円陣を組んでる時も思ったけど、緊張していた。
多分颯音が初めて投げた試合よりも。
部内の紅白戦とかでは時々やってはいたけど、対外は初めてだし仕方ないか。
江崎赤松の緊張はわかるけど、他のメンバーまで表情が固いのは頂けないよな。
さて、どうしたものか。

「颯音、」
「はい?」
「…お前は、余裕そうだな」

キャッチャーのプロテクターをつけ終えた彼はきょとんとしていた。
こいつは通常運転ね。
マスクを頭の上に乗せて「皆緊張してますね」と呑気に笑った。

「こんな皆緊張してんの初めてじゃね?ってレベル」
「まぁ、気持ちは分かりますけどね」
「どーすんの?キャッチャーさん」

Joker’sのエースの手腕が見たいなー、と言えば彼は目を瞬かせた。
福ちゃんがこっちの部隊に帯同していない今、この雰囲気を変えるのはエースの仕事。
だが、試合に出ない俺が何かしたって意味はないだろう。
となれば、やるのは彼だ。

「あいつら、緊張することないからなぁ」
「…それはそれで腹立つのわかってる?」
「冗談ですよ」

彼は笑いながら「ナイン、一旦集まって貰えます?」と声をかけてベンチを出る。
ベンチの最前でその姿を見ていれば1度視線をこちらに向けてから、ナインの方を見た。

「なんか初めてじゃね、颯音に招集されんの」
「皆さんがそんなんだからですよ」

彼は心底、不思議そうに首を傾げる。

「何を緊張してるんですか?」
「…ド直球…」
「必要あります?選ばれて、ここにいるんでしょ?」

彼の笑顔が消えた。
ちょくちょく思ってたんだよね。
颯音って人を応援したり、励まして乗せることあんまりしないんだよね。
基本的に鼓舞するというか、え?出来ないわけなくない?って煽りスタイル。
練習とか普段の姿をちゃんと見てるからこそ、できるって信じてくれてんだろうけど。
普段穏やかな分、それ見ると「怖っ」てなる。
言葉に重みがあるっていうか、プレッシャーがあるっていうか。

「稲実の部員100人近くと…稲実に入ることすらできなかった何百人…それをアンタら蹴落として…ここに立ってんだよ。そいつら蹴落として、選ばれて、認められて、背中を押されて…アンタらその背番号背負ってんだろ」

ほら、やっぱり。
敬語が無くなって、声のトーンが少し落ちた。
ズシンって来るんだよな、この声。

「何を恐れてる?自分の失敗か?それとも敗北か?そんな不安があるなら、どうぞご退場下さい。覚悟がないやつと、野球をする気は毛頭ない。代わりは大勢いるから 代われよ」

にっこりと彼は笑った。
うわ、怖。
こんな先輩いたら怖いだろうな…。

「代わる人はいんの?」

声には出さなかったが、全員首を振った。
まぁ、そりゃそうよね。

「じゃあ、もうなんも心配いらないですね。赤松の後ろは任せました」
「え、」

急に名前を呼ばれた赤松がビクッと肩を揺らした。

「信じろ」

颯音は赤松を見てそう一言言って、その背を軽く叩いた。

「お前に何があっても、この人たちなら何とかしてくれる。お前の失点は、俺が取り返してやる。だから、お前は後ろ信じて投げろ。それ以外なんもいらない」
「はい!」
「信じてるぞ」

怖いなぁ、颯音の信頼は。
ニヤけそうになるのを脱いだ帽子で隠す。
けどお前のそういうとこ、俺は相当好きみたいだ。

「かっこいいねぇ、Joker’sのエース様」

小さな声で言ったつもりが聞こえていたらしい。
颯音はこっちも見ずに「違いますよ」と言った。

「俺は稲実の14番です」

赤みを帯びた瞳が俺を射抜く。
そういうことだって、ホントにさ。
そんなん、ふつーにかっこいいから。

「タメ口きいてすいません。まぁ、そんなわけなんで。よろしくお願いします」

コロッと態度を変えた颯音がそうナインに声をかけた。

「お前…その豹変はやべぇわ」

カルロが苦笑を零す。

「もっと リラックスしていきましょう。頑張ろうぜ!って感じかと思ったわ」
「頑張るのは当然ですよね?今更そんな確認いります?」
「…いや、まぁ…確かに」

気持ちを同じ方向に向けるだけでいいんです、と彼は歩き出す。

「強いって知ってますから、稲実は」





颯音の声掛けがよかったのか5回を終えて無失点。
球数は若干多くなってきたけど、このペースなら問題なく終われるだろう。

「どーする、樹。颯音にポジション取られんじゃね?」
「待ってください、俺もちょっと思いましたけど!?譲りませんよ!?」

要所要所でのピッチャーへの声掛けだけじゃなく、守備全体に声掛けてるのが見て取れる。
江崎とは特にアイコンタクトとってんのかな。
頷いたり、表情綻ばせたりするシーンが目立つ。

