稲実にいる彼は穏やかな表情をする。
そう感じたのは私だけではなかったはずだ。
それがLeo達にとっては、焦燥や嫉妬を生んでしまっていることも気付いていた。

高校3年間を日本で過ごすと決めた彼は、時々稲実での試合映像を送ってくれるようになった。
そこに映る彼は、地獄など知らぬ どこにでもいる学生に見紛うほど穏やかに笑っていた。
Joker'sにいる時も彼はよく笑う。
共同生活をする家の中でも、笑顔でいることが多い。
だがそれとはどこか違うものだと直感的に感じていた。

だから驚いた。
ベンチに座るメンバーを前にして、彼がその笑顔を捨てたのだから。
Joker's ace、そう呼んだ瞬間に 彼の纏う雰囲気が変わった。
わざと敵を作るような言葉を選び、一方的に話を切り上げた彼は帽子を深く被り直す。

「Hey.颯音」
「なんだ?」
「俺たちは颯音のことをよく知ってる。けど、君は違うんじゃないか?」

顔を合わせたのは今朝だ。
颯音と顔を合わせた時の彼らの驚き方は凄かった。
颯音という存在が、それだけアメリカでは大きいのだ。

「気遣いありがとう。えっと、カーライル…であってるよね?けど大丈夫だよ」

名前を呼ばれたことに驚く彼を他所に颯音はグローブを手にベンチを出る。

「昨日君たちが、日本チームの試合を見に行ってる間に映像は貰って全然頭に入れてある。映像ではわからないものもあるだろうから、アップで調整はさせて」
「ハハッ、流石はJoker'sと言うべきかい?」
「ここは誰かを蹴落として座ってる椅子だ。最大限の敬意を持ってやらせてもらう。……俺は、犠牲にしてきた人達も黙らせる準備をしたまでだよ」

またベンチがしんとした。

「他には?何か言うことがあれば先に聞くけど」
「あー…そこまで言われて、言えることなんかあると思うか?」
「そう?それじゃ始めよう」

玖城颯音という男を、私はよく知っている。
彼の強さは 野球の技術や頭の良さは勿論のこと 何よりもこれだ。
他を圧倒する事の出来る、黙らせることの出来るこの 雰囲気。

Joker'sを作ると決めた時、私の元へ訪れた時から彼は独特の雰囲気を持っていた。
その雰囲気に努力が混ざり、経験が混ざり、自信が混ざり、そして実力が混ざり。
結果彼は、唯一無二のJokerになったのだ。
彼にもJoker'sの子達にも言ったことはなかったが、颯音が日本に行くことは 彼にとってマイナスになると思っていた。
日本の野球は優しい。
礼儀を重んじ、スポーツマンシップを遵守するその姿勢はとても尊敬できるけれど 俺達の目線から見れば生ぬるい。
その生ぬるい、ぬるま湯に浸かり続ければ 颯音が持つ唯一無二のそれが失われてしまうと 損なわれてしまうとどこかで思っていた。

「…そんな心配は、なさそうだ…」

その目が、その表情が、その態度が、物語る。
Joker'sのエース Hayatoは揺らがないと。

チームメイト達とグラウンドに出る彼を見送り、隣に立つ監督に視線を向ける。

「彼は、別格だな」
「私も、驚かされてばかりですよ…」
「ここのところ、試合出ていないと思ったら…日本にいたとは」

野球を学んでいるんです、と言えば監督は末恐ろしいと呟き笑った。

「あれだけの実力があり、まだ求めるのか…」
「颯音はそういう男なんです。恐らく、ずっとそうなんです」

彼は歩みを止めない。
これまでも、これからも。
何になりたいのか、どうなりたいのか。
そんなものきっと彼は何も考えていないんだろうけど。
止まってはいけないと、自分を責め立て続けているんだろう。





なんだが、まるで知らない人を見ているようだった。
見慣れないユニフォームと見慣れないキャップ。
英語でチームメイトと話すの横顔。
俺が映らない彼の瞳はいつもより幾分が鋭い気がした。
英語はわからないけど赤松と組んでいた時の円陣で見せたような強めな口調で話し、身振りを交えながら 指示を出すその姿は本当に俺の知らない人のようだった。

