明日の決勝の相手は白龍。
先発は平野さん、鳴さんは右翼でスタート。
そして俺は二塁として名前を呼ばれた。

この采配が意味することはわかっている。
白龍は今まで対戦したどのチームより、足がある。
足の揺さぶりで崩されるのは何も投手だけではないのだ。
その点言えば、平野さんのあのマウンドでの佇まいを考えれば最適解だろう。

「颯音、」

声をかけてきたのは神妙な面持ちの白河さんだった。

「言いたいことは、わかるぞ」
「はい、」
「だが、勝つ為の采配だ」

わかっている。
だが、わかっていても悔しさはある。
誰よりも、江崎の努力を見てきたのは俺だ。
この大事な一戦を任せられない、そう言われた気がした。

「颯音、ごめん」

俺に声をかけて、申し訳なさそうに彼は笑う。

「ベンチで、勉強させてもらうな」
「…あぁ、」

気遣うように白河さんが俺の背を叩いた。
そして、部屋で少しミーティングをしよう、と呟き歩き出した彼の後を追いかける。

「大丈夫だ、あいつなら」
「そこの心配はしてないですよ。同期に頭を下げられるような奴ですから」
「言ったろ?夏には間に合わせるって。本番はそこだ」

はい、と短く返して一度、江崎の方を振り返る。
同期に声をかけて練習に向かう彼の姿に、報われてほしいと思った。

「颯音は意外と人の為には怒るよな」
「そうですか?」
「自分のことは無頓着だ」

そこは否定しないですけど、と呟けば妙に優しい目が俺に向けられる。

「赤松のこと、助けたんだろ?」
「…何で知ってるか、聞いてもいいですか?」
「鳴が嬉しそうに話してた」

いや、そんなことだろうとは思ったけど。
別にそんな人に大々的に話すようなことでもないだろ。
部屋に入って、白河さんは「嫌そうな顔してるな」と俺を振り返り笑った。

「努力して、手に入れた栄光を…悪意に汚されるのが嫌いなんですよ」
「…あぁ、うん。そうだな、そういう考えはお前らしい」
「そうですか?」

あぁ、と短く答えた彼はリモコンを俺に手渡し、俺を隣に座らせた。
テレビ画面の中、偵察部隊が撮影してくれた映像が流れる。

「チームの塁間タイムは4.1秒」
「いつものテンポでの守備でも下手すればセーフでしょうね」
「リードもでかいしな」

神谷さんや倉持さんを常に相手し続けるような印象だろう。
二遊間での小さなミスで、きっと得点に繋がる。

「…遠慮なんかしてたら、食われますね…」
「元から遠慮なんかするつもりないだろ」
「まぁ…はい。今回は特に、ですね」

ある程度の盗塁は目を瞑る方がいいだろうか。
平野さんなら大崩れはないだろうし、樹も肩が弱いわけじゃない。

「話は少し変わるが…これは、まぁ。単純な興味なんだが、」
「はい?」
「颯音はどこのポジションをやるのが一番楽しいんだ?」

白河さんがこうやって聞いてくるのも珍しい。
そう思ったのがわかったのか、彼は少し気まずそうに目を逸らした。

「本当に、こだわりはないですよ。野球が出来ているだけで、幸せだと思ってますし」
「そう、か…」
「けど、そうですね。なんだかんだ、捕手が…一番好きだったかもしれないです」

目を丸くした彼に、意外でした?と首を傾げれば彼は迷わず頷いた。

「理由を、聞いても?」
「捕手だけ、なんですよ。全員を見ながら野球が出来るのって。皆と野球してるぞ!って思うのが…結構、この間の赤松と組んだ時に改めて好きだなぁって思いました」
「そうか、」

皆さんに背中を預けて戦うのも好きですけどね、と付け加えて流れていた映像を止める。

「ぶっちゃけ、今。稲実で野球ができるならどのポジションだっていいんですよ。けど、やっぱり江崎の努力を知ってるから悔しいとは思いますけどね」
「あいつの分も、頑張るしかないな」
「それは勿論」





「またかよ」

関東大会決勝。
玖城は二塁を守っていた。

「また見てるのか、」

通りすがりの先輩が画面に映る玖城を見て笑った。

「べっつにー」

彼を知ったのは去年だった。
彼が怪我をしたあの試合。
一目見て、心奪われた。
今までどうして無名だったんだ、って思うくらい彼のコントロールは魅力的だった。
俺と同じ、ボール1個分の出し入れができる精密なコントロール。
球種、球速も申し分ない。
そんな男が、たった1試合で怪我をして離脱したのだ。
運がなかった、と思い込もうとしたし、あの時はそうできた。
けど復帰してからの彼は、自らそのリスクを高めていく。
外野までなら許せるが、二塁に捕手?
なめてんだろ、と舌打ちをしてしまいたくなる。
いや、ぶっちゃけ何回もした。

