時間が過ぎるのは早い。
GWが終わったと思えば、息をする間もなく関東大会が始まった。
初戦を俺が投げ、2回戦では鳴さんが強豪 花崎徳丸を下した。
そして、迎えた3回戦目 打線の援護を受け 8-3で迎えた6回。
「玖城さん、」
「緊張してんの?」
マウンドに送られたのは赤松だった。
ベンチを出ようとしていた彼は少しだけ、と笑う。
公式戦に出るのは初めてだったか、と考えながら 彼のグローブにボールを収める。
「肩の力抜け。俺が言ったことは覚えてる?」
「後ろを信じて投げろ」
「正解」
とん、と彼の背を叩き、追い抜く。
「マウンドに立ったら、後ろを振り返るといいよ」
「え?」
「信じてるよ、」
外野の守備につき、マウンドに立った彼が後ろを振り返る。
打たせてこい、後ろは任せろと彼にかけられる声に 赤松が笑った。
1アウトが取れると肩の力も抜けたのだろう。
後の2人を三振で抑え、攻守交代。
かけられる声に彼は嬉しそう笑っていた。
結果試合は圧勝。
赤松の6者連続三振に ベンチの盛り上がりも異常だった。
まぁ、鳴さんは拗ねてたけど。
「急いで撤収ー!」
荷物を持ち、バスへと向かう皆の後を追いかけようとした時聞こえてきた声。
足は自然と止まっていた。
声の方を見れば俯く赤松とその先の通路に1年がいるのが見えた。
「いいよな、赤松は」
「多田野先輩のシニア時代のバッテリーなんだろ?」
「俺も正捕手とバッテリーだったら、今頃投げれたろ」
ずるいよなぁ、なんて彼らは笑っている。
赤松が聞いていることも、きっと気づいてはいないんだろう。
荷物を肩にかけ直し、赤松の横を通り過ぎ彼らに歩み寄る。
慌てた顔をした赤松だったが、俺を追いかけては来なかった。
彼らと顔を合わせるのは憚られたんだろう。
「面白い話、してるね」
「え!?」
「玖城先輩!!?!」
彼らの顔から色が抜ける。
サーッと顔を青くさせた彼らに 俺は首を傾げる。
「お前ら、なんで稲実に来たの?」
「え、」
「そんな、昔のバッテリーだから なんて理由でレギュラーになれる学校だと思って来てんの?」
彼らは口を閉ざした。
お互いに助けを求めるように彼らは顔を見合わせる。
「赤松、練習後も1人でシャドーしてんの知ってる?投げれない日でも 自分の投球の映像振り返ってるの知ってる?打撃投手も自分から手を上げてやってるのは?知ってるか?先輩だろうが臆さずに自分の投球はどうでしたか、って聞いて回ってることは? 」
「え、え…あの、」
「お前ら…アイツと同じだけの努力をしてるか?既に開いた差を埋める為にアイツ以上に…努力してるのか?」
はぁ、と自然と溜息が出た。
「どこに行っても、変わんないな。努力をしねぇ奴に限って、努力してる人に寄って集って悪意を向ける」
「お、俺たちだって!!」
「俺たちの何を知ってんですか!?」
そう反論しようとした彼らの名前を、フルネームで全員呼んでゆっくりと彼らの目を見た。
「もう一度聞く。お前らは、赤松に勝る努力してるのか?」
名前を呼ばれたからか彼らはより一層表情を青くさせた。
「……俺たちの、名前…なんで…」
「覚えてるよ、全員。稲実の選手だから。まぁただ、呼ぶ価値があるとは思わないけど」
なぁ、と首を傾げた。
「寄って集って、人を貶す暇があれば…何かできるんじゃねぇの?この1分1秒を 既に出遅れたお前らが無駄にしてて追いつけると思ってんの?」
もう何も言葉は返って来なかった。
俯く彼らに背を向けて、壁に背を当て泣きそうな顔をしてる赤松の手を引いて歩き出す。
「聞くだけ無駄だ」
「玖城、さん…あの、」
「お前の努力の結果だ。お前の努力を評価して、皆 お前にマウンドを託してる。お前は、何も悪くない」
ちら、と視線を彼に向ければ唇を噛んで俯いていた。
「赤松」
「っ、はい」
「……友達、だったか?」
彼は頷いた。
日本にいても、向こうにいてもある。
友達でもチームメイトでも妬み恨み敵意を向けてくる。
それが言葉であるだけ、まだマシだと俺は思うけど。
そう思えるのはきっと俺だけだろう。
足を止めて、自分が被っていた帽子を彼の頭に被せた。
そして、目元を隠すように引っ張る。
「揺らぐなよ。選ばれたお前が、悪いはずないんだ」
「っ、わかって…ます」
「けど、泣くなとは…言わないよ。裏切られるのは、辛い」
必死に抑えていたであろう涙が、彼の瞳から零れ落ちた。
「アイツらの前では、見せるなよ。強くあれ。俯かず、胸を張れ」
それ被ってていいよ、と声をかけ 再び手を引き歩き出す。
「遅ぇよ、颯音!」
「すいません。鳴さん」
俺の後ろにいる赤松に気づいた鳴さんに何も言わず首を振れば 名前を呼ぶのをやめて眉を寄せた。
「樹!」
「はい!どうしたんですか、鳴さん!」
「赤松、初登板で疲れたっぽいから。お前、一緒に先にバス入れ」
樹はちら、と俺を見て「わかりました」と頷いた。
「赤松、」
「はい」
「お疲れ。ゆっくり休め」
