「あー…きっつ」

鳴さんのマッサージをしていれば彼はそう呟いた。

「ですね」

冬合宿が始まって2日目。
チーム全体のメニューが始まったことにより、体の疲労は既にピークに達していた。
俺と鳴さんのメニューは元々ほかの人たちよりも追い込んだものだったから なおさらだ。

鳴さんは俺がまとめた彼自身の投球についてのノートをめくる。

「このさー」
「なんですか?」
「チェンジアップが荒れる時ってさ、なんつかー心理的に荒れてるんだよね」

イライラしてたりするとすぐこれだよ、と打たれたコースを指差した。

「お前ってさ、どーやって感情コントロールしてんの?」
「基本的に感情の起伏少ないので、なんとも…」
「うわ、参考になんねー」

そんなことを言われても、って感じだ。
まぁ仕方ないけど。

「けど、このイライラした時とか感情が揺れた時 体が普段とどーいう風に変わるかっていうのは見ていた方がいいと思います。」
「腕が振れてない、とか?」
「はい。例えば、実際あった例で話せば 打たれた直後にストライクが入らない人がいて。その人は打たれた後とそうでない時の制止時間がわずかに差がありました」

なるほどねぇ、と鳴さんはノートをじっと見つめた。

「それを調べるとしたら、何すればいい?」
「とりあえず自分の投球の見直しですね。うまくいった時とうまくいかなかった時を徹底的に比較した方がいいですね」
「なるほどね!じゃあちょっと映像借りてきて」

今ですか?と問えば今じゃなきゃいつやんだよと彼は言う。
じゃあ残りのストレッチちゃんとやっててくださいよ、といえばとーぜんでしょと彼は言う。

部屋から出て、偵察部隊にDVDを借りに行けばそこには樹がいた。

「あ、颯音。おつかれ」
「おつかれ。何してんの?」
「雅さんのリードの映像見たくて」

自分にできる限りのことはしないとね、と彼は笑う。

「颯音は?」
「鳴さんにパシられた。チェンジアップが打たれた試合貸して欲しいんだよね」
「んー、じゃあこれがいいかな」

ありがとう、と彼からそれを受け取って鳴さん機嫌悪くなるからすぐに部屋に戻ると声をかけた。

「あ、そうだ。鳴さんのマッサージなんだけど」
「さっきやったけどなんかあった?」
「背中 しっかりやっといてほしいかも」

なんかあった?と問えば 少し気にしてるなって動作があったからと彼は言う。
元々、鳴さんのマッサージは樹がやっていたけど メニューが違くなって時間が合わなくなったのか気づけば俺の担当になっていた。

「了解。他にもなんかあったら言って。俺じゃ気づかないから」
「ごめん、ありがとう」

部屋に戻ればストレッチをしていた鳴さんがこちらを見る。

「おそーい」
「すいません。映像流すんで、もう一回 背中のマッサージしていいですか?」
「なんで?」

さっきやったじゃん、と言う彼に先程の樹の言葉
を伝えれば眉を寄せた。

「樹のくせに生意気な」
「そう言わないであげてください。樹は樹で、鳴さんのために必死なんですよ」

ぶつぶつ文句を言いながらも 素直に寝転ぶところをみると多少なりとも違和感はあるのだろう。

「とりあえず…これが、うまくいってるとき」
「はい」
「でー、こっちが失敗したとき」

画面2つ欲しいなって鳴さんは呟きながら、何度も交互にその映像を見つめていた。

「どー思う?」
「リリースポイントに違いはないと思いますけど。明らかに表情が違いますよね」
「そりゃ、キレてるし」

投手が顔に出しちゃダメですよ、といえば仕方ないじゃんと彼は俺を睨んだ。

「これでも出なくなったほうだよ」
「そうなんですか」
「そーなの!これ以上は無理でーす」

笑いながらも真剣に画面を見つめる彼。

「じゃあ、切り替えのスイッチ作りましょう。焦ってる時とか、イライラしてる時にいつもの自分に戻れるように」
「あー、帽子になんか書いたりするやつ?」
「そうです。なんでもいいんです。10秒目を閉じるとか、そんなんでも。気持ちを落ち着かせるルーティンを作っておくのもありかなって」

うーん、と首を傾げた彼だったが、わかったと頷いた。

「イライラしたら、お前の顔見るわ」
「はい?」
「俺、多分イラつくとルーティンとか忘れちゃうからさ。イライラしてんなーって思ったら 俺のこと呼んでよ」

外野からですか?って言えば彼は想像したのかケラケラと笑う。

「お前の大声なんてレアだから びっくりしてイライラ吹き飛ぶかもな」
「…そんなわけ…いや、まぁいいんですけど。それで治るなら。俺の顔見て尚イライラするのやめて下さいね?」
「あ、それはあるかも」





「いないと思ったら、ここにいたのね」

珍しく鳴が静かだと思っていれば、俺と颯音の部屋でノートに顔を突っ伏して眠る彼の姿。
その横には俯いてこくりこくりと船をこぐ颯音がいた。

最近の2人の関係は順調だと思う。
雅さんのたちが見たら去年からこうしていてくれよ、と言ったであろう。
けど、鳴のこの間の言葉を聞いて少し考えが変わった。
鳴は監視しているんだと思う。
自分の一番近くに彼をおいて。
裏切られたことも結構響いているんだろう。
もう、ここからは離さない。
俺にはそういう風に見えていた。

「おい、起きろ」
「あれ…」

声をかければ颯音はすぐに目を覚まして、やばい寝落ちてたと隣で寝ている鳴を起こす。

「鳴さん。起きてください。ここで寝たら体痛めます」
「んー…くそ、ねみぃ」
「部屋まで行けます?」

ヘーキ、と答えた鳴は目をこすりながら部屋から出て言った。
あれは、部屋に戻ったら何もせずに寝るな。

「すいません、ありがとうございます。白河さん」
「いや。疲れてんね」
「まぁ…」

流石に俺でも疲れます、と彼はいう。

「お前らのメニューえげつないもんな」
「そーですかね」

俺ももう寝よう。と彼はノートを閉じてベッドに潜り込む。
そういえば最近、夜にパソコンをいじることがなくなった。

「寝るの?」
「寝ます。明日もきついんで」
「お前にもきついって感情あるんだね」

俺を何だと思ってるんですか、と彼が笑った。

「おやすみ」
「はい、おやすみなさい」

電気を消して寝ようとすれば、そういえばと彼が言う。

「明日って何日でしたっけ?」
「明日?明日は23日だよ。地獄の冬合宿3日目」
「先が長いっすね」

彼はそう答えてから、静かな寝息をたてて眠った。
俺より先に彼が寝るのも珍しいもんだな。
そう思いながら俺も眠りについた。





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