薄っぺらな感情

「今日は 盗み聞きする人が多いね」

急に壁に縫い付けられた手足。
階段を降りてくる足音が、近く。

「ねぇ、爆豪」

スカし野郎がいつもの気にいらねぇ笑顔も貼り付けずに、俺を見つめた。

「わざと負けたのか、お前」
「聞いてたじゃん。わかりきってること、わざわざ聞かないでよ」
「なんで…」

なんで。
俺の問いかけに彼は「あいつのせいで生きてるから」と答えた。

「あぁ、違う?あいつのおかげ?どっちでもいいか」
「わけわかんねぇ」
「簡単だよ。身寄りのないガキをあいつが拾って育てた。あいつは あれでも、俺の育ての親」

半分野郎もこいつも 親 親 親って。
自分がねぇのかよ。

「あいつがいたから 生活できてたことには間違いないし。わざわざ反抗するのも面倒だったし、必要ないと思ってたんだけどね。実際今までは必要なかったけど、そうもいかなくなったから」
「なんでだ」
「譲りたくないものが できたから?」

初めてなんだよ、と彼は笑った。

「人に与えられたものじゃない。俺が、俺として 望んだ。人生で、初めての感覚だよ」

なんだ、こいつ。
わけわかんねぇ…

前からそうだ。
こいつは 薄っぺらい笑顔貼り付けて、俺らを俯瞰して。
まるで嘲笑っているようにさえ 見えた。
圧倒的に足りないんだ、熱量が。
必死になる俺らを、こいつは 笑っていた。
そう、見えていた。

「お前…欲はねぇのか」
「欲って?あー 三大欲求とか、言われるそういうやつ?」
「それだけじゃなくていい!勝ちてぇとかヒーローになりてぇとか!!寝たいでも飯くいたいでも!なんでもいい!」

別に。と、彼は答えた。

「けど、人使にはヒーローになって欲しい。あいつとは、友達で いたい。あいつの望みを 叶えたい」
「お前、自分がねぇのか」

人使が誰かわかんねぇけど。
誰かなんて、どーでもいいし。

「自我はあるけど」
「そーじゃねぇんだよ」

なんだ。
会話が、上手く成り立たない。

「お前の気持ちは どこにあるんだって、聞いてんだよ」
「難しいこと、言わないでよ」

気持ちって どっかにあるもんなの?と彼が首を傾げたのだ。
そりゃ薄っぺらいわ。
こいつ、表情に感情がねぇんだ。
嬉しいから 笑う。
楽しいから 笑う。
そういう、ものじゃない。

「なに。その 怪訝そうな 目」

知識だ。
こいつの感情は 人の顔と反応と、意味を結びつけただけの 知識。

「怪訝そうが、何かわかるか?」
「訳がわからない、変だと 思う様」
「…なんで、俺がそうなってるか わかるか。何が、そうさせてるか わかるか?」

彼は首を傾げた。

「それ、"人"として 必要?」

ある事象があって、初めて 感情が生まれて、それ表情や行動になる。
こいつは事象と感情が結びついてない。
だから、いつも当たり障りない薄っぺらい 笑顔を浮かべてる。
怒りや苛立ちは 彼の中では他と比べて事象と結びつきが出来ているものなんだろう。
だから、俺に苛立った。

「お前、なんなんだ」

俺の言葉に彼はじっと俺を見つめてから、目を細めて 笑った。
いつもの 薄っぺらい笑顔だ。

「なんだと思う?」

手足の拘束が解けて、赤黒い彼の血が 彼の周りをふわふわと漂う。

「爆豪ー!?お前、そろそろ時間…て、血郷?」

ツンツン頭の切島が珍しい組み合わせだな、と笑う。

「仲直りしたのか?」
「別に」

血を瓶にしまった彼は、一緒に試合見るか?という切島の誘いに頷いた。

「じゃあね、爆豪」

彼は笑う。

「そのクソ腹立つ笑顔見せんじゃねぇよ、スカし野郎」
「…仲良くしろよ、マジで」

厄介だ。
もし、俺の予想が当たっているなら アイツは相当めんどくさい奴だ。

「死ぬぞ、あいつ…」





鋭児郎と観客席に行けばA組のメンバーがほぼ揃っていた。

「さっきのなんでリタイアすんだよー!!」

何故か俺に掴みかかって、怒る上鳴。

「キャパオーバーでしょうか?」

八百万の問いに 正解だけど、不正解、と答えた。

「個性のキャパは超えてない。頭のキャパを超えただけ」
「頭って?」
「俺の血は 自分で動くわけじゃない。俺が、一つ一つ操作してる」

それが?と鋭児郎も首を傾げた。

「さっきみたいに 血を細分化すればするほど 同時に沢山の操作をしないといけなくなる。一粒一粒が、どこにあるか 焦凍に対してどう動かすか。全部把握してなくちゃいけない」

