放課後。
少しだけ、稲実野球部は落ち着きがなかった。
「颯音、お前はあんまり出てくるなよ」
改めて釘を刺した鳴さんに「それ何回目ですか」と笑う。
「何回言ってもお前聞かないじゃん!」
「はいはい。気をつけますよ。御幸さん迎えに行くんでしょ?そろそろ行った方が良いんじゃないですか?」
「お前本当にわかってんのかよ、もー」
不服そうにはしていたが、彼は先に歩いていた白河さん達を追った。
彼とすれ違う見慣れない制服の生徒たちが案内されるのを眺めていれば、俺を見て足を止めた人がいた。
会釈をしたかと思えば、辺りを見渡してから彼はこちらに歩み寄る。
「いつもうちのが世話になっている…玖城」
「えっと…?」
見覚えがある人ではあるけど、関わりあったっけ?
そう考えながら制服から肩にかけたカバンに視線を動かす。
TEITO……?帝東…?
て、ことは向井のところか…?
「あ、乾さん…?」
「あぁ。帝東の乾だ。改めてよろしく」
差し出された手を握り返し「玖城です」と返せばよく聞いてると彼は少しだけ笑みを浮かべた。
「向井からですか?」
「あぁ。暇があれば玖城の試合の映像を見て…「文句を言ってます?」…あぁ」
「電話の時もそんな感じです」
鬱陶しければ無視していい、という彼の言葉に大丈夫ですと笑った。
「俺は、意外と楽しんでるので。少しの間ですけど、宜しくお願いします」
「あぁ。よろしく」
控え室の場所を案内して、こういうのが良くないんだろうなと少しだけ思った。
関わる気がなくても、こういう風に話したりしてるから鳴さんは嫌なんだろう。
まぁ、嫌と言われても正直避けられないというかなんというか…。
「颯音」
「樹?」
「一旦捕手で集まりたいんだけど、いける?」
大丈夫だよと答えて、後ろから聞こえてくる鳴さんの声に振り返る。
4人の後ろに歩く御幸さんと目が合えば、彼は「あ!」と声を零した。
「今日の流れの確認?」
「そう。御幸さん、颯音に手振ってるけど…」
「気のせい。ほら、行こう」
彼らに背を向けて歩き出す。
「そういや見た?」
「何を?」
「明川学園の楊さんいた」
楊さん?と首を傾げれば青道と戦ってたコントロールが凄い投手、と樹が答える。
「あー…留学生で〜って話してた?」
「そう。ちょっと颯音に投球似てるよね?」
「まぁ、コントロール重視だし。系統は一緒かも」
気になったりする?という質問には迷わず首を振る。
「ある程度自分のやり方は見つけてるし、同じ系統の人から学ぶことはないかな。どちらかと言えば系統が違う人から学びたいかな」
「例えば?」
「んー…梅宮さんとか?」
さっき見かけたと言えば、樹が額を摩る。
あの日の痛みを思い出すのは、どうやら俺だけではないらしい。
「ほら、行こう」
「あ、うん」
額から手を離した彼の額を指で弾けば「痛いっ」と樹がまた額を抑えた。
「大丈夫だよ」
「え?」
「俺も鳴さんもちゃんと前に進んでるから」
樹は目を瞬かせてから、ふっと表情を綻ばせた。
「知ってるよ」
「そ?」
「2人だけじゃなくて、俺たちもだから」
▽
「え、」
「おい、嘘だろ…?」
ブルペンがざわつく中、その原因である颯音は涼しい顔をしてキャッチャーミットを取った。
「え。なになに。どういうこと?」
一番に口を開いた一也に、颯音は一度視線を向けたが気にした様子もなく傍らに立っていた樹に声をかける。
「まさか、本当だったとは…」
そう呟いた乾に颯音はやっとこちらを振り返り笑った。
なんで乾は知ってるんだろう?