「今回のこれ、江崎を指名したの颯音なんですよね?」
「あぁ。なんか、白河に聞いた話じゃ江崎が颯音に弟子入りしたとか」
「弟子入り…?」

夜な夜な2人で練習してたっぽいよ、と鳴さんは楽しそうに話す。

「そのお披露目会?も兼ねてるんだと思う」
「…へぇ…セカンドやっぱり負担なんですかね」
「それ、白河も言ってたけど多分逆じゃね?」

逆?と首を傾げれば本当にわかんねえの?と彼は呆れ顔。

「颯音の負担なんじゃなくて、白河の負担なんだよ」
「え?」
「二遊間なんて信頼関係があってこそ。颯音と同じレベルでやってくれる奴ならまだしもそれに劣るわけじゃん。颯音はポジション掛け持ってるとは言え、二塁に入れば白河と組める。けど、白河は試合の度に相手も、相手のレベルも変わる。それって、試合の度に繊細な調整が求められて…ふつーにキツイだろ」

そう言われれば確かに。

「颯音はそれに気づいてるから江崎と赤松を育てることにしたんじゃね?誰かが穴を埋めれるように。江崎が育てば颯音は今まで通りに。育たなきゃ、赤松を自分の代わりに置いてセカンドに専念するって感じだろうね。まぁ江崎が育ってくれた方が上もやりやすいだろうから…こうやってお披露目会を容認してんだろうな」
「…なるほど」
「白河も、やっぱそうやって勘違いしてんのかなぁ」

6回も出塁は許したが失点はなし。
ベンチに戻ってくる颯音に鳴さんが歩み寄る。

「ナーイス」
「どうも」
「ほれ、水」

ありがとうございます、と水を受け取る颯音のプロテクターを外しながらここまでの講評は?と尋ねた。

「講評?…特にないですよ」
「なんだよそれ、つまんね」
「できないわけないんですから」





試合が終わり、結果 7-1。
最終回のホームランはちょっと要らなかったな。
甘く入った変化球に対応された感じだからなぁ。
まぁけどそれを除けばこれと言って文句はない。
江崎も最初は緊張してるっぽかったけど、プレーは落ち着いていた。

「お疲れ」

駆け寄ってきた赤松の頭を撫でて「よかったよ」と呟けば彼はピタリと動きを止めた。

「最後のホームランだけ勿体なかった。変化球たまに甘く入るからそこだけかな、気になったの」
「は、はい!!」
「他は問題なし。集中して投げれてたし、後ろも楽だったんじゃない?アイシングは他の人に頼んで。お疲れ」

一方的に言いたいことを伝えて ぽんぽん、と頭を撫でてから江崎に駆け寄る。

「どうだった?」
「今までで1番、上手くいったとは思う。颯音が声掛けてくれるから落ち着けた」
「そりゃよかった。なんか、俺がいない時でも落ち着けるルーティン作っとくといいよ。江崎、落ち着けば問題なくプレー出来てるから」

おっけー、ありがとうと笑った彼に俺も笑顔で答えた。
あとは白河さんに話聞きたいな。

「玖城、」
「あ、はい!」

彼に声をかけに行こうと思っていれば俺を呼んだ監督。
一試合回してどうだ、という質問に問題ありませんと答えた。

「安心してできました。赤松も期待には応えてくれましたし。守備に関していえば、初めから心配はしてなかったです」
「そうか…」
「はい」

沈黙。
話終わったのか?いや、なんか考え事してる?

「……他の投手とも調整だけしておいてくれ」
「あ、え?」
「多田野にもしもの事があれば、お前でいく」

前話した時はほぼないって感じだったのに。
認めてもらえたのなら、それはそれで嬉しい話だ。

「わかりました。準備しておきます」

それに監督の言ったもしもには、多田野の怪我以外のことも含まれている気がした。

「……以上だ。撤退準備を、」
「はい」

そうだとしても、問題はない。
守れるものが増えただけの話。
俺としては、好都合だった。
きっと、鳴さんや向井には怒られるだろうけどね。




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