続く2人はアウトに抑えたが。

「2点差か」
「まぁワンチャンでひっくり返せるだろ。このまま気分よく米国には帰さねーよ」
「… 颯音がいれば余裕なんだけどな」

間違いない、と笑いながら守備位置につく颯音を見る。
2点差。
まんま、あいつのホームラン2本分ってことだ。
まさか鳴から打つとは思わなかったけど、意外にも上機嫌に鳴はマウンドから帰ってきた。

「俺、正直打たれたら鳴が怒ると思ってたんだよなぁ」
「…わからないでもないけど。結局、打たれる屈辱よりも本気で向き合ってくれる嬉しさが勝ったんじゃない?」

確かに、そうかもしれない。

「ずっとニヤケ面だもんなぁ、鳴」
「ま、喧嘩してるよりはマシでしょ」
「違いない。鳴もお前もな」

押し黙った白河に俺は堪らず笑ってしまった。

「良かったじゃねぇか、二遊間は特別だってよ?」
「黙れ」
「おー、怖っ。まぁ、ちゃんと2点取り返して… 颯音のことも返して貰うとするか」

俺と白河、そして颯音。
3人で繋ぐから意味がある。
鳴にとって、颯音がどれだけ特別なのかはわかってる。
けど俺たちにとっても、彼は特別なのだ。
別人の顔して敵チームにいられるのも、正直いい気分はしない。
鳴ほど取り乱しもいないけど。

「さーて、」

第一目標は塁に出ること。
白河なら、きっと上手く俺を返してくれる。
その後の御幸がどこまでやれるかはわからないけど。

「うちの王様の為に、いっちょやりますか」

気合いを入れた甲斐もあり、俺の打った打球はセンター前へ落ちる。
一塁で俺を迎えた颯音は幾分か鋭かった目を解き、お疲れ様ですと笑った。

「流石に2打席目はやられてくれないですね」
「そりゃあ。うちの王様が逆転をご所望だからなぁ」
「それは仕方ないですね」

だろ?と言って 大きくリードをとる。
後ろに颯音がいると思うと、いつも以上に緊張する。
一塁をやってる颯音は初めて見たな、そういや。

「おっ、結構スローリー」

コンラッドのセットポジションからの投球は 少し遅く感じる。
だが、座ったまま投げられた牽制球にギリギリ一塁に戻ることになった。

マジ?座ったまま一塁に届くのかよ。
しかもあのコントロールで。

「すっげぇわ、米国」

自然と零れたその言葉にそうでしょう?と颯音は答えた。

「面白い人達ですよ」
「俺達もよりも?」
「え?」

きょとりとした彼はすぐにそんなはずないですよと微笑む。

「稲実は特別です」
「そりゃ、一安心。ちゃんと帰ってきて貰わねぇと困るんでな」
「鳴さん怒ってるんですか?」

全然、と答えて もう一度リードを取る。

「けどさ!お前を取られたくねぇのは、アイツだけじゃねぇんだ!よっ!」

2球目、迷わず走り出し危なげもなく2塁に到達。
わぁと歓声が沸き、コンラッドも驚いたように振り向いた。
お前が思ってるより、お前は俺たちにとっても特別なのだ。
きっと気づいちゃいねぇだろうけど。
驚いた顔してる颯音にブイサインをしてやれば、彼は困った顔をしながらも穏やかに笑っていた。

続く3球目。
白河の打球は1.2塁間を抜け、その隙に3塁を蹴りホームへ滑り込む。

「ナイスラン」
「とりあえず1点!!このまま一気にひっくり返しても構わねぇぜ!」

颯音ならそうする、と笑って 御幸とハイタッチをする。
ベンチで俺を迎えてくれた梅宮ともハイタッチをして バッターボックスに立った御幸を見た。

ここで颯音なら確実に、白河を送れる。
いや、樹だってやれる。
アイツもああ見えて打撃の成績いいんだよな。
特に鳴に望まれた時は文句なしの結果を残す。

御幸の打球は内野さえ抜けず。
その隙に白河は進塁したが次の打者は力技で抑え込まれた。

「あらら火がついちゃったかな〜」
「すげぇ盛り上がり」
「ま…1点差なんて追いついてるようなもんでしょ?」

鳴はそう言って立ち上がる。
キャッチボールを楊に頼んだ鳴は帽子を被り薄く笑みを浮かべた。

「なんでかさ…負ける気はしないんだよね…」

鳴のその直感は当たった。
山岡の打球は外野の頭上を超え、ホームに白河が帰還。
ガッツポーズをした山岡に俺と白河も同じように応える。

「おかえり」
「間に余計なのいたせいで、長引いた」
「颯音、山岡ならソッコーだったな」

違いない、と笑ってやって満足気な鳴を振り返る。

「草野球だろーが紅白戦だろーが国際試合だろーが関係ないね。俺らが出たなら勝つ!!」

きょとりとした白河だったがすぐに口元を緩めこちらを見た。

「俺ら、だってよ」
「鳴も成長したわ…ほんと」

颯音がいれば完璧なんだけどねぇ、と笑いながらキャッチボールに向かう。
完璧に打たれたのにほんとに怒っちゃいねぇし、どいつもこいつも負けてるのに楽しそうだった。
それが颯音の魅力なのかもしれないと、少しだけ思った。