あの練習試合がどこかから流れたかなぁ。
まぁ野球やってれば繋がりは増えるし珍しいことではないか。
「諸々言いたいことはあると思いますけど、本職の皆さんに見劣りはしないと思いますよ」
「最初俺とやる?颯音」
「それじゃいつもの練習と変わらないですよ、鳴さん」
皆疑ってるから、と言えばぐるりと周りを見渡してから彼はわかりましたと呟き、俺の向かい側にしゃがんだ。
「温まってます?」
「俺を誰だと思ってんの」
「俺のエースです」
恥ずかしげもなくそう答えた彼がミットを構える。
「じゃ、ならしのストレートから」
「はい」
パァン、と気持ちの良い音が静かなブルペンに鳴り響く。
やっぱ、颯音はいい音させる。
緩みそうになる口をグローブで隠せば、彼は俺と目を合わせすっとその目を細めた。
「ご機嫌ですね」
「ししっ、よくわかってんじゃん」
何球か颯音に投げ込めば、皆もわかったんだろう。
最後のチェンジアップを綺麗にミットに収めたところで、静止の声がかかった。
「玖城くんって本当に何でもできるんだね」
そう声をかけた一也に颯音は「あんまり俺に近づかないでください」と答えて一歩後退りする。
「直球だね!?」
「嫌な記憶しかないので」
「ひどいなぁ。俺は仲良くしたいけど」
俺はしたくないので、ともう一歩後退り、梅宮に視線を向けた。
「聞いてると思うんですけど、最初のバッテリーは俺なので」
「おう」
「やってみて、不満があれば交代するので言ってください」
言わせる気はないですけどね、と微笑んだ颯音に梅宮が少しだけ、口元を引き攣らせた。
あぁやって静かに相手を煽る颯音って、やっぱりいいなぁ。
自分の力を信じている。
だからこそ、言えるあの言葉。
昔はあれが凄くムカついてたりしたけど、今になってみれば凄く好き部分だったりする。
ニヤけそうになるのをグローブで隠しながら、自分に歩み寄った乾によろしくと声を掛けた。
「あの時とは、別人じゃねぇか」
「えぇ、おかげさまで」
聞こえてくる颯音の声が、心地よかった。
▽
「お疲れ」
「お疲れ様です」
最後、梅宮さんからボールを受け取りミットを外す。
「…お前は?投げねぇの?」
「あぁ、はい。皆さんがいる間は」
「ふぅん…随分と大事にされてるみてぇじゃねぇか」
そうですね、と答えれば彼は面白くなさそうに眉を寄せた。
「そうだ…あの、ベンチにいらっしゃった車椅子の方って…」
「南朋か?あいつがどうした?」
「いや…試合を見返してて気になって…怪我ですか?」
事故でな、と梅宮さんは視線を逸らした。
あの試合の時は全く見えていなかった。
彼らのベンチにいた車椅子の青年。
あの時、気づいていたとしてもあまりいい影響はなかっただろうとは思うけど。
「…あいつが気になんのか」
「そうですね。自分も、結構怪我を経験してきたので」
「戻ってこれてんだから、お前とは違ぇよ」
苦虫を噛み潰したような表情をした彼から目を逸らした。
そうか、あの人は戻れなかったのか。
医者を変えても?リハビリをしても?
凛とした表情であそこにいたあの人なら、出来うる限りは尽くしてきたのだろう。
そして、どうしても戻れないから指導者やサポートする道を選んだろう。
「……そうですね。戻れてる俺とは違いますね」
すいません、と小さく頭を下げて 1つ息を吐く。
やめよう。
思考が、感情が、引っ張られる。
聞かなきゃよかった。
けど、聞かずにもいられなかった。
嫌な性だ。
「いや、悪ぃ。俺も言葉が悪かったわ」
「いえ、その通りだと思いますよ。結局、そこが全てですから。戻れた人間に、戻れなかった人間の辛さはわからない」
玖城さん!と赤松が俺を呼ぶ声がした。
「一生、相容れることなく、そして理解し合うことは出来ないですよね」
「……は?」
「お疲れ様でした。呼ばれてるみたいなので、これで失礼します」
監督が呼んでます、と俺に声をかけた赤松に一言お礼を言ってブルペンを出る。
野球を続けられている俺に、続けられなかった人達の気持ちはわからない。
贖罪のように野球を続けても、彼らにしてみればそれすらも悪意に見えているかもしれない。
「結局、これも…自己満でしかないもんなぁ」
分かっていたことだった。
それでも進まねばならないと思っていた。
「……あいつはどう思うんだろうなぁ…今の俺をさ…」
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