春季大会は無事優勝し、通過点だと言いながら少し嬉しそうな鳴さんに少し安心した。
迎えるGWは練習試合が何試合も組まれることになるのだろう。
帰りのバス殆どの人が眠る中、ぼんやりと眺めた窓の外に八重桜が見えた。
淡いピンク色が見えた瞬間に急に首を絞められたみたいに息が詰まった。

「っ、」

蘇る記憶に両目を閉じて、唇を噛む。
背を丸めて、小さく息を吐いた。
むせ返るような桜と血の匂いが鼻腔をくすぐった気がした。

「颯音?」

大丈夫?と声をひそめて、前に座ってた鳴さんがこちらを振り返る。

「ちょ、顔色悪っ!?え、酔った?吐きそう?」

袋どこだ、と慌てる彼の声に 隣に座ってた樹も目を覚ましてこちらを見た。

「え、大丈夫!?バス停めれますか!?」

やばい、大事になってきた。
この気持ち悪さから切り離されたような思考が冷静にそんなことを考える。
大丈夫です、と言いたいのに 言葉は出なくて。
口を開けば吐き出しまいそうで、唇を噛むことしかできなかった。
路肩に停まったバス。
樹に肩を借りながら外に出て、息を吸えばまたあの香りが届いて 顔を上げれば満開の八重桜。

「っ、ぁ、」

やばいって思ったら誰かの手が、俺の目を覆った。

「下向いて。吐きそう?袋あるよ」
「…め、い…さん…?」
「大丈夫大丈夫。ゆっくり息吸って」

目を覆う手と背中を摩る手。

「試合終わって帰るだけだから、焦んなくていいよ」

鳴さんってこんな気遣いできたっけ。
そんな失礼なこと考えてるの知ったらきっと怒るだろうなぁ。
けど自分の目を覆う手には救われた。

「今日誰か車出してたっけ?」
「多分監督が、」
「最悪戻って来てもらって…」

大丈夫です、と呟けばどの口が言ってんのと鳴さんが軽く背を叩いた。

「中、戻った方が楽?寧ろ、ここ離れた方がいい?」

的確すぎる彼の言葉。
あぁ、知ってるのかと 漠然と思った。
なんでだろう。
Kevin達が来た時?いや、そんな早くに伝えることはないか…。
それなら、Kevinの手紙?
いやKevinが書くかな?桜は、アイツだってダメだ。

「颯音、」
「ここ、離れたい…です」
「おっけー。吐き気はない?バス動いて平気?」

こくりと頷けば鳴さんが俺の背を支えながら立ち上がらせてくれる。

「樹、誰かからアイマスク借りて来て。あと、窓閉めて空調いれて」
「あ、はい!」
「お前は目、開けんな。樹 席代わってね」





白河のアイマスクをつけた颯音が隣の席でぐったりとしてる。
なるほど、ここまで顕著に出るのかって、思いながら頭を撫でてやる。

「行きは違う道通ってたみたい」
「…そうなんですね」
「落ち着いた?」

彼はぐったりとしたままだけどこくりと頷いた。

「誰に聞いたんです…?桜のこと」
「レオナルド。戻って来た時の手紙に書いてあった、苦手だって」
「…相変わらずお節介だ…」

何があったの、と聞こうとして きっと答えないだろうなと口を閉じる。

「そのお節介に…助けられたでしょ、今回は」
「…ですね」

沈黙。
眠るかな、と思って彼を見れば 桜はと さっきよりも小さな声で言葉を続けた。

「桜は…向こうじゃまぁ、珍しくて」
「あー、確かに、日本独自って感じだよね?」
「けど、グラウンドの近くに 桜の咲いた…公園があって…八重桜が 綺麗なとこで…」

すごく綺麗な所だったんですよね、と彼は懐かしそうに話す。

「チームが出来る前…Kevinとたまに…そこで会ってて…」

Kevin。
て、あの前に来てた日本語喋れる奴だよね?

「けど、あの日…アイツは来なくて、時間になっても 誰も来なくて…救急車の音とパトカーの音が聞こえてきて…あぁ、まさかって駆け出した先に…」
「颯音、待った。俺聞いてないよ?無理して話さなくても「真っ赤な…池…水溜り…そこに落ちる薄ピンクが、赤に飲み込まれて…あの雪の日みたいで…あぁ、赤色ってこんなに、強いのかってなんか…」

そんなこと考えてたんですよねって彼の声が震えた。

「車が、アイツを轢いて…轢き逃げだったって…犯人は後々捕まったけど、桜見ると…あの、むせ返る血の匂いと光景が…流れてきて」

アイツ死ぬのかなってあの時 初めて泣いて…、と言ったところで声が途切れた。
聴こえてくる規則的な呼吸。
どうやら眠ってしまったらしい。
寧ろ気を失ったって方が正しいか。

桜はKevinか。
雪は、こいつ。
過去の大きなトラウマがフラッシュバックする、きっかけがあの手紙の内容の意味なんだろう。

そのKevinは今は元気そうだったし、彼とチームを共にしてる。
きっと無事だったってことだろう。
けど、幼い少年には その光景は到底受け入れられるものではなかったんだろう。

