マウンドの上、彼はどこか楽しそうだった。
右手にはめたグローブはやはりまだ見慣れない。

「この颯音の後ろ守るのあの試合以来か?」
「確かに」

試合前、ベンチでカルロと白河はそんな話をしていた。

「安心してください。怪我してない分、前より投げれますよ」
「いや、そこは心配してねぇわ」
「あれ、」

初めて見るメンバーはそわそわしてっけど。
当の本人はいつも以上に肩の力が抜けてる。
寧ろ、樹の方がやばそう。

「樹、お前。肩に力入りすぎ」

軽く膝裏を蹴りながらそう声をかければ「うぇ!?」と何とも言えない声を出した。

「俺の相手よりも緊張するのか?あ?」
「します!あ、違います!!鳴さんがしないってわけじゃないんですよ!?ただ、試合になった時、颯音のキャラ変わるって聞いてて」

まぁ、確かにそうだった。
しかも本人に自覚なかったしな。
あの時は怪我でおかしくなってた説もあるけど。

「だとしても、お前はいつも通りでいい。お前までおかしくなったら後ろも困る」
「はい、」

マウンドに颯音が上がる。
ユニフォームの上からネックレスを握りしめて、天を仰いだ。

「赤松」
「は、はい!」
「お前は前で見てな」

後ろの方に座っていた赤松が慌ててこちらに駆け寄った。

「滅多に見れねぇから。」
「…両投げって本当にいるんですね」
「アイツ特殊だからなぁ」

思い返せばまだ1年経ってないのか、あの試合から。
態と怪我をしたあの試合から。

初球、ストレートは若干高めに浮いたが三振。
肩をぐるりと回して彼は笑った。

「やっぱ、こっちの時はご機嫌だなぁ…」

左で投げてる時のお前は、楽しそうだから俺は好きだよ。
なんて 言ってやるつもりはないけど。
元々左投げって言ってたし、好きなんだろうな そっちの方が。
コントロール重視の右投げ。
悪くは無いけど、元々の方が絶対楽だろうし。
捕れる奴がいるなら左でやりたかったってことだろ?
樹も雅さんもセーブして貰ってやっと捕れてる状況みたいだし、本気のこれを捕ってたレオナルドって何者?

初回三者三振で戻ってきた颯音は樹に初球浮いてごめん、と声をかけた。

「あんなの全然。2球目では完璧に修正してたし」
「それならいいんだけど。初球浮くの癖かな、やっぱり」

確かにブルペンでも初球浮いてるか。
まぁ投手にすりゃありがちな話だし、すぐ修正するから大きな問題でもないだろう。

「あ、颯音さ。肩回せよ」
「え?」
「お前、球浮くと肩回すじゃん。それで調整出来るなら先にやっとけよ」

肩回してます?と彼は首を傾げた。

「右の時はやってねぇかも。左の時はちょくちょく」
「よく見てますね、鳴さん」
「普通、お前が気づけ。馬鹿樹」

ぐるり、とマウンドと同じように肩を回して確かにと彼は呟く。

「次からやってみます」
「おう」

颯音は左肩を摩ってベンチを出る。
カルロ、白河が連続で出塁し、颯音のスリーベースで2人が生還。

「やっぱ、のってんなぁ…」




試合の結果は8-0。
奪三振18に 打点4。

結果としては悪くない。

「お疲れ、颯音!」
「お疲れ。どう?一試合通してみて」
「右に比べるとやっぱテンポ早い。てか、どんどん早くなってく。今回みたいに打たれない状況なら全然良いと思うけど、長引くと辛いんじゃないかなって」

体力に心配があるとかじゃないよ、と彼は付け加えた。

「左の時は全然後ろ見なくなるし」
「あー、」

なるほど、それはあるかもしれない。
Joker’sの場合司令塔は捕手。
指示出しも、ペースを整えるのも全体が見える捕手がハンドサインとかでやってる。
だから、投手は投げることに専念してる。
その形に慣れすぎてるんだろう。