「大丈夫か?」
「そんなに悪いボールだったか?」
「いや、少し高かったが力強いボールだった」

俯くコンラッドに、打った方を褒めるべきだと誰かが声をかける。

「右打者への攻め方…ボスにずっと言われてきた課題をまさかこの日本でも突きつけられるとは…」
「あとセットポジションもな」

カーライルの言葉にまた俯いたコンラッドにふっと、笑みが零れる。

「颯音?」
「これぞ baseballって感じするだろ?」

あぁ確かに、と彼らは顔を見合わせて笑った。
野球を楽しんでる その姿を見るのが好きだ。
それは日本でもアメリカでも変わらない。
どんな環境に生まれても、人より何か劣っていても。
アイツらみたいに罪を背負っていても。
野球への想いは優劣をつけられるもんじゃない。

もっと速く もっと遠くに 軽やかに 力強く。
もっと、もっと 上手くなりたい そして野球を。

「野球は楽しい?」

俺の問いかけに彼らは迷わず頷いた。

「いい事だ。大丈夫だよ、野球を楽しめてんならまだまだ強くなれる」
「颯音…」
「こんな機会、次いつあるかもわからない。日本の野球に触れる機会なんて、野球の米国本場じゃ早々ないだろ。もっと貪欲に、傲慢に、盗め。学べ。………そして、捩じ伏せるぞ」





結局同点のまま第1試合を終えた。
まぁ序盤に比べればいい雰囲気にもなったし。

「颯音、お疲れ様」

私が差し出したコップを受け取ろうと伸ばした手。
彼自身なんの違和感もなくやっていたのだろうが、微かに震えているのに気づいたらしい。

「やっぱりね」
「わざとですね、Reynolds」
「試合中だと時々、自覚ないことあるからね。確認のため」

彼は紙コップを受け取り、喉に流し込む。

「自覚がないなら、問題はないだろうけど。大丈夫かい?」
「大丈夫です。意外にも今回は引っ張られてない」
「…相手が鳴くんだからかな」

やりたくてうずうずしてるんでしょ、と尋ねれば彼は笑いながら頷いた。

「鳴くんからのホームランはどうだった?」
「捕手が御幸さんだからまぐれで打てただけですよ」
「盲目だなぁ」

知ってます、と答え彼は自分の手の平を数回握り締めた。
今回のは彼のトラウマを呼び起こすような事故ではない。
彼自身同じことをやったことも無いはずだから。
それでも人が傷つく事には過敏なのだろう。

「衰えはなくて安心したよ。彼らにもいい報告が出来そうだ。…君の大切な仲間のこともね」
「そう思っていただけたなら嬉しいです。それに…衰えたりなんてしませんよ。まだエースでいなくちゃいけませんから」

彼の今のチームメイトたちが颯音を呼ぶ。
作戦会議をしよう、という言葉に 颯音は凛とした横顔になり頷いた。

「…変わってきたのかな、少しは」

あの頃から。
私の元へ訪れた、あの頃から。
幼い少年がするには淀んだ目を覚えている。
私があの場所にいた時と同じような 目をしていた。
半袖のシャツから覗く腕には傷が沢山あった。
それだけで彼がどこの出身なのかわかってしまった。

「Mr.Alfred。無理を承知でお願いします」

戸を開けた私に彼はその小さな体で、堂々と、向き合っていた。

「新しいチームが作りたいんです。力を、貸してください」

彼が語ったのは夢物語だった。
幼い少年が描く夢としてはあまりにも、悲しいものだったけど。

「お願いします。初めて、俺に手を差し伸べてくれた奴なんです。アイツが、安心して帰って来れる場所を作りたいんです」

全ての罪を背負う覚悟がその時には出来ていた。
全ての悪意を受ける覚悟が出来ていた。
エースとして、創設者として、はみ出し者のリーダーとして。
彼は彼の人生を捨てる覚悟をして、私の元へ訪れていたのだ。

チームを作るとなってたから私と2人で議論を重ねた。
何度も壁にぶつかった。
世間からバッシングを受けた。
大人の私でさえこたえてしまうような明確な悪意を、彼は表情を崩すことも無く受け止めた。
チーム作りの間 彼は泣いたことだって、弱音を吐いたことだってなかった。
大人になることを急かされた。
いや、本人が急いたのかもしれない。
血が滲む程、自分の拳を握り締め 殴られても蹴られても罵倒されても彼は表情を変えず 過去と向き合ってきた。
抱えた傷は体に残ったものだけじゃない。
治った傷も、目に見えない心の傷も私なんかには計り知れない。
それでも君が、そんな君が、誰かを必要として、尊敬して、愛している。
Joker'sのメンバー以外にそんな感情を向けている。
それだけで、どうしようもなく嬉しいのだ。

「君は、幸せになるべきだよ」

今からでも遅くない。
自分の幸せの為に、生きてもいいんだ。
鳴くんの傍にいたいなら、いられる道を一緒に探すよ。
それが愛だというのなら、私は祝福しよう。

「君は、君のために…ね」




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