4月19日
春季大会準々決勝
第1試合は帝東vs鵜久森。

1打席で交代させられたあの日の悔しさを思い出す。

「鵜久森にも借りは返してーが、鳴…お前の予想はどっちよ」
「順当に行けば帝東…その順当ってやつを壊す戦いが出来るのが鵜久森…」

鳴さんは俺の隣に座って、お前は?と視線をこちらに寄越した。

「どっちが来ても、勝つので…どっちになっても関係ないかと」
「確かにね!3位決定戦に興味ねーよな」

3回に1点が入り、帝東がリード。
だが、鵜久森も積極的にバットを振ってるから 1点差じゃ勝負は決まりそうもない。
額を摩りながら、梅宮の周りを鼓舞する姿を眺める。
あの時はちゃんと見えてなかったけど、いい投手だ。
あの人の球も、姿勢も。
全く記憶にないってことは それだけ俺は視野が狭まっていたんだろうな。

「熱でもあんの?」
「え?」

鳴さんがこちらを見て額に当てた手を指差す。

「あぁ、いえ。あの時の頭突きを思い出して…」
「あー…痛そうだったよね、あれ」
「痛かったですね。冷静にはなれましたけど」

あの日から そこまで日数は過ぎていない。
だが、凄く懐かしく思える。
まだ彼が俺を受け入れる、前のことだ。

「あの日の俺たちに言ってやりたいね」
「なんて?」
「背中合わせじゃ、一緒に前には進めねーよって」

ぽかんとしてしまった俺に彼はにしし、と悪戯が成功した子供みたいに笑った。

「……そうですね」

ポン、と彼は俺の背中を叩いて立ち上がる。

「アップ いくぞ 樹」
「はい!」

樹と歩き出した彼に続き立ち上がる。

「颯音」
「はい?」
「そこ、特等席だかんな」

彼はそう言って笑う。
何の話?と神谷さんと白河さんがこちらを振り返るが 気にしないで下さいと 返した。
特等席にいられる。
あの日には、あの頃には想像もつかなかったことだ。
鳴さんが俺を信頼してくれる日なんて、来るとは思ってなかった。
背中合わせになってしまったのには、少なからず俺にも非があった。
受け入れようとしない人を、他人は受け入れない。
こんなに得体の知れない存在なら、尚更。
けど、彼はそんな俺を受け入れてくれた。

「鳴さん、」
「なに?」
「今日出番ないんで、アップ軽めでいいですよ」

は!?と振り返った彼の横を通り過ぎ階段に向かう。
なら、今はそれに応えよう。
自分の中のどうにもならない悩みは一度、捨て置いて。

「待て待て待て、それは生意気なんだけど?!」
「コールドで勝ちますよ。で、帝東だろうが鵜久森だろうが 倒します」
「それは当然!けどなんなの?!急にやる気出すじゃん!」

今は試合に集中しよう。
鵜久森戦での悔しさも痛みも覚えている。
あの日を繰り返すつもりは、もうない。

「いつもです」
「それは嘘だろ」

見つめた手は、あの日のように震えてはいなかった。





地面を蹴った。
少しだけ舞った土を見下ろしながら帽子を取って、息を吐く。
7-0のまま試合が進んでいたのに、内野のエラーに俺のミスが重なり失った2点。
エラーは二遊間で起きたものだった。

「颯音、大丈夫?」
「ん?あぁ、平気」

タイムを取って、マウンドに来た樹。
悪い、と俺に声をかけた白河さんに 自分もすいません、と小さく頭を下げた。

悩みは捨て置くって決めたのに。
なんてザマだ。
そうだよ。
二遊間に不安があるから俺がセカンドやってるんだ。
じゃあ、俺がセカンドじゃないときはそのまま不安なままにしとけって?
そんな訳にはいかないだろ。
俺が、後ろに迷惑をかけない投球をしなきゃいけない。
俺の後ろにいるのはアイツらじゃない。

「俺のミスですいません。もう、大丈夫です」

どんどん打たせて来いよ、って山岡さんの言葉にはい、と答えて僅かに浮かんだ額の汗を拭い帽子を深く被る。

「樹、」
「ん?」
「一発、殴って」

え、と目を瞬かせた彼に いいから早くしろと頬を差し出す。

「なんで!?無理だよ!?」
「いいから、早く。時間なくなる」

グーが嫌なら平手でいい、なんて勝手なことを言えば彼は躊躇いながら周りを見る。
配置に戻った先輩たちからすりゃ作戦会議でもしてるって見えているだろう。

「…後で、怒らないでよ…?」
「樹に怒ったことないだろ」

目を閉じて衝撃を待っていれば、予想よりも軽い衝撃が頬に入った。
代わりにパァンと大きな音がして、グラウンドがざわついた気がした。

「ありがとう」

ゆっくり目を開けば、樹はおろおろと視線を泳がせる。

「気合い入ったから、心配すんな」

ポン、と彼の肩を軽く叩き 微かに熱を持つ頬に触れる。

「目ェ覚めたから、戻っていいよ。ちゃんと、ついてこいよ」
「え?あ、うん」

マウンドの土を払いながら、手の中のボールを数回握り直して 樹の構えるミットを見つめた。
逆転を信じる打席の選手を一瞥し、腕を振り上げる。
ミットに収まったボールに 僅かに樹が肩を震わせた。

