練習後、遠巻きに他の部員から見られてる感じがした。
あの鳴さんですら、俺に声をかけることを躊躇ってるように見えて、お疲れ様です と先にグラウンドに背を向けた。
自分が間違ったことをしているとは思わない。
自分が嫌われてチームが良くなるなら、それはそれでいい。
チームにはそういう存在も必要だろう。

「玖城、」
「監督…すいません。我儘を通してくださってありがとうございます」
「両立するのは、厳しいか?」

いえ、と首を振る。

「俺よりも白河さんが辛いと思います。俺がセカンドに入ることによって、差が生まれるから。…けど、俺がずっとセカンドをやるわけにもいかないので」
「そうだな…」
「それなら、嫌われてでも 他のセカンドを使えるようにするしかないかなって。それか、」

視線をグラウンドに向けて、樹と喋る例の後輩くんを見る。

「彼を、俺の代わりにマウンドに上げるか…」
「…赤松か」
「采配は監督に任せます。俺の口を出すところではないので。どのポジションだとしても、勝つために全力を尽くします。出来ることなら、白河さんにはストレスなくプレーしてほしいです。折角の彼のプレーが、無駄になってしまってるので」

そうだな、と監督は頷き 少し離れたところからこちらを伺っていたピッチングコーチの元へ歩み寄る。
赤松の件の相談だろうな、きっと。

「颯音、」
「ん?」

自分に声をかけてきたのは同期の江崎だった。
樹が一緒の時は話すことはあるけれど、俺1人の時に話しかけてくるのは珍しい。

「お願いがあるんだけどさ!」
「なに?」
「セカンドの練習付き合ってほしい」

真っ直ぐと彼は俺を見つめてから 頭を下げた。
今セカンドに入っているのは3年の先輩だが、江崎も時々試合に出ていた。
だが、試合経験が少ないこともありミスも目立った。

「俺、試合に出たい。けど、まだ先輩には追いつけないし 白河さんの足を引っ張ってばっかだし。けど、今がチャンスだと思うんだ」

だから力を貸してくれ、と 彼は言った。

「いいよ」
「やっぱりダメ…て、え!!?いいの!?!」
「断る理由なくない?頑張りたい人を 蹴落とす必要ないだろ。そりゃ、同じミスを繰り返すなら容赦なく今日みたいに代わってもらう気でいるけど」

それは覚悟の上だから、と答えて お願いしますともう一度頭を下げた。

「俺の自主練の後になるけど、」
「全然!時間くれるだけ、ありがたい」





練習後、颯音は我儘言ってすいませんでした、と頭を下げてからグラウンドを出て行った。
その背中にかける言葉が、俺たちには見つからなかった。

「白河?」

俯いてる白河に声をかければ、遠慮をしていたのか と小さな声で呟く。

「遠慮って?」
「今までは、俺に合わせるプレーだった。俺がやりやすいように、捕りやすいように…けど、今日は それよりもワンテンポ速かった。貴方なら捕れますよね?やれますよね?ってボールから伝わった」
「…颯音らしいですね」

樹がそう言って笑った。

「颯音のボール捕ってると、それたまに伝わります。出来ないとは言わせないぞって。けど、それって信頼してくれてるからなのかなって思って。俺は嬉しいです」
「お前の感想とか聞いてねぇし」
「鳴さん、ひどい…」

颯音ってそういうとこあるよなぁ、と呑気にカルロが笑う。

「それだけ俺らのこと信じてくれてんだろ?去年の颯音ならあり得ないことだよな」
「ま、いい傾向ってことだろ。他人を怒ってまでも、俺らと 稲実で勝ちたいってことだし。白河は気にせず、応えてあげればいいよ。いつも通り」

