴らすだけ。
求める答えではないということだろう。

「……任せられた所を全うします。俺はそういう風に野球をやってきましたし」
「そうか」
「けど、強いて言うなら。鳴さんに声をかけられる距離にいたいです」

鳴さんのボールを受けてみて改めて思った。
あの人は感情がボールに乗りすぎる。
昨日も最後はボールが荒れに荒れたし。
まぁ、俺がイライラさせてしまったせいだったのかもしれないけど。

「…鳴さんが、それを望まないのであれば やりませんけどね」
「セカンドを、やる気はあるか」
「セカンドですか?」

去年、3年が抜けてから セカンドのポジションはコロコロ変わっていた。
白河さんとの連携がうまくいかない人もいたし、安定してないのはわかっていたが。

「自分に任せて頂けるなら、是非」
「…内野練は前々からやっているから問題ないと思うが、改めて白河との連携の確認を」
「はい」

それから左投げについてだが、と彼は話を続ける。

「必要になれば使う。しっかり、準備をしておくように」
「はい」
「…捕手を任せることは…恐らくないが 100%ではない。いつその時が来ても困らぬよう全ての可能性に備えて準備はしておけ」

はい、と返事をして 頭を下げる。
どこかから話を聞いたのか、わざわざ伝えてくれるとは思わなかった。

「話は以上だ。戻っていいぞ」
「失礼します」

監督室から出て、まだ人の声が聞こえる暗くなったグラウンドに視線を向ける。

「…セカンド、」

最近内野練が割合多く組み込まれているとは思っていたけど。
まさか俺を入れるとは、思いもしなかったな。

「颯音!監督なんだった?」
「今度からセカンド起用だって」
「セカンド!?」

想像つかないって樹が呟く。
それにしても、ポジションまで小湊と同じになるとはね。

「…戦線布告しといて正解だった」
「ん?何が?」
「ごめん、こっちの話。とりあえずフィールディングの練習付き合ってもらえる?白河さんにも声かけてくるから」

これから鳴さんのボール受けないといけないんだよね、と樹が申し訳なさそうに眉を下げる。

「それなら明日以降でいいよ。急な話だったし」
「ごめんね」
「樹との連携も確認しときたいから、大変だと思うけど お願い」

大丈夫だよ、と彼は笑う。

「頼もしいな、颯音がセカンドにいるなんて」
「そう?」
「うん。颯音がいると落ち着くんだよね」

鳴さんのことはイライラさせちゃうと思うけど、と言えばそんなことないと思うけどなと彼は言った。

「樹!!俺を待たせんなー!」
「あ!すいません!!すぐ行きます!!!」
「…じゃ、頑張って」

鳴さんに駆け寄っていく彼を見送り、とりあえず白河さんに伝えた方がいいだろうと室内練習場に向かう。

「白河さん」
「お疲れ。どうした」
「さっき監督に呼ばれてセカンド起用が決まって。樹にも声かけたので、明日から自主練付き合ってもらえませんか」

颯音がセカンド、と少し驚いていたが 彼は俯いてからわかったと頷く。

「練習で何度か合わせてるし、そこまで心配はないけど」
「はい」
「颯音の方がやりにくさがあるかもしれないから。遠慮なく声かけて」

ありがとうございます、と頭を下げる。
顔を上げた時一瞬見えた、俯いた彼の表情は 険しい。
快く俺を受け入れてはいないようだった。

「…明日からお願いします。失礼します」

会釈をして彼から離れ、周りに誰もいないところで 足を止めた。

「……そりゃ、そうか」

その場にしゃがみ込んで、頭を抱える。
部屋も一緒で、ポジションまで近くなれば 彼に心労をかけるのは間違いない。
今だって、気を遣わせてしまっているのに。

「本当だったら、一緒に野球やりたくないだろうしね」

チームにとって、必要だとしても。
俺を人として受け入れられるかというのは、別の話。
人を殺した俺と、普通野球をやりたいなんて思ってくれるはずなかったのだ。

「…今からでも、辞退…は、できないか」

受け入れられるなんて、どこか期待した俺が愚かだった。





「え、颯音 セカンドやんの?」
「らしいぜ」

自主練も終えて、就寝までの束の間の自由時間。
相変わらず半裸でジュースを飲むカルロスが だよな?と白河の方を見る。

「監督からの正式な通達」
「…まじか」
「まぁ、上手いもんなー内野も。どこやってても安心して見てられるし」

それはそうだけど、と返せば 何か不満か?とカルロスが首を傾げた。

「上手いのはわかるんだけどさ。怪我のリスクも増えるじゃん、内野」
「…まぁ、それはな」
「颯音って結構、躊躇いなく飛び込んでくし…外野と違ってランナーとの接触とか…」

安心して任せられるといえば、任せられるのだが。
正直、今年の投手陣は俺と颯音の二枚看板みたいなもん。
アイツを失うのは痛い。

「…わかった上での起用だろ」
「そうだろうけどさぁ」
「頼りないってことだろ」

白河は空になった缶をゴミ箱に放り投げた。
カランカラン、と軽い音と彼の舌打ちが聞こえた。

「実際、二遊間のミスは多かった。俺にも、責任がある。」
「え!いや、そういう事言いたいんじゃないんだけど!?」
「颯音に無理させなきゃ 回らない。守備も打撃も。お前ら投手を休ませてやれない時点で、力不足だ」

白河は部屋に戻る、と背中を向けて。
俺とカルロは顔を見合わせた。

「…白河、」
「まぁ、責任感じてんじゃね?白河のボール、取れねぇ奴多かったし」

白河の送球を取りこぼすことは確かに多かった。
けど、アイツが悪いわけじゃなかったと思う。
アウトを取る為に丁寧にやった結果であった。
勿論、連携不足は否めないがそれでも対応出来ただろって俺は思ってた。

「取れない側の問題じゃん。翼クンとは出来てたんだし」
「そりゃ、3年だったからな。同じもん求めちゃダメなんじゃね?」
「そうかもしんないけど。颯音は取りこぼしなりなんて、しないと思うけど」

そりゃ、颯音のレベルの問題だろとカルロスは言った。
まぁそりゃそうかもしれないけどさ。

「妥協していいわけなくない?翼クンじゃないから、颯音じゃないから 出来ませんって違うじゃん。白河は白河でレベルアップしてくんだからさ、これからレギュラー取ろうって奴はそれに追いつく努力をするべきじゃん。誰もいないから、仕方ない 君にしようって。そんな甘くないよ、稲実のレギュラーって」
「…わかるよ、言いたいことはさ。鳴は間違ってねぇけど。それでも、白河が責任感じるのも仕方なくね?成長を止めたくねぇけど、追いついてきてくれないって 一番困んじゃん。樹みたいにがむしゃらに追いかけて来てくれる奴がいるならまだしも」

確かに、樹ほどがむしゃらに追いついてやろうって意欲を見せる奴は今の内野にはいない。

「外野の方がそういうがむしゃらさはある。だから、そういう奴らを上げて 颯音を内野に送る。…勝つ為には、仕方ねぇ采配だろ。これで悔しいって思って奮起してくれりゃ それはそれで狙い通りなんじゃね?」
「わかるけど、納得いかねぇもん。白河が責任感じてんのも、そこで颯音が犠牲になんのも」

鳴の気持ちはすげぇわかるけど、勝つしかねぇじゃんと カルロは言った。

「夏上がる為に、今は容赦なくやるしかねぇっしょ」
「…わかってるけどさぁ」




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