「すまないね、颯音」

電話の向こう、Alfredは申し訳なさそうにそう言った。

「いえ、構いませんよ」
「鳴くんとは今じゃない方がよかったんじゃないのかい?」
「…そうですね。けど、うん。無様な姿はきっと見せないですから」

あぁ、君らしい。
Alfredはそう言って笑った。

「到着は明日でしたっけ?」
「今晩だよ」
「かしこまりました」

ちら、と監督の方を見ればこくりと頷いた。

「到着し次第連絡をください。明日の朝から合流します」
「あぁ、よろしく。皆君のことは知ってるし…喜ぶよ」
「そうだといいんですけどね」

電話を切れば「問題ないか」と監督は俺に尋ねた。

「はい、問題ありません。空港に着き次第連絡をくれるようなので。明日の朝から合流します。それまではこっちに」
「そうか、」

少しの沈黙の後、気持ちに問題はないかと監督は俺を真っ直ぐ見つめて言い直した。

「鳴さんと戦うことですか?」
「…それもある」

言葉に含まれた真意に気づいて、口元が緩む。

「大丈夫ですよ。今は、凄く……このチームにいられてよかったと思ってます」

監督は何も言わずに頷いて、コキといつもの癖なのか首を鳴らし背を向けた。

「失礼します」

外に出れば、俺を呼びに来てくれていた赤松が立っていた。
目が合うと直ぐに目を逸らしぺこりと頭を下げる。

「あ、の…」
「うん?」
「この後、投げます…よね?あの……ご一緒しても…いいですか…?」

俯いていた顔が僅かに上がり、俺の様子を伺うように不安げな瞳が揺れる。
後輩にこんな顔をさせてしまっているんだなぁ、と大きな背を丸める彼を見ながら少し申し訳ないと思った。

「…昼間投げれてないから、あんま見てやれないよ」

俺の言葉に彼は勢いよく顔を上げて、その表情を綻ばせていく。

あぁ、知ってるな。
野球を教えた子供たちも、こんな風に花を咲かすよう笑う。

「今日の打撃投手で投げてる時、後半がやっぱりボール甘く入ってた」
「え?」
「体力的な問題かなぁ、とは思うけど。肩の振りが甘くなる」

歩き出しながらそう伝えれば彼は慌てて隣に並ぶ。

「去年あんま投げれなかったんだよね?多分それで落ちてんのかなぁって」
「筋トレは、その!してたんですけど…」
「筋力は上がってるから、球速とか球威は上がってるんじゃない?」

それは確かに、と彼は自分の手を見る。

「イメージとすれば、今までは100あるHPを10ずつ使って投げてた感じ?で、今は120あるHPを20ずつ使ってる」
「…10回が6回に減ってる…」
「そう。全体像で見れば伸びてるし、1回あたりで見てもいい成長してる。樹にも言われたろ?球速くなったって。けど体力と筋持久力が、投げれなかった間につけたパワーに追いついてない」

それってどうすれば、と呟いた彼に少し「あー…」と何とも言えない返事を返す。
真っ直ぐ視線が刺さるのを感じながら、鳴さんとした約束を思い出した。

「玖城さん…?」
「うん、…投げるの今日は抑えめで」
「え?」

とりあえず、投手リーダーの平野さんには伝えておくか。
あとは、フィジカルコーチあたり。

「俺がやってるフィジカルトレーニング、一緒にやるか」

彼の足が止まった。
それに気づかず数歩先に進み、振り返れば彼の垂れた瞳がまん丸になっていた。
お前でもそんな顔するんだね、と頭の中で鳴さんが笑っていた事を思い出す。
人は驚くと本当に目を丸くさせるらしい。

「……お前のこと、お前らのこと。嫌いなわけじゃないよ」

左肩に爪を立て、視線を明後日の方向に向けて そして大きく息を吐いた。

「あんま、説得力ないだろうけど」
「い、いえ!あの、俺……っ」
「ただまぁ、お前らとの距離を測り損ねてる…というか、うん。悪い」

もうちょい時間はかかる気がする、と呟けば彼は「大丈夫です」と首を横に振りながら答えた。

「嬉しかった、です。あの……この間助けてくれたことも…初めての公式戦の時かけてくれた言葉も…だから、あの。なんていうか……なんて言えばいいか分からないんですけど…俺は、大丈夫です」
「うん、ごめんね」





梅宮とのバッテリーの感想を聞こうと一也を見送ってから颯音を探していた。
1度ブルペンで投げてたけど、その後の行方がわかんない。
どうせどっかで隠れてバットでも振ってんだろう、と思っていれば 室内練習場の前に人だかりを見つけた。