「…お疲れ、」

八重桜の時期はもう少し続く。
行き帰りはアイマスクつけさせて、寝かせておくかカーテンを閉めておいた方が良さそうだな。
残りは…海と誕生日だっけ?
誕生日はいつかわからないけど、海は…野球が忙しくていくことはないはずだ。

「ほんと、世話が焼ける…」

倒れそうになる頭を自分の肩に乗せて、思ったよりも柔らかい髪を撫でた。

「大丈夫そうですか…?」

心配そうに後ろから声をかけてきた樹に頷いてやる。

「今は寝てる」
「…もっと、早く気付けばよかった…です。隣だったのに、」
「お前のせいじゃねぇよ」

颯音のせいって、わけでもない。
あぁ、けど いつか。
桜を見て 綺麗だってこいつが笑える日が来たらいいな。

桜も、雪も、海も、誕生日も。
それに野球も。
すげぇ良いもんなんだぞって、俺はお前に教えてやりたい。





寮に戻り俺は早々に風呂に連れていかれ、気付けばベッドに押し込まれた。

「反省会の内容は後で伝えるからとりあえず休め。飯時にまた起こす」
「大丈夫ですよ、もう」
「お前の大丈夫はあんまアテにしてないんだよね、俺」

ここの所出ずっぱりだし、疲れもあるでしょ?と彼は首を傾げる。

「一旦今日は全部忘れて、寝て良いから」
「…はい、」

じゃおやすみ!と部屋を出て行った鳴さん。
しんとした部屋の中で枕元に置いた携帯に手を伸ばした。
出るかな、と思いながらかけた電話。

『もしもし?颯音?』
「お疲れ、Kevin。今、平気?」
『大丈夫だよ。どうしたの?』

落ち着く声だ。
八重桜を見たことを彼に伝えれば 数秒の沈黙。
そして、もうそんな時期だもんねと 彼は言った。

『また倒れたの?』
「ギリギリのとこ」
『颯音も相変わらずだね。俺もだけどさ』

あの桜の下の交通事故は俺たちの運命を変えた。
Kevinの怪我。
それが敵同士だった俺とLeoを繋いだ。

『無謀だったな、あの時の颯音は』
「…Leoもな」
『けど、それが俺の救いだった』

まだはっきり覚えてる、と彼は言う。

『涙で歪んだ世界でお前は真っ直ぐ俺のこと見てて。その目だけ、なんでか鮮明に見えて。Kevinの帰る場所を俺が作るからって、さ』
「俺も覚えてるよ。ツンとする消毒液の匂いと真っ赤に腫れた目。血が出るほど握り締められた手。あぁ、俺が救わなきゃって思ったんだ」
『…無茶苦茶だったのに、こんなとこまで来て。お前の帰る場所を今度は俺が守るなんて…あの時は考えてもなかった』

たしかにって、笑えば彼もつられて笑う。

「いつかさぁ」
『ん?』
「笑ってあの桜を見に行きたい」

なんでか、目の前が歪み始める。

『また待ち合わせして?』
「そう。そんで、あのグラウンドに行って…野球がしたい」
『対戦相手はLeo?』

あの頃みたいで良いだろって言えば そうだなぁと彼は答えた。
目の端から流れ落ちたそれは、きっと涙。

『いい加減、忘れられたら良いのにな』
「あぁ」

俺もKevinもLeoも。
Joker'sの皆、何かしら抱えてる。
消し去れないトラウマを抱えてる。
そういうもん全部なくなって、アイツらが本当に笑ってくれたら良いのに。
そう思ってそう願って、それでもまだ叶わない。

『遠いね、まだ』
「うん。遠い」
『けど颯音のお陰で、変わってきてる。だから、大丈夫だよ』

涙を拭うこともせず、目を閉じる。

『お前は間違ってなんかない。Joker'sは間違いなく、俺を 俺たちを救ったよ』
「うん…」
『だから、安心して。眠っていいよ。誰も、責めたりなんかしないから』

おやすみ、と意識が沈む直前に聞こえたような気がした。





「颯音?」
「そ。八重桜 見ちゃったって」
「忠告してやったのに、ダメじゃねぇか」

倒れてないから 助けてもらってるよと言えば不満そうだがLeoは黙った。

「どんな?」
「まぁ、落ち着いてた」
「早く散ってくれりゃいいのに」

この時期は俺も、外へ出られなくなる。
桜を見ると、多分俺も颯音と同じになるから。
寧ろ颯音よりも重症だ。
この時期は古傷が痛むし。

「いつかさ、みんなでお花見とかしたいよね」
「夢のまた夢だな」
「まぁね」

けど、見てみたくない?と首を傾げれば Leoも首を傾げる。

「颯音が桜の木の下で笑ってる姿」
「…海で遊んでる姿とか」
「雪だるま作ってるのとか」

誕生日だって、笑って喜んで欲しい。

「出来るようになったら写真集にして売ってやろ」
「いいね、それ」
「お前もな」

Leoは乱暴に頭を撫でて立ち上がる。

「桜の木の下にはお前も映れよ」
「もちろん。海は、Leoが一緒に」
「おう。雪はやっぱ、アイツ1人かな」

そうだね、と答えて立ち上がり彼の隣に立つ。

「アイツのためにも克服しねぇとな」
「そうだね」

彼を引っ張っていけるように。
あの暗闇から救い出せるように。
まずは俺たちから。




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