シーズンオフのトレーニング期間が始まり、鳴さんと颯音が一緒に過ごす時間が増えた。
勿論、トレーニングは一緒にやっているけど それ以外の時間にも二人で話している姿を目にすることが増えた。

「お前ってさ、体意外とでかいよね」
「なんですか、急に」

アンダーのシャツでトレーニングをしていた颯音は怪訝そうに眉を寄せていた。

「んー、前から思ってはいたんだよね」
「はぁ…?」
「服着るとわかんないけど、結構ゴリゴリじゃん?」

あとバランスが良い、って言いながら鳴さんは颯音の肩に触れる。

「まぁ、スイッチですし。左右で違いがあるとボールに影響でるんで。怪我もしやすくなるし」
「なるほどね」
「てか、汗かいてるんであんま触らないでくださいよ」

汚いですよ、と颯音は鳴さんの手から逃げる。

「樹、なに見てんの?」
「白河さん!いや、鳴さんと颯音がここまで仲良くなれると思わなくて」
「あー、それね。みんな思ってるよ」

多少距離が近くなることは予想していたけど、鳴さんが颯音をパートナーに選ぶとは思わなかった。

「まぁ、ふつーに帰ってきたら心入れ替えるつもりだったっていうのもあると思うんだけどさ。多分、他にもあると思うんだよね」
「他にもあるっていうのは?」
「颯音を近くに置いておきたい理由」

置いておきたい理由?
なんだろう。
取られたかない、とか?

「まぁ、鳴の考えてることはわかんないけどね」
「ですね…」

颯音は今の環境をどう感じているんだろう?
鳴さんのことを嫌ってはいないの知ってるけど、決して好きなわけでもなかった気がするし。

「まぁ、仲良くしてくれてる分は困ることもないし。鳴も颯音の言うことは意外とよく聞くしね。このままいけばいいんじゃん?」
「そうですね」

二人はメニューが終わったのか 捕手組のところにきて ボール受けて、と声をかけてきた。
こっちのメニューもひと段落していたところだったし、先輩はそれに頷き ブルペンへと移動することになった。

「どう?トレーニング」

汗を拭っていた颯音の隣に並んで、そう尋ねれば彼は疲れたよと 答える。

「一瞬も手抜けないしめっちゃ煽ってくるし。けど、いい勉強になってる」
「そっか。鳴さんとずっと一緒じゃん?大丈夫?」

なにが、とは言わなかったけど、彼はわかったのか苦笑をこぼした。

「それも含めて 疲れてるよ。今なに考えてるのか、どうしてほしいのか、どうするのが正解なのか。そんなん考えてる ずっと」
「そっか」
「今どういう思いで俺とやってるのかもわかんないし。嫌いじゃないとは言われたけど、決して好きなわけではない相手と 四六時中一緒でキツくないのかなぁとか思うし」

まぁ、こういうこと聞くと怒るって学んだから もう聞かないけどと彼は言って俺の方を見た。
颯音から目を合わせてくるのは珍しく。
赤みがかった瞳が俺をじっと見つめる。

「な、なに?」
「心配?鳴さんのこと」
「え、あぁ それはまぁね。機嫌悪くなった鳴さんは俺まだ手つけられないし。」

そっか、と彼は目をそらす。

「樹なら大丈夫だよ」
「え?」
「頼もしくなってたから。帰ってきた時 そう思った」

颯音は心配しなくていいよ、と言って俺の背を軽く叩いた。

「そう言ってくれるの颯音だけだよ、ほんとに」
「え?そうか?」
「颯音!!なにちんたら歩いてんだよ」

前を歩いてた鳴さんにそう声をかけられて、すいませんと颯音が鳴さんの隣に行く。
隣に並んだ颯音に何か話しかけた鳴さんに、颯音は首を傾げながら何かを言い返す。
その後ろ姿を見ながら、俺も頑張らないといけないなと 小さく息を吐いた。





「寒くなってきましたね」

食堂のテレビをぼんやりと眺めていた颯音はそうポツリと呟いた。

「確かになー。今年は12月中に雪降るかもって言ってたぞ」
「そーなんですね」

12月に入り、空気が冷たくなってきた。
日も短くなり、暗い中での練習も増えた。

「そろそろ冬合宿だし、きつい時期だな」
「神谷さんは寒くてもすぐ脱ぎそうですけどね」
「ほっとけ」

帰ってきてからの颯音は前に比べて穏やかになったと思う。
笑うことも増えたし、人の多い場所にもいるようになった。
目を合わすことは相変わらず少ないけど、コミュニケーションを疎ましく思っている様子はない。

彼の隣に座って同じようにテレビに視線を向ける。
お天気キャスターが クリスマス前の来週に雪が降るかもと伝えていた。

「やっぱ雪降るっぽいな」
「ですね。雪降っても練習あるんですか?」
「程度によるけどな。中での練習がメインになることの方が多いかな」

東京も、雪って降るんですね。
彼はそう言って 大きな溜息をつく。
珍しいな、溜息つくのと言えば彼は困ったように笑った。

「寒いのは苦手で」
「お前も苦手なもん、あるんだな」
「俺のことなんだと思ってるんですか?ありますよ、苦手なものも嫌いなものも」

とりあえず冬は嫌いです、と彼は笑う。

「鳴も寒いと全然起きなくて大変なんだよなぁ」
「気持ちはわかりますね。布団から出るの憂鬱ですし」

冬が来る。
地獄のトレーニング期間が来る。
学校がなくなる分、今のオフ期間の個人トレーニングに加えて チームトレーニングが増えて ひたすらに体を追い込んでいく時期。
この時期が 夏にどれだけ大切になるかは分かっているけど。

「地獄が始まるな…」
「初めてなんで、そーいうこというのやめて下さいよ」
「いや、マジで。覚悟しとけ」

地獄が始まる。
長い長い、地獄が。




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