「夏川さん」
「あ、玖城くん。お疲れ様」
「お疲れ様です」
美藤との試合を勝利で終えて、バスへ向かう途中。
彼女の姿を見つけて、団体から抜け出した。
一応、樹に声をかけたから大丈夫だろう。
「ちょ、青道の玖城くんじゃん!?なんで!?」
「倉持繋がりでちょっと縁があって」
「偵察後ですよね。声かけちゃって、すいません」
全然大丈夫だよ、と笑った彼女に渡したいものがあってと鞄を開く。
「ごめんなさい。袋潰れちゃってるんですけど」
「倉持に?」
「あ、今回は違います。夏川さんに」
私!?と驚く彼女に、はいと微笑んだ。
「海外のメーカーのハンドケアセットなんですけど」
「え、いやいや。貰えないよ?!」
「お礼も兼ねてるので、受け取って欲しいです。迷惑じゃなければ」
お礼されるようなことしてないのに、と言う彼女にそんなことないですと答える。
「何度も間に入って貰っちゃったので。マネージャーさんも忙しいのに、」
「そんな…全然気にしてなかったのに」
「俺が気になっちゃって。前、お話させて貰った時 手に絆創膏してたのも気になってて」
冬を越えたとはいえ、まだ暖かいわけではない。
マネージャーとして氷や水に触れることも決して少なくはないだろう。
「夏川さんが選手の為に頑張った証なのはわかるんですけど、大事にして欲しいなって思ったんです。全然捨てちゃっても、売ってもらっても大丈夫なので、一応受け取って下さい。俺の為だと思って」
「…捨てるとか、そんなことしないよ。ありがとう。前も、励まして貰ったのに」
「青道の選手の気持ちを勝手に代弁しただけですよ」
袋を受け取ってくれた彼女が、開けてもいい?と首を傾げる。
それに頷けば 一緒にいたマネージャーさんと共に袋の中を覗き込んだ。
「え!これ!For you For someoneじゃん!!」
「あ、知ってますか?」
「知ってるも何も…今、超人気のやつ…」
日本でも人気なんですね、と言えば、 今売り切れ続出なのだと教えてくれた。
「For you who will work hard for someone」
「え?」
「誰かの為に頑張る貴女の為にっていう コンセプトなんです。そのブランド」
夏川さんにぴったりだと思って、と笑えば ありがとうと微かに赤く染まった頬を隠すように俯いた。
「敵同士ですけど。これからも、支えてあげて下さい。みんなの事」
「うん、ありがとう」
「一緒に マネージャーさんいるなら 他にも持ってきておけばよかったですね。すいません」
いやいや全然平気だよ、ともう一人のマネージャーさんは首を横に振った。
「何かしたお礼なら、唯が貰うべき物だから。むしろ、ここにいてごめん」
「え、いえ 全然。呼び止めちゃってすいません。俺、もうそろ行かないと怒られちゃうので。失礼します」
ありがとね、と微笑んだ彼女にこちらこそ、と返し 駆け足で稲実のバスへ向かった。
「またどっか行ってたのかよ。最近多くね?」
俺に気づいた神谷さんの言葉にすいません、と頭を下げてバスに乗り込む。
隣座れ、とそっぽ向いたまま声をかけてきたのは鳴さんで 俺は首を傾げつつ 隣に座った。
「…あの、」
「なんだよ」
あ、怒ってる。
団体から外れたからだろうな。
「すいません、勝手な行動して」
「勝手だってわかったんなら、やめろよ。先輩だろ。下に示しがつかねぇ」
「……よく言えたね、鳴」
なんだよ!と他の選手に苛立ちをぶつける彼に もう一度すいませんと伝えた。
「…わかればいーよ」
「はい」
▽
「…イケメンすぎん?玖城颯音」
「ね。びっくりしちゃった」
「しかもこのハンドケアセット めっちゃ高いやつ」
こんな良いもの貰うほどのことしてないのになぁ…。
「しかも、コンセプトがとか 普通の男子高校生言わなくない?」
スカウティングの映像を選手達に渡し終えて、食堂の隅で 紙袋の中身を取り出す。
「可愛い…」
「あ、それ」
丁度前を通った倉持が足を止め、私の手の中にある可愛らしい箱に視線を落とす。
「買ったのか?」
「ううん、貰ったの。玖城くんから」
「颯音から?」
間に入って貰っちゃったお礼に、ってと伝えれば 律儀な奴と倉持が呟く。
「つーか、それなら。俺もお礼した方がいいよな?悪ぃ」
「いや!全然気にしてなかったの!断ったんだけど、受け取ってほしいって言われて…」
「まぁアイツらしいっちゃらしいか」
箱の中に一緒に入っていたリーフレットを見て、倉持がそいつと指差す。
「Ericっつーんだけど」
