試合後。
交流会にも記念撮影にも颯音の姿はなかった。

「あ、Alfredさん」
「お疲れ様、鳴くん」

颯音を探して歩いていればAlfredさんが向こうから歩いてきて、笑みを浮かべる。

「颯音との勝負はどうだった?」
「めちゃくちゃ最高!負けたのは悔しいし、捕手がとれないからなのか ストレートとしか投げてくれなかったのも残念だったけど。すげぇ興奮した。あの瞬間が終わらなきゃいいのにって、心の底から思った」
「そうか。……それなら、良かった」

Alfredさんは安心したように微笑む。

「それを伝えたかったんだけど、颯音いなくて。知ってますか?颯音、何処にいるか」
「今は医務室でアイシングしてるよ」
「医務室…?え、あ!もしかして、乾のあれ 精神的にきてましたか?」

そういう風には見えなかったけど、医務室にいるってことはその可能性がある。
そう思って尋ねてみれば、そこは今回大丈夫そうだと彼は答えた。

「鳴くんは、… 颯音の左肩のことはどこまで知ってる?」
「どこまでって…デカい傷があるってことくらいです」
「……そうか」

Alfredさんは医務室の方を1度振り返って、少しだけ声を小さくした。

「颯音が右投げをしてる理由は?」
「元々左投げだったけど、捕れる捕手がいなくて。Leonardは捕れるけど、ポジションはローテで組んでるし喧嘩するからタブーで。そんな時に左を怪我したから、的な感じで。捕手がやりやすいようにそれからは右投げって」
「うん、あながち間違ってない。けど、ちょっとだけ違う」

違う、とは?
首を傾げた俺にAlfredさんは静かに話し始めた。

「元々は左投げ。捕れる捕手がいなかったのも事実だし、Leoとのバッテリーがタブーなのも、まぁ本当。けど、捕手の為に右投げを続けてるんじゃなくて そうせざるを得ないんだよ」
「それ、どういう意味?」
「颯音の左肩は、爆弾を抱えてる。本気で投げたら恐らく…30球も投げられないんじゃないかな」

今、なんと言った。
30球も投げれない?
そんなはずないだろ。
だって、颯音は 左で1試合投げてるし…。

「今日の、鳴くんに投げた3球。普段と投げ方が違うのは気づいてた?」

投げ方が違う?
そう言われたら確かに、普段よりは腕の振りが高かったかも。
あの時は楽しいが先行して全然気づきもしなかったけど。
今思い返せば 普段はもうちょいサイド気味 分類でいうとスリークォーターだよな?

「……今日の3球は、颯音の本来の投球フォーム。ストレートしか投げなかったのも捕手云々ではなくて、あの投げ方じゃ投げられないの方が正しい」
「投げられない…?」
「捕れる捕手がいなかった左投げっていうのは元々は今日鳴くんが見たあのオーバースローでの話。けど、左肩の怪我で あの投げ方は止められてる。変化球なんて、以ての外」

それでもあれで投げなきゃいけない理由が颯音にはあったんだろうね、とAlfredさんの傷だらけの手が俺の頭を撫でた。

「投球フォームは矯正したし、スリークォーターで投げてる分には大きな問題はない。レベルもしっかり上げてきたしね。けど、たまに颯音は自分をコントロール出来なくなっちゃうから。そういう時、オーバースローにならない保証がないんだ」
「だから、右投げを?」
「そういうこと」

稲実で左投げをやめてという話ではないよ、と彼は前置きをして 颯音のことを見ていて欲しいと言った。

「颯音にとって、鳴くんは特別だ。理性がありながらも、無理をして投げたいと思ったのはきっと君が颯音にとって変え難い何かだからなんだと思う。颯音が、Joker's以外に特別な存在を作ったのは初めてなんだ。勿論、稲実というチームそのものも特別だと思うけど。君はその特別たる所以だ。だから、君にお願いさせてほしい」

傷だらけの手が俺の頭から離れた。

「颯音を、救ってやってくれないか」

Joker'sの人達は勝手だと思う。
桜 海 誕生日を気をつけろ、と送ってきても何に気をつければいいかわからないし。
救ってくれって一体何から?
颯音に何か、があるのは分かってる。
けどその何かに俺は踏み込む術がない。
いつまでも待つよ、とは言っても待った先にそれを打ち明けてくれる日が来るとも限らない。

「何から救うの?なんで、救わないといけないの?俺は颯音のこと知ってるよ、稲実の中じゃ。けど、アンタらには勝てない。颯音は多分、俺に嫌われないように話を選んでる」
「…そうかもしれないね」
「救えるなら、俺だって救いたい。颯音が苦しんでるのは俺だって見たくない。けど、知らなきゃ何も出来ないよ」

真っ直ぐAlfredさんの目を見れば、彼はそうだねとその目を閉じて、緊張を解くみたいに大きく息を吐いた。

「海に、誕生日に、何があったの?桜と雪はもう分かったし終わったことだけど。颯音の苦しみの根幹はなに?」
「場所を、変えようか」

Alfredさんはそう言って歩き出す。
先程声を小さくしたのも、きっと颯音に気付かれない為。
て、ことは颯音には言わずに Alfredさんの判断で俺に話そうとしてくれてるんだ。

医務室から離れたベンチを見つけると座ってと促して、彼は自販機にお金を入れた。

「何か飲む?」
「じゃあ、スポドリ…」
「はい、」

差し出されたペットボトルを受け取れば彼はコーヒーを手に隣に腰掛けた。

「どこから、何を話せばいいか難しいんだけどね。颯音の野球人生において1人、どうしても切り離せない存在がいる」
「1人?Leonard?」
「いや、Cylilという少年だ」