「けど…上手いんだよなぁ」

あの白龍相手にあの守備。
読みも良ければ、守備範囲も広い。
白河さんとの相性も良いのだろう、あんなバックがいたら俺もさぞかし信頼していただろう。
だが、それでも気に入らないのだ。
携帯のメッセージアプリの1番上にピン止めしてある彼の名前を押す。

『もしもし』
「お疲れさん。おめでとう」
『あぁ、ありがとう』

騒がしい彼の後ろの声が薄れていく。
きっと、場所を変えたのだろう。

「なんでまた二塁?」
『白龍相手だったから、かな』
「…そーかよ、」

まぁ、わかるけど。
わかりはするけれど、理解できることと納得がいくことは別物だと 玖城と接して身に染みて学んだ。
気に入らないんだろ、と電話の向こうの彼が笑う。

「よくわかってんじゃん」
『俺が投手やってないとき毎回言われたらそりゃね』
「ま、仕方ねぇとも思ってるけどさ」

きっとどうにもならない押し問答になるのがわかってるから「そういや」と話題を変える。

「東京の選抜代表ってお前のとこ集まるんだろ?」
『代表?』
「何?知らねぇの?」

6月にあるアメリカの選手との試合のことを話せば「あぁ、あれか」と彼は呟いた。

「うちの乾さんもそっち行くからよろしくな」
『何をよろしくするんだよ。けど、そうか…あれ、この時期だったのか』
「なんだ知ってたんじゃん」

忘れてたけどね、と彼は言った。

『他誰が参加すんの?』
「俺参加しねぇしあんま知らねぇけど。青道の御幸とか」
『へぇ…』

俺らも代表でいつか一緒にやるかもな、と言えば「受けてやろうか?」と彼は笑う。

「そんときゃ頼むわ。お手並み拝見ってね」
『まぁ…けど、当分無理かもな』
「なんで?来年には、『あ、悪い。ちょっと呼ばれたわ。またな』ちょ!?…はぁ?」

切れた電話を見つめ溜息を吐く。
来年になりゃ、俺もあいつも確実に代表になるだろうに。

「ま、いっか。乾さんに玖城がどんなだったか聞こう」





「悪ぃ、電話中だったか?」

申し訳なさそうな神谷さんに大丈夫ですよ、と答える。

「今日はお疲れ」
「鳴さんも。さすがの8.9回でしたね」
「そりゃね」

機嫌よさそうに彼は笑って、ちょっと話し合いしたくてと真剣な顔をした。

「東京の選抜選手がここに集まるんだけど」

タイムリーな話だな、と先ほどの向井との会話を思い出す。

「これに俺と鳴、カルロス、山岡が参加する。で、練習場所がここ」
「お前らも練習相手として駆り出されることになるんだよね。詳しくはまた改めて監督から説明があると思うんだけど。今回颯音には捕手として動いてほしいと思ってる」
「捕手ですか?」

ちょっと意外だった。
俺が好きだって言ったから?
いや、さすがに違うか。

「正直、関わんないでほしいってのが本音だけど。それは無理じゃん?」
「まぁ、そうでしょうね」
「俺的にね、あんまり研究材料をやりたくない。けどお前には研究材料を与えてやりたい」

だから捕手、と白河さんが言った。

「捕手として出られるってことはまぁ、知られても問題ないだろうってのが俺らの意見。赤松と組んで試合もしてるしな」
「わかりました。俺としては特に、問題はないです。これから当たるかもしれない選手の投球が見られるなら悪いこともないですし」
「颯音ならそういうと思ってた。たーだーし!1個約束して」

鳴さんが肩をガシッと掴んだ。

「青道からは一也が来るから!あんまり関わんな!」
「あー…」
「いや、もう一也だけじゃなくて。他の選手もマジであんまり関わんないで」

捕手やるのにそれは無茶では?と呟けば鳴さんの傍らにいた2人が笑う。

「笑うな!だって、お前すぐ他校の奴に絡まれるじゃん」
「好きで絡まれてるわけじゃないんですけど…」
「言い訳すんな」

えぇ、と声が漏れたのは仕方ないことだと思う。
疑ってるとかそういうのじゃないからまだ良いけれど。

「嫉妬してんだよ」
「嫉妬?」
「最近お前、電話のお友達にぞっこんだから」

耳打ちした神谷さんがにやりと笑う。

「別にそういうわけじゃ、」
「気が合うか?向井太陽と」
「……言いましたっけ、俺」

この間聞こえた、と彼は言って悪戯が成功した子供みたいに笑って鳴さんの方に視線を向けた。

「鳴にはバレんなよ」
「…わかってますよ」
「けど、お前に友達がいるって。なんか嬉しいぜ?俺はな」

なんで仲良くなったか聞かせろよ、と悪戯に成功した子供みたいに彼は笑った。




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