「やらかしたかもしれない」
珍しく頭を抱えた鳴に 何がと首を傾げる。
テストとかもなかったはずだけど。
「颯音と赤松 バッテリー組むことになったけど。俺が監督に助言?報告したからだってバレた」
「あぁ…」
一緒に話を聞いてた白河もやらかしたな、と呟く。
「けど今日の練習は普通にやってたろ?」
「赤松とは普通にやってた。俺とは一言も口きいてくれなかったけどね」
「颯音の野球の時とのオンオフってすげぇよな」
それは確かに、なんて鳴は答えながら項垂れた。
最近いい感じにやれてたから 尚更勿体ないっつーか。
颯音は怒ってんのかな?やっぱり。
「謝ったらどうだ、拗れる前に」
「俺もそう思ったよ!けど何て言われたと思う?」
顔を上げた鳴が表情を消して「監督の命令には従いますよ。貴方の意図もわかってます。俺、誰とだってバッテリーは組めるので安心してください」と多分 颯音を真似ながら言った。
似てるわけじゃないけど特徴は捉えてる。
アイツは怒ったり嫌なことがあると諦めた顔をする。
鳴と上手くいっていなかった頃もよく見ていた表情だ。
「謝れないじゃん、こんなん!」
「確かになぁ」
「…最近、増えたよな」
白河が少し俯きながらそう呟いた。
「増えたって?」
「先回りして、何も言わせなくする感じ」
「わかる!!」
2人がうんうんと頷く中、俺だけよくわからなくて首を傾げる。
年明けくらいの時、白河と颯音 微妙は雰囲気だったけど。
すぐに治ったもんだと思ってたんだよなぁ。
この感じみると、意外とまだ拗れてる?
二遊間やってる時の安心感はすげぇけど、颯音の切り替えは尋常じゃないからなぁ。
「…どーすんのさぁ、これ」
「あれ、使ってました?」
扉から顔をのぞかせたのは今の話題に上がってた颯音本人。
風呂上がりなのか首にタオルをかけた彼は今入っても大丈夫ですかと首を傾げる。
「全然、気にしなくていいぞ」
「角のテレビだけ借りるんで。邪魔になったら声かけてください」
気まずそうな鳴を余所に彼は気にした様子もなく、テレビにDVDを入れてノート開いた。
映像はどうやら 赤松が登板した練習試合のもののようだ。
「赤松とはどーよ」
少し離れている彼はそう声をかければ 別に問題はないですと返事が返ってくる。
「1年より先に鳴と組みたかったんじゃね?」
「いえ、別に。誰と組んでも変わらないです」
「それはそれで凹む」と小さな声で呟き項垂れた鳴に颯音は気づいてはいない。
「誰と組もうが勝つだけなので」
「本音を言うと?」
「本音ってなんですか。けどまぁ、エースは 背中を見てたいですね。俺、鳴さんの背番号1を背負った後ろ姿好きなんですよ」
ふっ、と解けた笑みを浮かべながら、彼はリモコンを手に映像を巻き戻す。
赤く染まった鳴の耳を彼に見られなくてよかったな、と振り返らない颯音に視線を投げながら思った。
白河は黙ったまま颯音を見つめていて、ここもやっぱなんかありそうだなぁと第三者を決め込む。
俺まで拗れたら面倒だし、下手に踏み込むのは止そう。
「そろそろ戻るか?鳴、白河」
そう声をかけて立ち上がれば2人も同じような立ち上がった。
「鍵任せていい?」
「大丈夫です。お疲れ様です」
「おー、お疲れ」
一度振り返って彼はぺこりと頭を下げて、画面に視線を戻す。
アイツはあんま気にしてなさそうだけど、問題はこの2人って感じだな。
▽
『お前!既読無視多くない!?』
練習試合を観てるのに騒がしい携帯に仕方なしに通話ボタンを押せば怒鳴るように彼は言った。
「いや、向井が送りすぎなんだよ」
『お前が返さないからじゃん!』
「別に話すことないし」
最低かよ、お前。なんて電話の向こうの彼は言った。
数日前連絡先を交換した向井太陽は何が楽しいのか頻繁に連絡を寄越す。
頻度も多いし、元々あまりそういうのをしなかったのもあって返すのが面倒だった。
話があるなら電話の方がよっぽどマシだ。
『俺は!あんの!!』
「何?」
『GW、どんくらい登板すんだよ』
練習試合の映像を止めて、わかんないと返せば 「はぁ?」と呆れたような声。
『わかんないってなんだよ』
「いや、正直にわかんないんだよ。セカンドやるし、捕手もやるし。ゼロはないけど、そんな多くもない」
『は?捕手?』
1試合だけね、と言えば馬鹿なのか!?と彼は言う。
『セカンドだって危ねぇのに、何で捕手!?何考えてんの、お前のチーム!』
「お前の言い分もわかるけどね。怪我のリスクは間違いなく増える」
『ならなんで!?』
何で、かぁ。
難しいことを聞く。
俺が赤松と組まされるのは恐らく、俺が赤松を受け入れられていないから。
どうせ野球でなら近付きやすくなるんじゃないか、なんてことを考えての行動だろう。わかんないけど。
正直、信頼してない奴とバッテリーを組むのはストレスだ。
代表戦とか過去のチームとか色々経験はあるけど、出来ることなら避けたいしな。
『おーい!黙んな!!』
「あぁ、ごめん。受け入れた理由なんて、監督の命令だからだろ。捕手もセカンドも投手も。俺は言われた通りに動くだけ」
『それさぁ、楽しい?野球楽しんでる?お前』
楽しい?