樹と共にバスに入っていく彼を見送り「で?何事?」と鳴さんが首を傾げる。
「友達に妬まれて…陰口をちょっと」
「あぁ…ま、1年生だしなぁ…」
「樹も昔のバッテリーだったってのもあって贔屓されてるって言われてた感じですね」
それを助けてきたの、と鳴さんが笑った。
「努力して掴み取ったからって、傷つくのは…違うでしょう?」
「そーだね」
「そういう悪意から、守る為に…俺が……Joker'sがあるんですよ」
カッコイイねぇ、と鳴さんが笑って 俺の頭を撫でた。
髪の毛を崩した彼は、颯音らしい言った。
「なんですかそれ」
俺知ってるんだよね。と鳴さんがバスに視線を向ける。
「知ってるって?」
「去年も、そーやって樹のこと庇ってた」
「え、」
あの頃はまだ鳴さんとはまともに話せてすらいなかったはずだ。
驚く俺に鳴さんは笑うだけだった。
「聞いてないです」
「今初めて言ったもん。絡まれてんなー、と思って雅さん呼びに行こうと思ったらお前が入っていったから。あの時はびっくりしたけど、今思えば 颯音らしいなって思う」
「…恥ずかしいんで、やめてもらっていいですか?」
お前の言う通りだよ、と鳴さんは俺の頭をまた撫でた。
「あの日お前が言った通り。稲実には未来がある。来年も再来年も、強くなくちゃいけない。その為にお前や樹がいて、赤松がいる。後輩たちがいる。……ねぇ、颯音」
「はい、」
「お前の仲間になるんだよ。皆」
俺の後輩に向ける感情の話だとわかった。
少し、悲しそうな目に 口を閉ざす。
「1年生って、稲実の未来を背負う奴らなんだよ。お前が守ってくれた樹や赤松と同じで」
俺がいる間に安心させてよと彼は言った。
「来年の稲実は大丈夫だって。来年もいいチームだって。俺に見せてよ」
「…はい」
「甲子園までの宿題ね。これ」
わかりました、と答えれば彼はにししっと子供みたいに笑って小指をこちらに向けた。
「指切りする?」
「子供っぽいですね」
「うざっ。いーじゃん、たまにはこういうのも」
絡まった左手の小指。
楽しそうに指切りの歌を歌った彼は「未来の日本のエースの小指がお前にかかってるね」と笑ったのだ。
「約束破って指を切られるのは俺の方でしょ?」
「2人ともに決まってんじゃん」
「…全力で、守らせていただきます」
うん、頼んだ。
彼はそう言って どこか安心したように笑ったのだ。
▽
「落ち着いた?晋二」
「はい、すいません」
「謝んなくていいって。お疲れ」
玖城さんって優しいんですね、と晋二は言った。
「そうだよ。近寄り難さはあるけどね。本当は誰よりも、優しいんだよね」
晋二は帽子を外し、その鍔をぎゅっと握りしめる。
「俺も、昔…助けられたことあるんだ」
「え、」
「1年生で 1軍だったの俺と颯音だけでさ。颯音は試合でも結果残してたけど 俺は試合には出たことなくて」
この1席を求める先輩達は幾らでもいた。
譲れと詰め寄られ、なんでお前なんだと言われることがあった。
俺も実際そう、思ってしまうこともあった。
「その時にね。颯音が、偶然通り掛かってさ」
後輩に詰め寄って脅すアンタら入れるくらいなら正当な努力をする未来ある存在を入れて当然だ。と3年生に向かって言ってのけたのだ。
あの時の彼の横顔はかっこよくて、少しだけ恐ろしいとも思った。
「稲実には未来がある。来年、再来年も 強くなくちゃいけない。今、お前らの醜い感情のために 未来をドブに捨てる指導者がいると思うか」
「っ、お前も!!生意気なんだよ!!」
「怒りは、原動力だ。今、それを人に向けて無駄遣いする暇があるなら アンタも来年、再来年の未来の為に練習に向けたらいいんじゃないのか?」
初めて一緒に試合した時から。
颯音は真っ直ぐで カッコイイんだよなぁ。
思い出しながら 笑ってしまった俺に晋二は釣られて笑った。
「俺、あんなに…見てもらえてると思ってなかったです。打撃投手の事とか…シャドーの事とか…」
「よく見てるでしょ?…それだけ、晋二に期待してくれてんだよ」
「っもっと、頑張ります」
もう大丈夫だろう、とバスの外に視線を向ける。
こちらを見ていた颯音に大丈夫、と伝えれば 安心したように笑い 鳴さんに声をかける。
「帽子…」
「後で返せばいいよ」
「…話しかけて、いいですかね」
大丈夫だよ、と答えて 「今日の投球、どうでしたかって聞いてみたら?」と付け加える。
「え…」
「投手として、捕手に意見求めるのは悪いことじゃないよ」
「っ!はい!」
夕飯の後。
テレビの前に2人の姿があった。
映像を巻き戻しながら何度も、丁寧に晋二に教えている後ろ姿を鳴さん達は嬉しそうに 安心したように眺めていた。
去年は、雅さん達が同じように彼と鳴さんを見ていたなと 少し思い出して口元が緩む。
颯音が言っていた通りだ。
未来の為に。
来年、再来年の為に 変わらず ずっと 繋がっているんだと改めて感じた。
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