「知ってるの?」
「颯音のチームメイト」
え!?と思わず出てしまった声は 予想以上に食堂に響いたようで視線が集まった。
「マジで?え、てか チームメイトってことは野球やってんの?」
「今も現役でな」
「凄い人と友達なんだね、玖城くんって」
そうだな、と答えた倉持は少しだけ大切なものを見つめるみたいに目を細めた。
そんな表情、初めて見た。
倉持と彼はどういう関係なんだろう。
2人の間にあるのは どういう繋がりなんだろう。
連絡先を交換したのは私が間に入った時なのに、そんな短い付き合いにも見えないし。
「アイツ、多分誰よりも大切にしてんだよ。支えてくれる人たちのこと。マネージャーであったり、家族であったり、ファンであったり。だから、申し訳ねぇとか思わず大切に使ってやれよ」
「うん。…そうする」
「わざわざお前に渡すってことは、気に入られたんだろうな」
ヒャハッといつもみたいに彼は笑うけど、どこか複雑そうに見えた。
「倉持も、大切なんじゃない?」
「は?」
「だってファンなんでしょ?」
私の言葉に彼は目を瞬かせたが ふっと頬を緩めた。
「そうだといいな」
倉持はそれだけ言い残して、御幸達に合流していく。
その背後を目で追ってから、隣を見れば同じように彼女も目を丸くさせていた。
「見た?あの倉持の顔」
「見た。ありゃ、恋する乙女だわ」
「だよね?!」
本当に玖城くんって何者なんだろう。
モデルとチームメイトで、倉持にあんな顔させて。
英語も超流暢だったし…。
「……玖城くんって、モテそう」
「間違いないね」
▽
「なんでこんなとこにいんの?」
室内練習場の裏。
灯りが届かない真っ暗な場所で颯音はバットを振っていた。
「鳴さん?」
「中でやりゃいいじゃん。今までもやってたし」
「ちょっと、一人になりたくて」
最近、多いんだよな こういうの。
前の颯音に逆戻り。
ご飯が終わればすぐに姿を消すし。
俺らともこちらからアクションしなければ関わらなくなってきた。
樹とも別行動してるし、なんなんだ。
「…悩み事?」
「え?いえ、全然。頗る元気です」
「じゃあなんなのさ」
本当になんもないですよ、と彼は暗闇の中笑った。
俺らに文句があるとか、そんな風にも見えないし。
機嫌が悪いわけでもない。
最近上手くいってたと思ったのに、読めねぇな。
「ならいいけどさ。なんかあるなら、すぐ言ってよ」
「はい、ご心配おかけしてすいません」
「…心配してるわけじゃねぇけど」
違いました?と彼はゆるりと首を傾げて、木製のバットを構えた。
「…調子良いじゃん、それ」
「はい、ありがたいことに」
「セカンドは?どう?」
ビュン、と音がして 前髪がふわふわと舞う。
やっぱ金属の時に比べて スイングが鋭い。
「まだちょっと慣れないですね。入るタイミングとか、譲る譲らないの見極めが」
「白河とは相性良さそうじゃん」
「そうですかね?」
俺から見ればね、と言えば それならよかったですと彼は少し困った顔をしながら答えた。
「…嫌?セカンド」
「え?いえ、全然。どのポジションも好きなので」
「なら良かった」
試合中、彼の声が近くにあるのはまだ慣れないが。
頼もしいなと 思った。
例え打たれたとしても、彼なら 彼らなら信じていいと 本気でそう思てた。
まぁ、去年の自分からしたら 凄い成長だと思う。
「…ま、また外野に戻される可能性がもあるし。振り回されると思うけど、後ろは任せたから」
「はい」
話してみて、やはりそこまで違和感はない。
本当にただ一人になりたいだけなのだろうか。
「じゃ、俺戻るわ。邪魔して悪かった」
「いえ、お疲れ様です」
「お疲れ」
彼に背を向けて歩き出したが、ピタリと足が止まる。
思い出した今日見た、光景。
聞こう聞こうと思って、忘れていた。
「鳴さん?」
「…お前、彼女できた?」
「はい?」
できてないですけど、と振り返って見た彼はきょとんとしていた。
青道のマネージャー。
前も一緒にいるとこ見てたけど、今回もまた一緒にいた。
しかもプレゼント的なもん渡して。
彼女じゃないなら、こいつの片思い?
「なら、いいや」
「あ、はい。お疲れ様です」
「おう、お疲れ」
あの姿を見て 彼女なのか、と思ったら嫌な気がした。
いや、けどこいつの片思いだとしても なんか嫌なんだよなぁ。
もやもやする、焦りのような苛立ちのような感情に名前をつけられなかった。
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