「あれが、Joker'sのエース…」

チームに合流してからどれくらい経った?
プレーを合わせる練習だって、まともに出来ていたか定かじゃない。
なのに彼は既にチームの中心にいた。

「多才な、選手だな。玖城颯音というのは」

今日バッテリーを組むことになった乾が隣に並び、同じように颯音に視線を投げた。

「…ほんとにね。毎度毎度驚かされてばっかりよ、俺も」

まだ俺の知らない彼がいる。
彼が積み上げてきた物を、少し知ったくらいじゃ足りないってことか。

「アイツは、軽々と俺の想像を超えてきて 余裕そうに笑うんだよ。腹立つよね。…けど、アイツ以上に頼もしい奴はいないんだよね」
「信頼しているんだな」

迷わず うんと答えた。
信頼してる。
だが、彼の今の姿を目の当たりにして思った。
アイツからの信頼に、俺は応えるのに十分なんだろうかって。
アイツはのエースでい続けるには、まだまだ成長し続けないといけないって。

「キャッチボール、付き合ってくれる?乾」
「あぁ、」
「最初から本気でいかなきゃ、多分喰われそうだから」

初めてだよね。
颯音が真っ向から俺に向き合ってくれたの。
入部した時からなんだかんだ、お前俺と戦おうとしなかったじゃん?
だからさ、俺 今すげぇワクワクしてる。

「エースとして、意地を見せなきゃね」

お前のエースとして、恥じぬように。


試合開始前の整列。
礼をした後に颯音は1度だけこちらを見た。
やはり幾分か鋭い視線が、ふっと和らぎ彼は微笑む。
そんな彼に声をかけようとすれば、颯音の隣にいたガタイのいい選手が声をかけた。
そちらを向いた彼の目はすぐに鋭さを取り戻し、聞き慣れない英語が耳に届く。

「英語喋れるのは知ってたけど。マジで別人って感じだな」

カルロがこそ、と俺に耳打ちする。

「あれがホントの姿でしょ」
「え、」
「ねぇ俺すげぇワクワクしてんの。早く戦いたい」

俺の言葉にカルロは目を瞬かせ、そして吹き出した。

「なんだよ」
「てっきり、怒るのかと思った」
「なんで?怒る必要別になくない?」

お前からその言葉がでるなんて、と彼は笑う。

「何笑ってんだよ」
「いーや。ま、楽しもうぜ?」
「当然」





初回、両チーム共に掲示板に0を並べてた。
2回で回ってきた自分の打席。

樹が俺に似てるとか言ってたよな、確か。
まぁ見るからにコントロールは良い。
これならリードするのは楽しいだろうなぁ、なんて。
他のことを考えながら振り抜いたバット。
上手くすくい上げたボールはセカンドの頭上を超えていく。

「あ、球種見せてあげた方が良かったか」

1塁ベースを踏みながらそんなことを思わず呟けば、御幸さんがその声を拾っていたのか笑い出した。

「玖城くんってさ、一体何者?」
「ただの学生ですよ」
「アメリカ代表に選ばれちゃうただの学生なんかいないでしょ」

まぁ、言いたいことはわかるけど。

「今回帯刀してるコーチと知り合いなだけです」
「知り合いねぇ…」

詮索するような目に帽子を被り直し視線を逸らす。

「てか、俺が何であっても御幸さんには関係ないですよね?」
「俺に対して、当たり強くない?前から思ってたけど」
「人の関係拗らせるのが好きな人、誰が好き好んで仲良くします?」

そんなつもりないんだけどね、なんて彼はまた笑った。

「随分と仲良くなったみたいだね、鳴と。前はあんなだったのに」
「御幸さんって友達います?」
「え、」

人間関係築くの苦手そうですね、と笑ってやれば彼は口元を引き攣らせた。

「人って歩み寄れるんですよ」

大きくリードをとって、打席に立つスティーブンに視線を向ける。

「俺も最近知りましたけど」






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