準決勝 第1試合。
青道vs市大三高の試合。
マウンドに上がったのは 降谷と天久さん。
初回から荒れるボールに、2人ともランナーを背負うピッチングが続く。
「興味ないって顔してんな」
隣に座ってた神谷さんが耳に口を寄せて、そう小さな声で囁いた。
「そんなことないですよ」
「そんな顔して、よく言うぜ」
確かに、前みたいに心踊らない。
見たいのは、こんなものじゃない。
「…沢村、出てきませんかね」
「お気に入り?」
「まぁ、どちらかといえば」
打てなかったあの日のボール。
あいつのことだ、もっと変えてきてるはず。
お前はどこまで進んだ?
エースになる男、だっけ?
まだこんな奴に1番奪われてていいのかよ。
「この回変化球多いな」
5回裏。
安定し始めた天久さんに対し、降谷のボールは荒れたまま。
「でもストライク取れてねーし、ここまでよく0点に抑えてるよ」
「選抜での投球。あれを見た時は背筋が寒くなりました…夏…この投手を攻略しなきゃいけないのかと。でも今は天久さんと真逆。どこか投球に余裕がない。まるで全ての打者を力で捩じ伏せようとしてるような…」
ここでフォアボールで打者を歩かせる。
すかさず声をかけにいく倉持さんを守りにくそうだなぁと思いながら見つめていた。
「乗り切れねぇな…」
「守る側もきついよ。このムラっ気は…」
「リードしにくそうだな、一也の奴…」
せめて軸になる変化球でもあれば。
まぁ、ストライクに入らないんじゃ何の意味もないけど。
「あれだけ変化球が外れていれば狙われますよ」
「秋大の俺もあんな感じだったか?」
「え?」
いつもと違う、静かな鳴さんの声に視線を彼の方に向ける。
「独りよがりで 余裕がなくて。ここからだとよく見えるもんだな」
何を言うでもなく、彼から視線を逸らし立ち上がる。
「お?ちょっと早くね」
「先にトイレ行っておきたくて」
「おっけー。俺らもそろそろ移動するから外で合流な」
はい、と返事をしてグラウンドに背を向ける。
ベンチは動くだろうか。
それともエース諸共沈むか。
「…あぁ、気分が悪い」
何でだろう。
自然と口から溢れたのはそんな言葉。
調子が悪いわけじゃない。
頭もクリアだし、体も動く。
ただそれでも気分が悪い。
あの頃見ていた野球に似ているからだろうか。
エースの独りよがり。
チームメイトさえも、蹴落とす対象。
降谷暁…
「アイツの野球は、嫌いだなぁ」
▽
今日の鳴さんは頗る調子が良かった。
後ろで見てて、安心できたし。
あまり打たれなかったから、白河さんとも特に何もなくていい感じに終われた。
打撃もまぁまぁいつも通り。
向井の投球も、どこか鳴さんみたいで帝東に行ってれば彼とバッテリーを組むなんて未来もあったのかとか ありもしないことを考えてた。
「あ゛!!」
「あ?…あぁ、お疲れ」
そんなこと考えてたからか、ちょうどトイレで鉢合わせしたのは向井太陽であからさまに嫌な顔をした彼にぺこりと頭を下げる。
「お前さぁ」
「なに?」
最初からお前呼び。
別に構わないけど、そういうところも鳴さんっぽい。
「投手としてのプライドってねぇの」
「は?」
「ずっと思ってたんだよなぁ」
彼は俺を品定めするみたいに上から下まで眺めて首を傾げた。
「投手のくせにセカンドなんかやってさぁ。怪我したらどうすんの?成宮には勝てないから同じ土俵には立たない、とかそういうの?」
「…それ、投手としての俺は評価してるってこと?」
「はぁ!?んなこと言ってねぇよ!!」
どいつもこいつもすぐに諦める、と彼は苛立ちを隠さず吐き捨てた。
俺と誰かを重ねているのか?