ね!と笑えば なんか鳴ムカつくと白河が呟き 顔を背けた。

「ひどくない!?!」
「あんなに嫌ってたくせに、今は仲良しだもんなぁ」
「うわ、それ今言う!?仲直りしたんだからいいじゃん!掘り返すなよ!」

いいもん、俺は颯音のとこ行ってくるから!と言い逃げて 颯音が歩いて行った先に駆け足で向かう。
あ、逃げたって言葉は聞かなかったことにした。

「颯音ー!!」
「うわ!?」

ビクッとと大きく揺れた肩。
振り返った彼が目を少しだけ 丸くさせてた。
最近 表情がよく変わるんだよね。

「びっくりした?」
「ええ、とても。どうかしたんですか?」
「ん?大丈夫かなーって!」

俺はなんともないですよと 彼は答えて視線を逸らす。

「俺ね、嬉しいよ」
「何がですか」
「颯音が、チームのために 考えて行動してくれてんの」

笑ってそう伝えれば彼は目を瞬かせて、そしてまた目を逸らした。

「そう見えてるなら、よかったです」
「ちゃんと、伝わる奴には伝わってるから。なんかさ、謝る必要もないし そんな風に逃げんなよ」

お前は悪いことしてないじゃん、と言えば それなら良かったですと少しだけ安心したように表情を緩めた。

「お前ってさー」
「はい、」
「やっぱり、結構めんどくさいよな」

急になんですか、と彼は言う。
不安なら 一言俺でも白河でも相談すれば良いものを。
感情的になってるわけでもないのに、自分にだけ悪意が向くような立ち回りをする。

「無理して悪役になる必要なんかねぇじゃん」
「そんなつもり、ないですよ」
「嘘つくなって」

本当にそんなつもりないですよ、と彼は困ったように眉を下げる。

「ねぇ、颯音。俺ってそんなに頼りない?」
「え、?」
「相談できないくらい、頼りないの?お前の過去のことは、いくらでも待つよ。けど、今お前が感じて 悩んでることは…ちゃんと今話してよ」

俺、お前のエースだよ?と笑いながら言ってやれば彼は頼もしいですねと答えた。
そう思うなら頼れって話なんだけど。

「俺たちのチームだから。俺たちで考えよう?お前だけ背負うのは違うし、俺だけ背負うのも違う。みんなで、作っていくもんだからな」
「はい」
「本当にわかってる?次からはちゃんと相談しろよ。俺じゃダメなら白河とか樹でいいし」

わかりました、と彼は言った。
けどまぁ口だけだろうなって思う。
想像つかないもんな、誰かに相談するとか。
彼が言いやすい環境を作るのが手っ取り早い気もする。

「まぁいいや!話はこれで終わり!!忘れんなよ、絶対」
「はい、わかりました」
「颯音はもう上がり?ストレッチすんなら 一緒にやる?」

首を傾げて尋ねれば彼は帽子を深く被り顔を伏せた。
なんだかそれが去年の彼を思い出させる。

「…もう少しやりたいことあるんで 大丈夫です。お疲れ様です」

逃げるように、彼はまた俺に背を向けた。
行き先はあの暗い倉庫裏だろう。

「うーん」

なぁんか、変なんだよな。
良い方向に動いていることは間違いないはずなのに。
なんだろうこの胸騒ぎ。





颯音が部屋に戻ってきたのはいつもより遅い時間だった。
風呂上がりなのか髪を乾かしながらお疲れ様です、と頭を下げる。

「…なぁ、」
「はい?」
「俺に気を遣ってるか?」

俺の問いかけに彼はじっと俺を見つめてから、笑った。

「先輩ですから、そりゃ気は遣いますよ」
「そういうことじゃない、プレー中の話だ」
「…プレー中、相手を気遣うのは当然のことじゃないですか?1人でやってるんじゃないんですし」

普段と違う。
わかってて、話をズラされてる気がしてならない。
俺がそれに気付いていることに、彼も気付いてる。

「…そうか」
「そうですよ」

答える気は無い、そう言われた気分だった。
今日彼が怒りを露わにしたのも俺のためってとこだろう。
結局、颯音を損な役回りにさせたのは俺だ。
元はと言えば、セカンドになったのだって。

「…悪かったな」
「なんの謝罪ですか」

舌打ちをしたくなった。
不甲斐ない、と言うべきか。

「いや、気にしなくていい」
「…俺、今日は遅くなるので 寝るとき電気消しちゃって下さいね」

パソコンを起動させて、彼はヘッドホンをつけた。
入部したての頃の彼みたいで、自然と溜息が出た。
鳴はこういう気分だったのだろうか。
遠のいた距離を詰める方法が、俺にはどうにも思いつきそうにはなかった。




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