どうだろう。
あんまり考えたことなかったな。
野球やってるのは楽しいし、勝てれば楽しい。
どこかのポジションで特別変わるものではないと思ってたけど。
「あんまり考えたことなかったかも。俺、野球出来るだけで幸せだし。野球やるの楽しいし、勝てればもっと楽しいし」
『わかるけど、違うじゃん。それ。俺、三振取れた時とかめっちゃ楽しいよ!?そういう楽しい瞬間ってないの?』
「瞬間…瞬間かぁ。ないかもなぁ」
確かに昔はあった気がする。
覚えたてのボールで打ち取れた時とか自分のリードがピシャッとハマった時。
瞬間的な楽しさっていつから感じなくなったんだろう。
『そういうとこだよ。お前、冷めすぎなんだよね野球やってるとき。ポジションにプライドもないし、自分の体のことも疎かだし』
「ボロクソ言うね」
『もっとさぁ!本気のお前とやりたいの!俺は!』
結局それが彼の望みなのだろう。
「いつでも俺は本気だよ」
『どうだか』
▽
見た事ない顔して、颯音が笑っていた。
電話の相手は誰なんだろうか。
青道のマネージャー?
それとも他校の人?
忘れていったタオルを取りに来たのに扉を開けることが出来ず ただ彼の笑顔を眺めていた。
Joker'sの人じゃないってのはすぐにわかった。
なんか、Joker'sのときは慈愛に満ちた目をしてるから。
今は違う。
まるで友達と話すみたいな、そんな感じ。
いや、いいじゃん。
颯音も卒業までこっちにいるって決まったんだから友達の1人や2人。
それこそ彼女の1人や2人。
いや、2人いちゃダメか。
じゃ、なくて。
どうしよう、頭ん中ごちゃごちゃだ。
今日の颯音の諦めた顔がちらつくんだ。
俺にはそんな風に笑ってくんないじゃん。
仲良くなってきたよね?俺だって。
けどお前、俺の前ではいい子ちゃんした笑顔ばっか。
樹と話してる時よりも崩れた笑顔なんて、見たくないし。
「だから、しつこいっつーの」
恐る恐る開いた扉。
いつもより崩れた喋り方。
ねぇ、そんな喋り方 しないじゃん。
同期の前でさえ、してないよね?
誰、それ。何、なんなの。
「はいはい。わかったよ。オフ?えー…あっても授業あるし、被んないだろ そっちと」
携帯肩に挟みながら テレビを消して彼はまた笑う。
「怒んなって。被ったら会うから。はいはい、またな。え?わかってる、怪我には気をつけるから。あー、もう何回その話に戻るんだよ」
敬語じゃないから倉持でもない。
俺の知らない誰かと、繋がってる。
当然の事のはずなのに、なんでこんな 胸がざわつく?
「心配してくれてありがと。気をつけるから。うん、わかったよ。メッセージもちゃんと返す。けど電話の方が楽じゃね?いや、そりゃ練習あるし、自主練も…わかった。手が空いたらな。はいはい、じゃ、おやすみ」
電話を切った彼ははぁ、と溜息をついて 立ち上げる。
振り返った彼が俺に気づいてどうしたんです?と首を傾げた。
「あ、えっと…」
「またここ使いますか?今閉めようかと思ってたんですけど」
「だ、大丈夫!忘れ物取りにきただけだから」
パタパタとスリッパの音をさせてタオルを取れば 閉める前に気付いてよかったですねと彼は少しだけ表情を緩めた。
さっきとは違う笑顔に また胸がざわつく。
「もう遅いんで、早く寝てくださいね」
「、おう。おやすみ」
「おやすみなさい」
あぁ、どうしよう。
なんか すげぇ 嫌だ。
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