「お疲れ様です」
「ちょ、待て待て。お前最近、そういうの多くない?」

練習が終わった途端、別行動を始める颯音にそう声をかけたのはカルロ。
言われた本人はそうですか、と他人事のように答えた。

桜が引き金でフラッシュバックしたトラウマも翌日には落ち着き、いつもと変わらぬ姿を見せた。
あの日俺に話したことについては覚えているのかは分からなかったが、わざわざ嫌なことを思い出させる必要もないか と確認することはしなかった。
練習も投手4割 セカンド5割 他ポジション1割 といった感じでやっており、数日前に見せたあの厳しさも今は鳴りを潜めていた。

まぁ、カルロの言うように 最近は終わった瞬間姿を消し ご飯の時に現れたと思えばまた消灯までいなくなる。
恐らくあの暗い倉庫裏にいるんだろうけど、他にも隠れ場所があるんだろうな。
そうなったきっかけがわからないから今は結構みんなやきもきしてて。
かくいう俺も そこまで徹底しなくてもよくね?って思わずにはいられなかった。

「偶には俺らとやろうぜ」
「何の練習ですか?」
「何って。普通にウエイトとか、前は一緒にやってたろ」

大丈夫です、と彼は言う。

「1人の方が今は集中できるので。合わせとかあるなら声かけてください。自主練のメニュー 調整するので」

じゃあ、失礼しますと彼は頭を下げてグラウンドを出て行く。
昔のような嫌悪故の拒絶って感じじゃないし、必要があれば全然向こうから声かけてくるし。
行き詰まれば鳴さんならどうします?と意見を求めに来る。
だからこそ、ガッと踏み込めないし それが予防線な気もするけど。

「…俺の、せいですかね…」

1軍入りを果たした1年の赤松が離れていく颯音の姿を目で追いながら申し訳なさそうにそう呟いた。

「なんで?」
「決勝終わった後、探しに行った時に…。どうしたら認めてくれますかって…聞いちゃって」
「なんて言われたの?」

樹がそう聞けば俯きながら 「鳴さんが認めてんなら、文句はない。エースの言葉は絶対だから。俺のことは考えなくていいよ。勝つ為ならお前の後ろも守るし、監督の命令ならマウンドだって譲る」って言われましたと大きな背を自信なさげな丸めた。

颯音なら言いそうだなぁ…。
アイツはエース至上主義かつ勝利こそ全て。
アイツ自身の感情は基本的に関与してこない。
沢村には負けたくないって思ってはいるようだけど、そんなもん。
ポジションに拘りもないしなぁ。

「まぁ、そんな感じなら大丈夫だろ」
「え、」
「アイツ、認めてないもんには認めないって態度で表現するし。意思決定を俺は委ねてるってことはアイツからすりゃ問題ないってことだから」

アイツが認めてない状態なら多分セカンドの件みたいに態度で示す。
前のアイツならなかったことだけど、今のアイツなら大丈夫だろう。

「え、けど…」
「大丈夫だよ、晋二。俺も鳴さんの言う通りだと思う」

まぁ、赤松の不安もわからないでもない。
颯音に認めて欲しいのに その答えがアイツの言葉の中にはなかったから。
けど認めたからといって話してくれるわけでもないし、その質問は赤松の望むものを生み出すものではない。

「アイツ 認めてない人の後ろは守らないから。そこは本当に心配しなくていいよ」
「けど、」
「颯音と親しくなるって望みに関しては、叶えてやる術をここにいる誰も持ってない」

けど確かに。
颯音って1年と全く関わらないよな。
話してる姿も見たことないし、1軍にいるのが赤松だけなのも理由があるだとは思うけど確かにあからさまか?
俺らと行動しなくなった時期とも重なるっちゃ重なる。

「アイツの言葉で言わせりゃ」
「はい?」
「実力は信頼してるからいいだろってところか」

あー、と納得する白河たちと頭にハテナ浮かべる赤松。

「それなら尚更、時間の問題だな」
「だなぁ。ま、実力は信頼できてんならいいっしょ」

今後もそれを貫く、と言われたら困ってしまうが どうなんだろう。
一旦話は聞いておいた方がいいかな。

「よし、とりあえず気にすんな。目の前の練習真摯に取り組んでて。颯音と仲良く、とか話したい、とかそう言うのは後回しで」
「一旦話は聞いてみる?」
「俺が聞いとく。どこにいるかは予想つくし」