投手が内野をやれば、白河さんが試合ごとに組む相手が変わることになる。
それって、相当な負担じゃないか?
人によってタイミングとか変わってくるはずだ。
俺がセカンドをなったばっかりに、あの人に迷惑をかけているのか。
良かれと思ってやったことだったけど、鳴さんの近くにいたいなんてただの我儘だった。

続くバッター2人を三振で抑えて、攻守交代。

「なんだよ!!あの無駄な2失点!!!てか、頬真っ赤!!」

水を差し出しながら文句を言う鳴さんにすいません、と答えてそれを受け取る。

「エラーなんて、仕方ないだろ。そこにお前が釣られてどうすんだよ」
「ご尤もです」
「あんなに生意気なこと言ってたくせに」

ですね、とメットを被りながら答えて 打席に向かう神谷さんを見つめる。

「取り返すんで、自分のミスは」

神谷さんが出塁して、白河さんが打席に入る。
ネクストに向かう俺にこのままなら俺アップしちゃうからね!?と煽る鳴さん。
それが彼なりの励ましなのは流石に俺でもわかる。

「いらないです」
「じゃあやれよ」
「はい」

白河さんも出塁しノーアウト1.2塁。
大きめな神谷さんのリード。
白河さんもいつもより大きめだな。

息を吐いて、パッドを構える。
腕が動いた瞬間2人が走り出すのが見えた。
そして、幾分かスローモーションに見えるボール。
久々な感覚だった。
確実に打てる、って確証があった。
パッドに当たったボールは真っ直ぐ スタンドへ。
天を仰いだ投手を視界の端に映しながらゆっくりベースを回る。
ホームで俺を待ち構えてた神谷さんと白河さんとハイタッチをしてベンチに戻れば満足そうに鳴さんが笑った。

「いーじゃん」
「はい、」
「ま、際立ってくるけどね 2失点が。てか、頬冷やす?何殴られたの?DV?」

自分で頼みましたよ、と言えば彼は目を瞬かせた。

「お前ってちょいちょいMなの?痛いの好き?」
「好きなわけ。けど、痛みは目が覚めるので、嫌いじゃないです。気合い、入るんで」
「じゃあこっからのお前は、目覚めたお前ってこと?樹に影響された?アニメみたい」

ケラケラと彼は笑う。
そうかもしれないですね と笑った。

そんな俺の頭を少し背伸びして、乱暴に撫でた鳴さんは満足気に笑って ベンチに座った。

「生意気になれとは言わないけど 見習えよ」

ベンチの隅で試合を見てた樹の後輩にそう鳴さんは声をかける。
はい!と元気な返事をした彼に鳴さんはうんうんと頷く。
お前にもこんな素直さがあればいいのに、なんて鳴さんの言葉を聞き流しつつ 俺のホームランで3点を加え ダメ押しで1点追加されたフィールドに視線を投げた。





11-2で終わった試合。
颯音は途中精彩を欠き2点を失ったがホームランにツーベース、と得点に絡む 終わってみれば悪くない成績。
本人としては2失点を気にしているようだが、それを言葉にはしなかった。

「お疲れ」
「ありがとうございます」
「最後の回よかったじゃん」

最初からあれならなって言えば ご尤もです と彼は頷き視線をどこかに投げる。
その先にいたのは多分白河だけど、何を言うわけでもなく目を逸らした。

「次からは気をつけます」
「らしくないじゃん」
「ですかね」

次はもっといい試合にします、と彼は言って 俺に背を向けてベンチを出て行く。

「樹」
「はい!」
「今日の颯音どうだった」

片付けの最中だった樹にそう尋ねれば 失点した時珍しく感情を出してましたと答えた。
彼はマウンドじゃ誰よりも冷静沈着。
得点されようが、走られようが 特に変わることはないのだが。

「で、一発殴ってって言われて。殴ったら、 あの投球に」
「ふぅん」
「ムキになってるの、珍しいなって ちょっと思いました」

やっぱ、あいつなんか変なんだよね。
別に 悪いわけじゃないけど。
聞いて答えてくれるわけもないし、俺が気付いてやるしかないんだろうな。




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