俺の説明に女性陣なんとなく気づいたらしい。

「さっきはフィールド全体に目に見ないくらい小さくした俺の血液が充満していたし。攻撃用の血も全て俺が同時に操作してた」
「それをしながら、会話をして 移動もしてたのですか?」

そうだよ、と笑ってやる。

「待て待て待て。わかるよーでわからん!」
「馬鹿だな」
「おいコラ」

じゃあ例え話にするよ、と言えば男性陣が何度も頷く。

「簡単に言えば、この会場の観客一人一人の位置と動きを把握して、みんなを思いの通り動かしながら、目の前の敵と戦ってる感じ」

いやいや無理だろ、と瀬呂が言う。

「聴いてるだけで、キャパオーバー…」
「血郷くんは同時に色んなことできるの?」

梅雨ちゃんの問いに俺は頷いた。

「人よりは、そーいうのできると思う。そうじゃなきゃ、俺の個性は役に立たない」
「すごいのね」

まぁ、強ち間違いではない。
だが、あの場面でも まだまだ頭はクリアだった。
負けろと言われてなければ、多分あのまま勝てただろう。

放送席の声に合わせて爆豪と麗日が出てくる。

爆豪は意外と 頭が回る人だったな。
エンデヴァーとの会話を聞いていたとはいえ、あそこまで答えを出した人は珍しい。
やっぱり、キャンキャン吠えてるのが彼を小さく見せている。
あれで冷静沈着だったら、もっとよく見えただろうに。

始まった試合。
煙幕の砂煙の中、麗日は何度も何度も 爆豪に向かっていった。
今まで、あんまり意識して見たことなかったけど。
真っ直ぐな 女の子だ。

「お茶子ちゃん…」
「爆豪まさか あいつそっち系の…」

心配なのか、目を塞ぐ女の子たち。

「容赦ねぇな、爆豪…」

上鳴が、そう小さく呟いた。

「そりゃそうでしょ。女の子とはいえ、ヒーロー目指してるんだ。手を抜いて、勝てるわけない」
「まぁ、たしかに…」

会場内の一部から 聴こえてくるブーイング。
女の子いたぶって遊んでんじゃねぇ、という声。
そう、見えているのか。

『一部から ブーイングが!しかし正直俺もそう思…わあっ肘っ!?何SOON…』
『今 遊んでるっつったのプロか?何年目だ?シラフで言ってんならもう見る意味ねぇから帰れ。帰って転職サイト見ろ』

「相澤先生…」
「あの人放送席って、間違いだよな…」

『ここまで上がってきた相手の力を認めているから警戒してんだろう。本気で勝とうとしてるからこそ手加減も油断もできねぇんだろうが』

相澤先生は、よく見えている。
先生という立場だから仕方ないのかもしれないけど、それ以上に。

麗日が両手の指をくっつける。
たしか、あれが個性の発動条件だ。
そして、浮かせるものは 散々 爆豪が壊した フィールド。

『流星群ー!!!』

捨て身の攻撃だ。
だが、そうまでしても 彼女は 勝ちたかったんだろう。

それを一発で 爆豪は吹き飛ばした。
だが、自分の手を気にする素振り。
おそらく、あれだけの 大きな爆破で キャパに近づいているんだ。

『会心の爆撃!麗日の秘策を堂々 正面突破!!』

それでも、向かっていこうとした麗日の体から力が抜けて 倒れる。
そこで試合終了の声がかかった。

『ああ 麗日…ウン 爆豪1回とっぱ』
『ちゃんとやれよ…やるなら…』
『さァ気を取り直して 1回戦が一通り終わった!小休憩挟んだ早速次行くぞー』

麗日が運ばれていき、少しして爆豪が観客席に来た。

「おーう なんか大変だったな悪人面!」
「組み合わせが妙とはいえとんでもないヒールっぷりだったわ 爆豪ちゃん」
「うぅるっせぇんだよ 黙れ!」

爆豪は相変わらず吠えながら 前を通り過ぎていく。

「まァしかしか弱い女の子によくあんな思い切りの良い爆破出来るな」
「フンッ」

そして、乱暴に俺の隣に座った。

「どこがか弱ェんだよ」

俺にしか聞こえないくらいの声だった。
たしかにか弱くなんて、なかっただろうな。
彼女は 強かった。

「あれが、本気っつーんだぞ」
「え?」
「本気で、勝ちてェって人間だ」

視線は交わらない。
だが、間違いなく俺に 伝えている。

「なに、教えてくれてるの?」
「ヘラヘラすんな」

フィールドでは 引き分けた2人の 腕相撲が繰り広げられている。

「お前が本気で勝ちてェって 思える相手に なってやる」
「…爆豪、」
「そんで、本気のお前をぶっ倒す」

交わった視線。
だが、舌打ちをされてすぐに逸らされた。


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