Reynoldsもトレーナーも出ていった医務室。
アイシングをする左肩を摩り、溜息を吐く。
しっかりアップもせずにやったから、予想よりも痛みがある。
けど、後悔はなかった。

「Hayato?」

ノックの音がしてドアが開く。
顔を覗かせたチームメイトは入ってもいいかい?と首を傾げた。

「いいよ」
「肩は大丈夫?」
「全然。ただアイシングしてるだけだよ」

ドアを後ろ手で閉めた彼はきょろ、と部屋を見渡し 俺の肩に視線を戻した。

「俺…その、Rex達と同じチームメイトだったんだ」
「あー…なるほど。じゃあ、」
「うん、知ってる」

彼は申し訳なさそうに俯く。

「オーバースローはもう出来ないんだと思ってた」
「しっかりメンテすれば2、30球くらいはまだ投げれるよ」
「…それしか、投げれないんだね」

自業自得だから、と呟き 自分の向かい側にある椅子に座るようにすすめる。
彼は少し悩んだ様子を見せてから、椅子に腰掛けた。

「俺さ……あそこで酷い目にあって、1度…野球辞めたんだ。けど、Hayatoたちを…Joker'sを見てまた野球やろうって思った」
「…そうか、それならよかった。俺たちは、その為にあるから」
「俺…俺さ!最初、何馬鹿なことしてんだって思ったんだ。
Hayatoがやったことも見てたし、RexがHayatoの肩…その、壊したのも知ってた…………それでも、頑張ってる姿…扱き下ろして笑ってた…」

別に珍しいことじゃない。
あの時俺がしたことは、笑い飛ばされても仕方なかった。

「Hayatoがやったこと、知ってたから…Cylilのことも…だから、」
「人殺しが、命を狩る為に作った…?」

俯いていた彼が勢いよく顔を上げた。
はく、と唇を震わせて彼は泣きそうな顔をした。
どうして君がそんな顔するのさ、と俺は笑う。

「よく言われたよ。怪我をさせても、まだ足りないのかって。殺さなきゃ気が済まないのかって」
「そんなっ、俺は…!」
「そう思われて仕方ないと思うよ。実際、俺が壊した奴らに声掛けてるし」

勿論声をかけたのはそれだけでは無いけど。
自分が壊してしまった人には、先に声をかけに行った。

「耳にタコが出来るくらい、聞いてきた。ぶっちゃけ今も言う人いるしね」
「……なんで、そこまで言われても続けたの?」

何故だろう。
思えば最初はきっと 自分の罪から、罰から逃げたかったんだと思う。
Kevinの怪我がきっかけだった。
彼の帰る場所を作りたかった。
けど、それ以上に自分の事が怖くなった。
薄情な話だ。
自分が誰かを傷付けても、自分が傷付けてられても何も思わなかった。
Cylilを殺しても、何も感じなかった。
それなのに、それがKevinになった途端 自分の大事な人になった途端実感した。
壊れた環境と、それ以上に壊れた自分に気付いて怖くなった。

ピピッとアラームが鳴り、肩に付けたアイシングを外す。
そして顕になった傷に彼は息を飲む。

「許されたかったんだ」
「え、」
「自分の罪の償い方が、わからなかった。だから傷付いた人達を救えば、許されると思ってJoker'sを続けてたんだと思う。まぁ、Rexに肩を壊されてそれがどれだけ甘い考えだったか実感したけど」

野球に戻ってきても、怪我が治っても、謝罪を受け入れてくれたとしても。
きっと自分の犯した罪が消えるわけじゃない。
相手に許されることが自分を許していいってことじゃない。

「この怪我をしてからは、贖罪の為に続けてる。俺のせいで野球が出来なくなった人がいるのに、蹴落とした本人が辞めちゃダメでしょ?」

笑って畳んでいたワイシャツを羽織る。
鳴さん達はもう帰ってしまっているだろうか。
Reynoldsに挨拶をしてから、一緒に帰れるだろうか。
今は何故だか、彼の顔が見たかった。

「Hayatoって、野球……楽しい?」
「あぁ、それよく聞かれるんだよね、最近」
「心の底から、笑ってる?」

それって重要?と俺は首を傾げた。

「…俺さぁ、覚えてないんだよね。どうやって笑ってたのか。野球は楽しいよ、好きだし。けどそれが…今君が俺に求めてる楽しさとか笑顔だとは…どうしても思えない」

言葉を失う彼に向井を思い出した。
彼も俺に同じことを言っていたなって。

「…Joker'sは皆の、憧れなんだよ。…あそこにいた人達の希望なんだ。楽しそうに野球をしてる姿に、みんな憧れた。だからあそこも変わり始めたんだ」
「それなら、よかったじゃん。俺達の集まった意味があった」
「沢山の人が前に進んでる。罪を償って、許されてる。Hayatoだけ救われないなんて、おかしい。そんな気持ちで、これから先ずっと野球をやるの?」