とりあえず後で声かけとく、と言えば赤松は不安そうに頷いた。





「あんまさぁ、後輩いじめてやるなよ」

監督との話を終えて自主練に戻ろうとした俺にそう声をかけてきたのは呆れ顔の鳴さんだった。

「何がですか」
「赤松とか。お前に認められたいってよ?話くらいしてやんなよ」
「話すこと、ないです」

お前にはないかもしれないけど、と鳴さんは言う。
この間のあれ、鳴さんに伝わったのかな。
まぁ、だからどうしたって話だけど。

「今までどうしてたの、後輩とか。いつもあんな態度?」
「今までもなにも、Joker'sに後輩なんていないですけど」

だからこそ困ってるって話だけど。
目を丸くした鳴さんは少し考えて まさか全員同い年?と首を傾げた。

「そうですよ、言いませんでしたっけ?」
「絶対言ってない」
「なら、すいません。アイツらは全員同い年です。人数も28名から増えません」

全員、俺とLeoが選んだ人たち。
声をかけた人たちはもっといた。
けど、その中で答えてくれたのは彼らだけ。

「もしかしてさ、わかんないの?後輩との接し方」
「わかるかわからないかで言えばわからないです」
「なんだよもう、それならもっと早く言えよ。とりあえず 話す機会作ってやるから」

それは大丈夫です、と言えば「はぁ?なんで?」と怪訝そうな顔をする。

「接し方はわからないですけど、接したいとも思ってないので」
「いや、なんで?チームメイトだよ?お前が言ったんじゃん、信頼がないのはダメだって」
「実力は信頼してます」

それだけじゃ嫌なんでしょ?と彼は言う。
確かに嫌なんだけど。
それとこれは 話が別というか。

「お前らしくないんだけど?何が嫌なのかはっきりさせて」
「…後輩って、ポジションを奪う存在ですよね?」

鳴さんがぴたりと動きを止めて、表情を強張らせて俺を見た。

「俺に危害を加えない保証ってどこにあるんですか」
「お、まえ…」
「元々いた先輩達は鳴さんたちを傷つけてないし信頼しやすかったですけどね。…1年の俺にポジション奪われたとなれば、狙われる可能性はあるかもなぁとは思ってましたし、だから隙は見せないように「待て待て待て!!お前、俺たちのこと信頼してるよね!?!」…してますけど」

けど疑ってたの、と言う彼にすぐに返せる言葉はなかった。
真っ直ぐ俺を見つめる彼に小さく息を吐いてから笑う。

「…100%は存在しないんですよ、鳴さん」
「なにそれ、そんなん…」
「それが トラウマってもんです」

何か言おうとしたけど、鳴さんは俯いてしまった。

「…決勝前夜に鳴さんが眠れなくなったのと一緒です」
「え、」
「あの日に打ち勝つ為に努力して、もう大丈夫だって思えても。鳴さんは前の年の暴投を思い出してた。違いますか?」

なんでそれ知ってんだよ、って鳴さんはちょっと嫌そうな顔をした。

「一緒なんですよ。頭ではわかってるんです。ここは日本で、あの頃いたチームじゃない。試合に出る為に誰かを傷つける人もいない」
「そうだよ、そんなことする奴いるわけないじゃん」
「けど、去年の試合。俺は怪我で一度潰されてる。…望んで出た試合ですし、あの怪我に後悔はないですけど。日本だって、ああいうことをするチームが、人がいる。いた。だから、俺からすれば うちに入部した1年が本当に大丈夫だっていう保証は…ない」

信じるに値する理由がない、と俺が言えば 鳴さんが顔を顰めて乱暴に自分の髪をかき乱した。

「俺のことは信頼してんの」
「してますよ。俺のエースなんで」
「…だから全部、俺に丸投げしたの?」

貴方が信じるなら、信じられそうだから?と首を傾げれば 確かにそうかと呟いた。

「何でなんも言わなかった」
「聞きたくないでしょ?チームメイトを疑ってます、なんて言葉。…俺だって言いたかないですよ。信じれるもんなら、信じたい」
「どうすればいい?それ。100%がないのはわかる。俺も、確かにそうだった。けど、チームメイトが信じられないって、俺にはわからないし。99%まで持ってく方法はあんの?俺らと同じくらい、どうやったら1年を信じてやれる?」

その質問に俺はわからない、と答えることしかできなかった。

「わかんないから、逃げてんですよ。大丈夫です、試合になれば、上手くやれます。実力だけ信頼するのは、慣れてます」
「…お前、悲しくない?それ。颯音が日本に来てまでしたかった野球ってそんなんじゃないだろ」
「大丈夫ですよ、貴方がいれば」

だからそんな、辛そうな顔はしないでほしい。
俺はそれで大丈夫だから。



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