「晋二!一軍昇格おめでとう!」
「あ、ありがとうございます」

ふんわりと頬を緩めた赤松に樹は嬉しそうに笑ってた。
思いっきり飛びついた樹を抱きとめた彼は こんなに早く多田野先輩と野球できるとは思ってなかったですと呟く。
そんな姿を眺めていた鳴さん達も樹がうぜぇとか呟きながらもそれを受け入れているようだった。

「…頑張ります。皆さんの力になれるように」
「足引っ張ったって、俺がどうにかしてやるから大丈ー夫」
「頼もしいです!」

一軍昇格が早い、とは思わない。
昨年度はあまり投げていなかったとは聞いたが、しっかりと高校のレベルに合わせて来ているように思えたし。
選ばれるべくして選ばれている。

「あ、あの。俺一軍に上がったら、玖城さんとも 話したいって思ってて」
「颯音?話したことない?」
「初めてお会いした時以来、ないんです。だから…」

樹が俺を見つける前に 静かに食堂を出る。
別に嫌いなわけではない。
ただ、わからないのだ。

「…バット、振ろう」

後輩という存在。
接し方が、どうにもわからないでいた。
年下が嫌いなわけではないし、人に野球を教えることも嫌いじゃない。
だが、自分に危害がないとわかる相手でなければ難しい。
だからJoker'sのメンバーか子供にしか野球を教えてこなかった。
共に野球をしてこなかった。
新入生。後輩。
それは、本当に味方なのか。
信じるに値する存在なのか。

「…去年の鳴さんもこんな気持ちだったのかなぁ」

得体の知れない外国籍の俺。
実力もわからず、何を考えているのかもわからず、終いには青道の部員と親しくしていたり。
今思えば、先輩という同じ立場になってみれば、あの時の鳴さんの葛藤はわかる。
俺を信じられず、過去に繋がりがあり信頼関係を築けていた御幸さんを信じてしまっても 仕方なかった。
そう考えれば、去年の俺は相当迷惑極まり無い奴だ。

はぁ、と溜息を一つ。
その場にしゃがみ込んで、膝に額を押し付けて もう一度溜息をついた。
決まり文句のように言っていた実力だけでも信用させる、というのが俺としては一番手っ取り早くて好きだ。
だがこれは、認めさせたい相手が歩み寄らないことが大前提だ。
元々 お互いに歩み寄ることをしなかった向こうでの野球を乗り切る為の術。
鳴さんもその歩み寄らない 所謂向こう側の人に似ていたから良かった。
対して今回の後輩達は 俺に歩み寄る姿勢を見せているから厄介なのだ。
下手に あしらうことも出来なければ、受け入れることも俺には出来ない。

「…厄介だ」

1軍に上がらなければいいか、とも考えていたが思ったより早く上がって来たし。
樹の大切な後輩のようだから、尚更距離感が難しい。
初めて彼に会った時、俺がこんな風に悩むとは思ってもいなかった。

「とりあえず…忘れるか」

考えるのをやめて、立ち上がりバットを構える。
これが何の解決も見出さないことを俺は知っていても どうすることも出来なかった。

ビュン、と耳に届くいつもの風の音。
誰かに相談しようか、とも思ったが 理解されるとは到底思えないし。
気にかけられている時点で、いつもと違うことはバレてしまっているのだろうけど。

それに、白河さんのことも。
俺がセカンドをやることを白河さんがどう感じているのか。
普段向けられる優しさが、あの日の表情と噛み合わなくて。
消化出来ないもやもやが体の中にいた。





「またいないや、颯音。さっきまでいたと思ったんだけど」
「最近多いよなー」
「玖城さんって、こう…人と仲良くなるのに時間かかる方なんですか?」

晋二の問いかけにどうだろう、と首を傾げて 周りの先輩たちと目を合わせる。

「まぁ…人よりは時間かかる気もするけどなぁ」
「早い奴は早い」
「そう。実際、俺や白河はまぁまぁ早くなかったか?それよりも樹が早いか?」

俺も微妙ですけどね、と苦笑を零すしかない。
しっかりと関係が築けたのは颯音がアメリカから帰って来てからだと、俺は感じてた。
他の人よりは近い距離にいたかもしれないが、親しかったかというと一方的な気もする。

「成宮さんは?」
「鳴は一番最後」
「あれは鳴側の問題」

俺のせいじゃねぇし!と鳴さんは言うが、まぁ100%アイツが悪いわけでもないと 小さな声で呟いた。

「まぁ、付き合い方次第だと思うよ。警戒心は強いし、信頼されるまでは時間かかるかもね。とりあえず、信用される選手になることだね」
「信用される選手…ですか」
「アイツは難しいよ。近づけたと思っても、距離が縮まってなかったりするから」

仲良くなりたいなら根気強く行くしかねぇな、と神谷さんは笑った。

「最初は冷てぇから、鬱陶しがられるくらい ついて回れば?」
「え、逆に嫌われませんか…?」
「まぁ…ないとは言わない」

しゅん、と晋二は肩を落とす。
うちに来る前から 鳴さんと颯音から学びたいとは言ってたし。
鳴さんは意外と社交的というか、自分を慕ってくれる相手にはオープンに接するからな。

「とりあえず、ちょっと颯音に話してみるよ。きっかけ作れるように」
「ありがとうございます!」





「て、わけなんだけど。颯音」
「ん?」
「聞いてた?ちゃんと」

今年も同じクラスになった樹は俺の顔をじっと見下ろす。

「聞いてたよ。樹の後輩くんと話してほしいんでしょ」
「後輩くんじゃなくて、赤松晋二」
「そう、赤松くん」

樹から視線を逸らして、本のページを捲る。

「颯音!」
「はいはい。機会があればな」
「その機会を作ってほしいんだけど」

そうだなぁ、と呟きまたページを捲る。

「嫌なの?晋二のこと苦手?」
「いや、別に」

じゃあなんで、と彼が本を奪い 俺に詰め寄った。

「今は…誰かの為に時間を使いたくない」
「は?」

彼から本を取り返し、さっきまで読んでいたページを開く。

「俺は俺で、手一杯なんだ。ごめん」

予鈴が鳴って、席に戻れよと彼に声をかけ ため息をつく。
何やってんだろうって、自己嫌悪。
こんなあからさまなこと言う奴があるか。

「どうしようかな」

本を閉じて 呟いた声を隣の席の女の子が拾ったらしい。
悩み事?と彼女は緩く首を傾げる。

「ちょっとね」
「意外ね、颯音くんも 悩む事があるんだ」
「俺のこと何だと思ってるのさ」

隙がないから、と彼女は笑った。
控えめに笑うその姿はどこか夏川さんに 似ている気がした。

「私で良ければ、話聞こうか?多田野くんには言えないんでしょ?さっきの感じからすると」
「…まぁ、」
「無関係の人に吐き出すのも、ありなんじゃないかな」

そうかもね、と教室に入ってくる先生を見ながら呟く。

「ありがとう、けど…大丈夫」
「そう?…悩み過ぎると心が死んじゃうから、気をつけてね」
「そうだね」







戻る