その誰かも 投手をやめたのだろう、きっと。
「投手としてのプライドは、確かにないよ」
「はぁ!?」
「けど、勝者としてのプライドはある」
見るからにムカつきます、って顔を彼はした。
「勝利こそ、全てだ。エース番号もポジションも必要ない。俺が欲しいのは、ただ勝つこと」
「…うざ」
「勝つ為なら、投手なんか誰にでも譲るしそれこそ背番号も譲ったっていい。それが、勝利に繋がるなら」
そんな気持ちで野球やってんのかよ、って彼は言う。
「うん。けど、今は俺より、あの場所に、この番号に相応しい人はいないから。誰にも譲る気は、ない」
「あーなるほどな。お前もそんな目するんだ」
彼は表情を綻ばせる。
何を喜んでいるのかわかりないけど、満足したらしい。
「今携帯は?」
「は?」
「番号ちょうだい。あ、ラインでいいや」
ふるふるできる?と彼は勝手に話を進めて早くしろよと俺を見た。
「何、急に」
「いや、納得したから。気に入らねぇと思ってたこと」
「連絡先、交換して何になんの?」
お前友達の作り方もしらねぇの?と彼が言う。
「誰と誰が」
「俺とお前」
「なんで?」
俺が気に入ったから、と彼は言った。
どこからそう言う流れになったのか本当によくわからないけど、まぁいいかって携帯を出した。
「とりあえず、セカンドはやめろよ」
「なに、」
「お前の言い分はわかったし、納得したけど。怪我のリスクあんだろ?お前が譲らないって思ってる場所、怪我で譲るのが一番カッコ悪ぃだろ」
ラインの友達の中に追加された向井太陽という名前。
鳴さんにバレたら まためんどくさそうだなって少し思った。
「やっぱ、投手として…いや、選手としては評価してるって事だよな?」
「うざ!!?そこ確認いる!?だったらなんだよ!!いいだろ、そこはもう!」
「変なの」
怪我して離脱した方が都合が良いだろうに。
「去年も怪我してたし、次は戻ってこれない可能性もあんだろ」
「随分よく見てるね」
「別に!!成宮見てただけだ!」
言わんとすることはわかる。
怪我のリスクという面ではたしかに、と思うし。
実際向こうにいた時も俺が内野をやることは滅多になかった。
「心配してくれてありがとう。けど、大丈夫だよ」
「なにが大丈夫なんだよ」
「怪我するのが俺なら」
玖城さーん、と外から聞こえた声。
苗字ってことは1年生だろう。
「それが俺の、プライドよりも大事なことだから」
「はぁ!?」
「勝つ事が全てだ。たとえ、その為に俺が犠牲になってもね。じゃ、お疲れ」
トイレから出れば「よかった!玖城さん、鳴さんが探してます!」と赤松が安堵したように息を吐いた。
どうせ鳴さんに3分以内に見つけて来いとか言われてるんだろう。
「悪い、トイレ混んでて」
「また誰かに絡まれてるかもしれはいって心配されてて…」
「あぁ…」
まぁ、否定はしない。
というよりその通りだから、否定ができない。
トイレって人と会いやすいのだろうか。
この間も真田さんに会ったしな…。
「おい、待て!玖城!!」
追いかけるようにトイレから出てきた向井の方を振り返る。
あーぁ、なんで怒ってんのかな。
唇に人差し指を当てて、内緒にしとけとジェスチャーをすれば彼は不満そうに口を閉じた。
「…やっぱり絡まれてたんですね」
「いや、世間話してただけ」
「世間話って態度じゃないですよね…?」
心配そうな彼の視線から逃げるように歩調を早める。
「あ、あの!!玖城さん!」
「何?」
「俺のこと、どうしたら認めて…くれますか」
足音がついてこないことに気づいて、俺も足を止める。
振り返れば大きな背を自信なさげに丸めて、俯いていた。
「…鳴さんが認めてんなら、俺は文句はないけど」
「違います、俺はっ「エースの言葉は絶対だよ」っ…そうじゃなくて…」
「俺のことは考えなくていいよ。勝つ為ならお前の後ろも守るし、監督の命令ならマウンドだって譲る。」
何か言いたげな彼に背を向けて歩き出す。
今度からは単独行動はやめよう。
呼びに来るのが一年生になるなら、面倒が増える。
「すいません、戻りました」
「遅ぇよ」
「トイレ混んでて」
赤松は?と尋ねてきた鳴さんに後ろにいますよと伝えて 樹が預かってくれていた荷物を受け取る。
「ずっと持たせててごめん」
「いいよ、大丈夫」
ぴろん、とポケットの中で携帯が鳴った。
ラインと通知には先程まで一緒にいた彼の名前。
怪我はするな。
セカンドはやるな。
俺をがっかりさせるな。
命令ばかり並んだそれを眺めて何も返さずにポケットにしまった。
何を言われても、変わることはない。
これは Joker'sの創設者としての プライドだ。
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