この体が壊れるまでは、と俺は迷わず答えた。

「救われなくていい。許されなくていい。俺の野球は罪滅ぼしだから」
「そんな…」
「許されたいなんて、思ってない」

届かない懺悔を捧げ続ける。
これからも、これまでも。
そして、茨を歩むように俺は野球を続ける。

「みんなが笑って、野球をして 野球を好きになってくれたら嬉しい。みんなの背負った罪も罰も全部引き受けて 俺が地獄へ落ちるよ」

お疲れ様、と彼に微笑んだ。

「楽しいゲームだった。またいつか一緒にやろうね」

彼にとっては皮肉に聞こえるかもしれないけど。
それが俺の本心だった。

ずきり、と鈍い痛みが左肩に残る。
振り下ろされた金属バットと聞いた事のない骨が砕ける音。
久々に思い出したそれを落ち着けるように肩を摩った。

「楽しいよ、」

野球は楽しい。
たとえ、1球ごとに1プレーごとに痛みを伴うとしても。
周りから後ろ指を刺されても、罵倒を浴びせられても。
俺は野球を楽しいと、言わなくちゃいけない。
彼らから楽しさを奪った俺は。
そう最初は自分を騙した。
痛みを誤魔化し続けた。
その結果、俺は…

「颯音」

Reynoldsが医務室から出た俺を見て微笑む。

「お疲れ様です」
「肩はどう?」
「問題ないですよ」

そうか、と彼は安心したように笑った。
嘘つきと責めるように肩が痛む。
それでも自分の表情はきっと崩れはしないだろう。





「鳴くんとの勝負はどうだった?」

私の質問に幸せでしたと答えた彼は微笑む。

「幸せすぎて。あの瞬間に、全て終わってしまえって少し思っちゃいました」

壊れてしまえって、と彼は左肩を摩った。

「一生忘れられないように。俺の1番幸せな時間に死んでしまいたいって、思いました」
「…あの瞬間を永遠に、とは思わないのかい?」
「恐れ多くて。俺に幸せな時間は似合わない」

鳴くんは颯音とのあの瞬間の永遠を願ったのに。
彼はあの瞬間、終わることを願っていた。
そういうところが、彼の良くない所だ。
普通に甘受すればいいのに、その幸せを。
それがどうしてか、彼には出来ないのだ。

「鳴くんは、君の幸せを願うんじゃないかな。終わることなんて、きっと望まない」
「鳴さんはそうかもしれないですね。けど、たとえ鳴さんの望みでもそれだけは叶えられない。償い続けるって決めてるんです」

この肩も戒めですしね、と彼は言った。
現チームメイトのRexが壊した肩。
それは、Rexの双子の兄であるStevenを過去に怪我させたことへの報復だった。
この傷は颯音がより深く罪と向き合い罰を過剰に背負うきっかけとなった。

チームが動き出し、少し軌道に乗り始めた時の事だった。
金属バットで殴られた肩。
色も変わり血も出ているのに、事実骨が砕けるほどの重傷だったのに彼はそれを隠してグラウンドへやってきた。
異常な冷や汗と僅かに滲む涙が、今も忘れられない。
それでも瞳から涙が零れ落ちることはなかったし「大丈夫です」とボールを握ろうとする彼の異常さをあの時目の当たりにした。

「颯音、君は…」
「Reynolds?」

彼はどんな怪我を負ってもJoker'sの為に尽くそうとして、チームメイトを庇うことを選ぶことになった。
それを止めたのはLeoだったけれど、抑止力となり得ただけで 彼の根本は変わらない。
全ての罪を背負い、全ての罰を彼が引き受ける。
そうやって、己を傷つけることでしか自分が生きることを許されないと本気で思っているのだ。
そして恐らく、彼の痛みは麻痺してしまっている。
体は間違いなく痛みを感じ取っている。
それでも、その痛みは心へはもう届いていない。

「君は、変わらないね」

私の元へ初めて訪れたあの日。
君を受け入れるべきではなかったのではないかと、時々思うのだ。
Joker'sは確かに素晴らしいチームだ。
きっと沢山の人を魅了し、救い、導いている。
それはとても良いことだと思う。
チームに送られてくる感謝の手紙が、野球を教えて喜んでくれる子供たちの顔が、そして変わり始めたあの場所がそれを証明してくれている。
けれどそれは、彼を犠牲にしなければなし得ないことだったのだろうか。
傷付いた過去を持つ大人が、立ち上がるべきだったのではないか。
そう、思ってしまうのだ。
子供だった彼が、一生治らぬ怪我を背負い、一生癒えることのない傷を抱え、自らを殺してまでやるべきことだったのかと。

「颯音、稲実での残りの時間を楽しんで」
「?はい、ありがとうございます。時間を下さったこと、感謝してます。みんなにも」

今がきっと最後のチャンスなのだ。
颯音がJokerから離れた、エースの荷を下ろした今が。
辛い事を辛いと言い、痛い事を痛いと言い、涙を流して、笑って、普通の子供になる最後のチャンスなのだ。

彼の左肩に手を添える。

「痛む時は、すぐに言うんだよ。無理はしてはいけない」
「分かってますよ、大丈夫です」

そう言って微笑む君に、かける言葉を私は持ってはいないのだ。
彼の犠牲の上に、幸せを手に入れてしまったから。
私たちは、皆そうなのだ。
最愛の人の犠牲の上で、幸せを築いてしまった。



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