初めて聞く名前だった。

「歳は颯音の2つ上。颯音が初めて背番号1を手に入れた時、背番号1を奪われた少年。それが彼だ」
「颯音に負けたんだ」
「そう。そして、颯音を階段から突き落とした 張本人」

その一言に一気に体の温度が奪われた気がした。
ペットボトルを持つ指先が、あの雪の日を思い出させる。

「… 颯音をあの壊れた世界に引きずり込み、颯音を何度も追い詰め怪我をさせた。…………そして、颯音が殺した」
「は、?」

ついにはペットボトルが指先から滑り落ちた。
今、何と言った。

横を見れば穏やかだったはずの彼は、見たことも無い冷たい表情をして落ちたペットボトルを見つめていた。

「殺、した…?いやいやいや、颯音が?嘘でしょ、そんなこと……… 颯音がするはず、ない。Alfredさん、」

俺の動揺など無視して彼は落ちたペットボトルを拾い上げ、俺との間に置く。
そして、「Cylilは自殺だった」と言った。

「どういうこと…?まじでわけんかんない」
「Cylilは自殺した。これは、嘘偽りなく誰もが認める事実だ。けれど、遺書には颯音のせいだと…書かれていた。地元じゃ、有名な話だ。……そして、2つに意見が割れた。颯音が追い詰め殺した派と颯音は悪くない派」

私達は勿論後者だよ、と言ってAlfredさんは困った顔をして笑った。

「そして、颯音は前者だ」
「颯音は、自分のせいで死んだって…自分が殺したって思ってるってこと…?」
「あぁ、」

颯音の日記戒めの一番最初に彼の名前がある、と呟いて 俯きながらプルタブを開ける。

「颯音の誕生日、12月23日。その日はCylilの母から颯音を責める手紙が届く日だ」
「なんで?颯音が悪いわけじゃないじゃん。寧ろ、怪我させられてたんでしょ?颯音が虐めた、とかならまだしも…」
「颯音自身、手は出してないよ。けど、颯音の名前を使って虐めてた人はいたらしい」

颯音は俺に聞いた。
雪の日、階段の上にいた彼は何故泣いていたのかと。
あの時 俺は痛いも辛いも助けても誰にも言えなかったんだろ、と答えた。
きっと、本当にそうだったんだろう。
背番号を奪われ、ズルをして奪い返そうとしてもきっと颯音は挫けず、それどころか颯音の名を騙って虐められて、終いには階段から突き落とすに至る。
それでも、颯音は折れなかった。

「…自殺についても虐めについても警察の方が動いてくれてね。颯音が関与していないことがはっきりと、母親にも伝わってる。遺書には確かに颯音の名前はあったけど、颯音は1度として彼を傷付けたことはなかった。実際、颯音がそういう野球をし始めたのは、彼に突き落とされてから……。その頃にはもう、Cylilはチームから外れてたしね…」
「そこまで揃ってて、なんで。颯音は…?」
「それでも、彼を地獄に突き落としたのは自分だと思っているんだろうね。それに苦しみから逃れられない、母親に…悪役自分という捌け口を作ってあげたいんだ」

Alfredさんはこちらを見て 颯音を救けてくれないか ともう一度言った。

「颯音の罪の意識から、救けてやってくれないか。颯音が背負うようなことじゃないと、教えてやってくれないか。……私達には、無理だった」
「なんで?」
「颯音はね、Cylilの事をLeoとKevinにしか話してない。私も警察や人伝で聞いただけで、颯音の口からは聞いてない。チームメイトも、その当時の事を知ってはいるけど、颯音が頑なに隠しているからその先を知らない」

俺だってそうじゃん、と、言えば そうだねと彼は答える。

「そうなんだけど。君は、Joker's私達とは違うから」
「そりゃ、俺は颯音のこと何も知らないし…」
「そうじゃないよ。私達は颯音に救ってもらった人間なんだ。颯音は私達のエースで、神様で、初めから同じ立ち位置にいない。けど、颯音と対等に隣に並ぶ君の声なら届くんじゃないかって……」

淡い期待を抱いている、と彼は寂しそうに笑う。
手が届く所で、大切な人が苦しんでいる。
それを誰よりも知っているのに、彼らの声は 手は届かないのだ。

「私達の望みはいつだって、変わらない。颯音に笑っていてほしい。願わくば
野球を楽しんでほしい。私達のために背負った十字架を下ろしてほしい」

いつか、と彼は自分の傷付いた手を握りしめた。

「いつか、幸せだと 笑って欲しい。その為に野球が邪魔なら、辞めたって構わない。彼には十字架を下ろし、罰を受けることをやめて、嘘偽りなく 幸せだと 笑ってほしい」

それが彼に救われて、幸せになれた私達の願いなのだと。
幸せになる資格がないと言った颯音を、俺でさえどうにかしたいと思った。
きっと彼らはずっと、その思いを抱いて それでも言葉にすることを許されずにきたのだろう。

「わかった。俺に何ができるのかわかんないけど。頑張ってみるよ」

彼はやっと安心したように笑った。
力を入れすぎて白くなった指先に色が戻る。

「颯音に幸せになってほしいのは、俺も一緒だし。野球、楽しんでほしいのも一緒だから」

何が出来るかはわからない。
それでも、何かしたいと思った。
彼の為に、彼を思う人達の為に。




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