「何してんの?」
「成宮さん!!」

そこにいたのはレギュラーじゃない1年生が主だった。
彼らの視線の先を覗き込めば颯音と赤松の姿がある。

「インターバル終了10秒前……5、4、3…スタート」
「っ、はい」

あれって颯音がやってるフィジカルトレーニングじゃね?
低負荷で短いインターバルのやつ。
くっそキツいから俺苦手なんだよなぁ…

「どういう状況?」
「さっきまで俺らがその、練習してて…入れ替わりで2人が…」
「へぇ、」

珍しいこともある。
というか、初めてじゃない?
しかもあのフィジカルトレーニング、基本的に人前でやってないから 赤松から声かけることはない…よね?
て、なったら どういう経緯かわかんないけど颯音が声掛けたってことでしょ?

「やり始めてどんくらい?」
「え、と…今2セット目です」
「ふぅん…?……颯音ー!俺も入れて」

インターバルに入ったタイミングを見計らって声をかければ余裕そうな顔な彼は顔を上げた。

「…いいですけど。赤松の限界きてからでいいですか?」
「うん、おっけー。頑張れ、赤松」
「っ、はい」

明日は筋肉痛だろうね、と笑えばそうでしょうねと颯音が軽く答えた。

「スタートするよ」

ストップウォッチ片手に初めようとする彼に手を伸ばせば、その意味が分かったのか掌にストップウォッチが乗せられた。
その時触れた小指。
結んだ小指を思い出したのは俺だけじゃないんだろう。
目を合わせた颯音は少し気まずそうに目を逸らした。

「颯音はさー、」
「なん、すか…」
「結構そういうとこあるよね」

言いたい事の意味が分かったんだろう。
余計なこと言わなくていいっす、と少し口調が崩れた。

「俺、今日すっごい気分がいい」
「そうでしょうね。イケメンが台無しなくらい、だらしない顔」
「うっざ。うっざいけど、今は許したげる。てか、何でもお願い聞いてあげたいくらいよ?俺」

じゃあ黙ってください、と言った颯音に「これどう思う!?」と赤松に話を投げる。

「え、どうって…なんか、えっと、仲良い……ですね?」
「うん!とっても」
「……どうだか」

はい、インターバルと声をかければ「なんでそんな普通に話せてるんですか」と赤松は途中言葉を詰まらせながら言った。

「こいつ。これいっつもやってんの。隠れて」
「隠れてないです。皆さんがいない時間にやってるだけで」
「それを隠れてるって言うんだよ」

去年からこうなんだよ、と笑ってやれば 赤松は少しだけ緊張が緩んだのか笑みを浮かべた。

「秘密主義だし!表情変わらないし!怒ると怖いし!」
「怒らせてるの鳴さんじゃないですか」
「いや、そうなんだけど。あ、スタート」

ちゃんと測ってください、とちくりと呟いた彼にうるさいなと返しストップウォッチに視線を落とす。
不思議な感じがする、この3人でいるの。
やっぱり緩む口を隠せば、俺を見ていた颯音が気まずそうにまた目を逸らした。


途中で赤松の交代し、颯音のノルマを終える。
相変わらず涼しい顔をしてる颯音に赤松は驚いていた。

「こいつ、体力おばけなの」
「…言い方」
「事実でしょ。それで最初大変だったし」

あぁ、そういえば なんて彼は薄く滲んだ汗を拭う。

「とりあえずメニューの内容は今日やった感じ。本当はもうちょいセットやって欲しいけど多分当分無理だから」
「…体痛いです」
「知ってる」

少しずつ増やしていって、と伝えて颯音は時計を見た。

「まだなんかやんの?」
「バットだけ振りたくて。赤松はこれで上がりな。しっかりストレッチして、湯船にちゃんと浸かること。あとプロテイン」
「あ、はい!!」

鳴さんはどうします?という言葉に この後は樹とミーティングと答える。

「了解です。じゃお疲れ様でした」
「あ、ありがとうございます!!」
「いや。あ、そうだ…」

室内練習場から出ようとしていた彼が足を止めて振り返る。

「大体、10時過ぎから空き部屋でやってる」
「え。」
「来たければまた声掛けて」

さら、と言い残して出ていった彼に赤松の表情はみるみる緩んでいく。

「よかったね」

そう声をかければ彼はそれはそれは嬉しそうにはい!と答えた。
相変わらずっつーか、なんつーか。
彼のにとっての許せる範囲に入れた相手には激甘っていうか。
無意識に甘やかす?っていうの?
あ、たらし込むのが上手いって言えばいいのか?

「……ずるい男」

それでも本当の心の内はさらけ出してはくれないんだけどね。
ま、それでも いい傾向ってことだろ。




戻る