「後ろの声掛けいれて、合間でペースの調整入れる」
「うん、それがいいかも。俺も気づいたら声はかけるから」
「悪い。あと、なんかある?」

そういうのは後にして、と後ろからかけられた声。
振り返れば呆れ顔の白河さんと神谷さんがいた。

「この後昼休憩なんだから、そこでやれ。今はアイシング」
「あ、はい。すいません」
「やっぱ左で投げたあと、テンション高いよな」

すいません、と笑って 鳴さんが用意してくれていたアイシングを受け取る。

「お疲れ。完璧じゃん」
「ありがとうございます」
「三振狙ってたでしょ」

まぁ、と答えればだと思ったと彼は笑った。

「お前もそういうのやるようになったんだね」
「え?」
「昔のお前ならどうでもいいって言いそうだなって」

あぁ、確かに。
そう言われればそうかもしれない。
Joker'sの時はやってたことだけど、こっちに来て気にしたことなかったし。

「…友達と賭け、してて」
「は?」
「負けるの嫌いなので」

俺の言葉に一瞬だけ、鳴さんの表情が曇った気がした。
どうかしましたか、って聞こうと思ったけど鳴さんは監督に呼ばれて俺に背を向けた。

「…なんだ?」





夜、宿舎の外に颯音を見つけた。
誰かと電話をしてるのか時折、笑う声が聞こえる。

「だから、俺の勝ちだって。いや、奪三振も打点も俺が上じゃん」

話してる内容的に、バスで連絡をしていた友達だろうな。

「いや、得点はそっちの方が上だけど それはお前の成績じゃない」

野球で勝敗決めるってことは他校の投手?
そんな仲良くなる人いたっけ?
颯音が気にしてるっていえば、青道の沢村?
降谷は関わってなかった気がするし…。

「何見てるんですか?」
「晋二!颯音が外にいたからさ」
「あぁ…」

少しは喋れるようになった?と尋ねればなんとも言えない微妙な表情をした。

「練習の時は結構…アドバイスとかくれるんですけど」
「練習外だと?」
「……全く…」

しゅん、と肩を落とした彼を見て去年の自分を思い出す。
同じクラスなのにこっちから行かなきゃ全然話してくれなかったしなぁ。

「練習で話せるようになっただけ成長だよ」
「そうなんですかね…」
「そうそう」

そう言えば、と晋二が颯音の方に視線を投げた。

「今日、着替えてるの見ちゃって…あの、体の傷って…」
「あー…あれね。なんか、昔 ラフプレーの激しいとこにいたらしくて。その名残みたい」
「ラフプレー…?」

詳しくは知らないんだけどね、と付け加えて俺も視線を彼に向けた。
今となっては隠さなくなった体の傷。
一緒にお風呂入った時とかは、今見てもゾッとする。
特に、左肩の大きな傷。
話題に触れたことはないけど、多分あれが右投げ転向を決めるきっかけになったんだろう。

「本人もあんまり話してはくれないんだけどね。そのトラウマって言ったらあれだけど…入部したての頃から結構疑心暗鬼っていうか…周りと壁作ってたんだよね」
「そうなんですね…」
「今もまだ、そういう所あるし。晋二が心配になっちゃう気持ちもわかるし…」

けど変わってはきてるはずなんだよなぁ。
あぁやって友達、って人の事言うのも初めて見たし。

「少しずつで大丈夫だよ、焦らなくても。颯音ああ見えて、晋二のことちゃんと考えてくれてるし」
「え?」
「これ、内緒ね?」

颯音は晋二と組むと決まってから、練習試合全部見直してたし。
ブルペンの投球も記録がある限り見直してた。
それに、俺の所にきてクセとか傾向とか熱心に聞いてた。

「それにね、晋二との練習終わった後必ず俺のとこ来てどうだった?とか大丈夫だったか、って聞きに来るんだよ」
「そう、なんですね…」
「直接やってくれた方がいいのは分かるんだけど。颯音はまだ多分それは出来ないから。その分ちゃんと、捕手としてお前のために万全な準備しようとしてくれてるよ」

まずは赤松晋二っていう選手について、知ろうとしてくれてる。
だから大丈夫、と言えば彼はこくりと頷いた。

「颯音の心の準備が出来るまで。もう少しだけ待ってあげて?」
「はい」





「はいはい、じゃあ引き分けで。あぁ、明日は捕手」
『…やめとけよ、ほんとさぁ』
「楽しいからいいんだよ」

誰と組むの?成宮?という彼の質問に1年生と答えれば尚更ねぇわと彼は言った。

「意外と、面白いよ。ていうか、見所ある?かな」
『ふぅん?お前が言うならそうなのかもね』
「うん、だからまぁ…楽しみにしてていいよ」

自信満々なの腹立つなーと彼は言った時、宿舎の中から自分を呼ぶ声が聞こえた。

「なんか呼ばれてる」
『まじ?じゃあ、切るわ。とりあえず、気をつけろよ』
「ありがと。向井も怪我、気をつけて」

お前よりは大丈夫だわ、と彼は言うけど。
投手も危ないんだぞ、とは口にはしなかった。

「呼びました?」
「あ、いたいた。何してたの?」
「友達と電話を」

珍しい、と白河さんは少しだけ驚いていた。

「鳴がお前いなくて拗ねてるから、構ってやって」
「また、子供みたいなことを…」
「実際子供」

まぁ、確かに否定はしないけど。
じゃあ俺は先に部屋戻るから、と白河さんはひらひらと手を振って階段を上がっていった。
なるほど、犠牲にされたわけか。
こういうの、前もあった気がするな。

「あ、颯音!!お前どこほっつき歩いてたんだよ!?!」
「自販機の横で寝てました…すいません」
「体痛めるからやめろよ!?馬鹿なの!?」

怒りながら心配してる彼に苦笑を零す。
向井もいつも怒りながら心配してんだよね。
やっぱなんか、似てるなぁ。



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