雪が降るかも、降るかもと言って降らないことも多い東京。
しかし、今回はどうやら天気予報が当たってしまったらしい。
深夜に降り出した雪は 朝もまだ降り続いていた。
寒さに耐えて布団から出て、外を見れば所々に雪が積もっていた。
雨になったり、雪になったりしたのか所々に水溜まりもある。

「さむっ」

これから雪が強くなる予報が出ているからか休講と連絡が回り、どろどろなグラウンドの状態から見て練習も中での練習に限られるだろう。

「雪かー」

去年の雪の日は結構積もってて雪合戦をして雅さんにこっぴどく怒られたのを覚えている。
投手が指を冷やすなとか、そんな感じで。

わずかに積もった雪を拾いあげればひんやりと指先に伝わる冷たさ。
雪合戦したいなーなんて、思うけど流石に先輩という立場でそれは怒られそうだ。

「手、冷やさないでくださいよ!」

雪を触っていれば去年の雅さんみたいに俺を怒ったのは樹だった。
声の方を振り返ればダメです!と俺にカイロを握らせる。

「お前、雅さんよりも過保護だね。俺のためにカイロ持って来たの?」
「そうですよ!雅さんから聞いてたので、気をつけろって」
「げぇ、雅さんは相変わらずだね」

起床の時間になり続々と寮から部員が出てきて、雪に包まれた世界に 肩を落としたり喜んだりと人それぞれの反応を見せる。

「てか、颯音は?」

この寒さでも相変わらず薄着なカルロが白河に問いかけると、白河は少し困った顔をした。

「全く起きない」
「颯音が?」
「珍しいよね。体調良くないのかな、って思ってとりあえず寝かせてるけど」

颯音は基本一番に起きて練習していたり、スカウティングをしている。
だからこそ、ほんとに珍しいことだった。

「寒いの苦手って言ってたし、日本での冬も初めてだろうし。まぁ、体調崩しても仕方ねぇか?」
「合宿前に大丈夫ですかね…」

監督に伝えてきます、と樹が駆け足で監督の部屋に向かっていく。

「んー」
「どうした?鳴」
「ちょっと颯音のとこ行って来るわ」

忘れたわけではない。
あの手紙。
気をつけることの中に含まれていた、雪。

昨日の降り始めた頃は別にいつもと変わりなかったけど、起きないってところを見るとなにかあるのかもしれない。

後ろで何か言ってるのを無視して、颯音の部屋に入れば彼はベッドに横になっていた。

「おはよー」

いつと通り声をかけても 彼はピクリとも動かず。
部屋に入って、眠る彼に声をかけるが起きる気配はなく。
肩を揺らして名前を呼んでも 彼は反応もない。
まるで人形みたいだった。
微かに聞こえる呼吸音で、ようやく生きていることが確かめられるくらいに。

「颯音ー。朝だよ、おーきて」

頬をぺちぺちと叩いてみても彼はピクリとも動かず、どうしたものかと眉を寄せる。

「あ、」

そんな時ちょうど枕元の携帯が振動した。
表示された名前はレオナルド。
申し訳なさを持ちつつも電話に出れば 「Hayato!!」と焦った声が聞こえた。
早口な英語が止めどなく流れてきて、とりあえずストップストップと連呼すればその声が止まる。

『Who are you?』

そして、俺が颯音でないことにどうやら気づいたようだった。

「えー、と…My name is Mei Narumiya.」
『Mei?』
「えっとーあ、Hayato's ace!」

俺の言葉に彼が納得したようだった。

『まってろ』

カタコトの日本語が聞こえて、電話の向こうで彼が誰かを呼んだ。

『もしもし?Kevinです』

そして聞こえてきたのは流暢な日本語。

「あ、成宮鳴です。颯音のとこの エースの」
『知ってますよ。成宮さんが電話に出てるってことは 颯音は?』
「なんか全く起きないんだけど」

あぁ、やっぱりと彼が言った。

『まだ雪は降ってますか?』
「あ、うん。降ってる」
『それなら、やむまではきっと起きないです』

なんで?と問いかければ彼はんーと言葉を濁した。

『なんて説明すればいいのかわからないんですけど』
「なにそれ」
『眠っているだけなら問題ないです。雪がやめば元に戻ると思います』

眠っているだけならって、なんだ。

「起きたら?」
『起きたら、階段には近づかせないでください。あとは、刃物とか颯音の手に届かないところにおいておいて。』
「どういうこと?それ」

少しの沈黙の後、彼は本人には言わないでくださいね、と前置きをした。

『トラウマなんです。雪と階段。この2つがトラウマの引き金になります。刃物は、、自殺防止ですかね』
「自殺防止…なるほどね。眠ってるのは?なんなの?」
『元々 颯音はひどい鬱病で。薬を飲んでた時期もあるくらいなんです。目を覚まさないのはその症状の1つって思ってくれれば。』

鬱病?
颯音が?
まぁ、過去に色々あったのは知ってたけど、まさかそこまで…。

『治療はして良くはなったし、治ったという風には言われてるみたいですけど。鬱病の原因になったトラウマがまぁ色々あって。それを想起させる環境、状況になると 症状が出てくるんです』
「デッドボールで手が震えたりするのも?」
『その一種ですね』

なるほどね。
ということは、いまの颯音は自己防衛の為に眠ってるってこと?

「レオナルドが気をつけてほしいことって言ったのもそういうこと?」
『はい、そうです。他にも引き金は色々あるんですけど、その3つは特に酷くて。出来ることなら 颯音のそばにずっといてあげて下さい』
「ずっと?」

俺たちはそうやって、どうにかしてきたんです。と彼は言った。
けど、鬱病云々を他の奴らに言うわけにもいかないし きっと彼らがわざわざ俺に手紙という形で伝えてきたところを見ても 颯音はそれを隠しているんだと思う。

「わかった。出来る限りのことはする」
『ありがとうございます』

電話を切って、眠っている颯音に視線を向ける。

「鬱病ね…」

お前、何をそんなに背負ってんの?
薬を飲むほど酷かったんでしょ?
野球のせいなのかな、それも。

「お前は隠し事が多いよ、ほんとに」

眠る彼の頬に触れればいつもよりひんやりとしていた。
カイロを握っていたからかもしれないけど、まるで死んでるみたいだった。





ずっとそばにと、言われたけど練習中はそういうわけにもいかず。
とりあえず 休憩の度に彼の部屋を見に行った。
何度見に行っても彼は同じように眠ったままで、そのまま目を覚まさないのではないかと錯覚してしまうくらいだった。
言われた通り目につく刃物類は彼の部屋から俺の部屋に移動させた。
階段は近くにあるけれど、颯音の部屋は一階だからとりあえず問題ないはず。

「嘘だろ」

はず、だったのだ。
練習を終えて、風呂から戻れば彼の部屋はもぬけの殻。
上着とかも減っていないところを見ると、あの薄い部屋着でどこかへ行ってしまった。

「いつ?どこに?」

とりあえず部屋を出て辺りを見渡すが 彼の姿はなく。
雪のせいでいつもより外は薄暗く 初めて気味悪く感じた。

階段をのぼったのかとも思ったが、寮の階段をのぼっても彼の姿はなく。
とりあえず思いつく限りの階段を探す。

「あーもう!どこ行ったんだよ、あいつ!」
「誰探してんの?」
「颯音!見てない?!」

ちょうど通りかかった同期に詰め寄るが彼は首を横に振る。

「体調悪くて寝てるんじゃなかったの?」
「いなくなったんだよ」
「まじ?」

とりあえず見つけたら教えて、と彼に告げて敷地内を駆け回る。

「颯音いなくなったってまじ?」

同期から聞いたのか白河とカルロが俺の元へ来る。
とりあえず彼が薄着でうろついていることだけを伝えれば彼はも探すのを手伝うと言ってくれた。

「階段…ほかに階段あるところ…」

野球グラウンド周辺の階段は全て見たはず。
学校の敷地から出たとか?
そしたら、ほんとに見つけられない。
けど警備さんとかいるし、流石にあんな格好では止められるはず。
警備さんに会わずに行けるここの近くの階段…

「あ、」

もしかしたら、と走り出した先。
グラウンドと学校の間はちょっとした丘になっていて、そこには緩やかな坂と急な階段がある。
遅刻しそうな時時々使うその階段は普段はあまり使われていない。

「いた!!」

階段の上。
彼の背中を見つける。

「颯音」

しかし、呼んでも返事はなく。
その体はふらふらと危なげに揺れる。

「ちょ、あぶなっ!」

そして、その体はぐらりと傾いた。








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