期末試験
筆記の試験は問題なく終わり 演習試験当日。
「それじゃあ 演習試験を始めていく」
ズラリと並ぶ先生たち。
ここまで勢揃いすることあるか?
「この試験でももちろん赤点はある。林間合宿行きたきゃみっともねぇヘマはするなよ。諸君なら事前に情報仕入れて何するか薄々わかってるとは思うが…」
「入試みてぇなロボ無双だろ!」
「残念!諸事情あって今回から内容を変更しちゃうのさ!」
相澤先生の首元から現れた校長。
そんなとこにいたの…?
「諸君らには 2人1組でここにいる教師一人と戦闘を行ってもらう!」
「ペアと担当を発表する。まず、轟と八百万がチームで 俺とだ。そして緑谷と爆豪がチーム」
攻めた組み合わせだな。
「相手は…」
「私がする!協力して勝ちに来いよ お二人さん」
オールマイトか。
その後も順番に ペアが発表されていき 最後 先生は俺の名前を呼んだ。
「蛟。お前は一人で 俺と戦ってもらう」
1対1。
しかも、相澤先生と…
個性を消されれば 向こうに分があるのは間違いない。
「それぞれステージを用意してある。試験の概要については各々の対戦相手から説明される。移動は学内バスだ。時間がもったいない、速やかに乗れ」
公平の為に試験内容は見せないと言われ、移動した先で俺は一人バスに残された。
考える時間があることは救いだが、試験の方法がわからないとなると何通りか考えておく必要がある。
「個性が消された時が、厄介だな…」
30分か40分くらい経っただろうか。
先生が俺を呼んだ。
「制限時間は30分。避難ゲートに行くか俺にハンドカフスをかけろ」
「はい」
「勝てない相手とは戦わず、応援を呼ぶのも 賢明な判断だ。わかるだろ?」
そうですね、と答えれば 彼は演習場の門を開ける。
「それから、スタートは 俺と会敵した瞬間からだ」
「会敵した瞬間…?」
て、ことは。
個性が使えない前提…
頭の中で作っていた作戦が一気に絞られた。
放り投げられたハンドカフスを受け取り、彼の後を追う。
どういう意図があって、この組み合わせで。
このルールなんだろう。
試験ということは、何かしら課題があるはず。
「それから、ハンデとして 避難ゲートは4つある。それと、捕縛武器では体の一部しか捕縛しない」
「腕だけ、とか?」
「ぐるぐる巻きにされたら、そこで終わりだろ」
まぁたしかに。
腕一本、足一本くらいなら…捕まってからも対応はできる。
ステージとなる演習場は市街地。
少し高いビルから、一軒家など様々だ。
個性が使えないから避難ゲートまでの最短距離の割り出しができないし、上に登る術もない。
ゲートへ向かう時は、背を向けることになるし…。
「それじゃあ、始めるぞ」
先生が足を止め こちらを振り返る。
逃げは、ない。
ハンドカフスをはめるしか、なくなった。
目を閉じて、ふぅと小さく息を吐く。
久々だな、個性を使わない戦闘は。
あの頃のことが、今 生きるとは 思ってもいなかった。
個性で戦うようになってから、あまりやってなかったし感覚が戻るまで どれくらいかかるか…
「思い出せよ、」
小さく呟いて、目を開けた。
ゴーグル越しに交わった視線。
スタートの合図が 鳴った。
▽
蛟くんの試験が始まった。
リカバリーガールの隣で 画面を見つめる。
相澤先生と1対1。
しかも、会敵した位置でスタートした。
「どうして、蛟くんだけこんな…」
「彼はねぇ、自分を大切にできないんだって。だから、自分を守ることを覚えてほしいって思ってるんだよ」
「…自分を守る…」
たしかにヒーロー殺しと戦った時。
彼は僕や轟くんを庇った。
自分の怪我を隠して、体の不調を隠して。
轟くんはそれをすごく悲しんで、悔しがっていた。
「1対1で個性が使えないとなれば、逃げるしかない。生きて、逃げ延びるしかない。それを、覚えてほしいんだよ」
「生きて、逃げ延びる…」
確かに、生きていれば また戦うことが出来るかもしれない。
伝聞し、次に備えることが出来るかもしれない。
敵の情報を 生きて持ち帰る。
それも、ヒーローとしては 必要なことだ。
スタートの合図。
伸びてくる捕縛武器を掴み 彼は先生との距離を一気に詰めた。
僕なら、まずは身を隠すことを優先したはずだ。
だれか守る相手がいるならまだしも、、
自分だけなら、まず自分の体勢を整えなければ。
だが、彼は 向かっていった。
「蛟くんと、肉弾戦…初めてみるかも」
一発目の蹴りを腕で防いだ先生が少し、笑った気がした。
▽
自分を大切にしてほしい。
逃げることを覚えてほしい。
それが、今回の試験の思いだったが。
一発目、捕縛武器を自ら掴み俺を引き寄せ 顔面に蹴りを叩き込もうとした。
逃げるって、頭の中にあるか…?
「個性もなしに、プロと戦う気か?」
「だったら?」
蛟はヘラヘラと笑う。
強力な個性を持つ割に、肉弾戦の身のこなしは軽やかだ。
戦い慣れているのか?
再び距離を詰めて、顔をめがけて蹴りが飛ぶ。
それを防ぐが、その勢いのまま彼の体が浮いた。
空中で体の向きを変えた蛟が再度蹴りを入れてきて、勢いて体のバランスが崩れた。
その隙に距離をとった彼が 笑う。
その手には 見覚えのあるナイフ。
「丸腰は 流石にきついから。貸してよ、先生」
ナイフを逆手で持った彼が、一気に距離を詰めた。
こいつ。
逃げることはおろか、個性を使う気がもうない。
瞬きをしても、彼は肉弾戦を選んだ。
こんな戦闘を続けて、どれくらい経ったか。
一手一手が徐々に重くなって、避けるのもやっとになってきた。
ナイフを持った方の手を捕縛すれば、狙い通りだったのだろう。
彼は捕縛された腕を思いっきり引いて俺を引き寄せた。
捕縛武器を使用すれば、お互い片腕は塞がるし 距離も近くなる。
最初のように蹴りが来るか、それとも ナイフか。
交わった視線。
なんとなく気づいた、彼の異変。
笑顔が、消えた。
戦闘を開始してから、ずっとへらへらと笑っていた彼が まるで人が変わったかのように 無表情だ。
いつから、彼はこんな顔をしていただろうか。
まるで人形だ。
あと10分と 放送が流れる。
それすら、彼には届いていないような気がした。
距離を詰めた彼が口から吐いたのは血液。
ゴーグルを血が汚し、視界が狭まった。
その隙に、地面に押し倒された体。
この血は個性か?
いや、多分。
違う。
ひんやりとしたナイフが首に突きつけられた。
押し倒された体はピクリとも動かない。
こいつ…こんなに力があったのか。
カシャン、と手首にカフスがはまった音。
蛟は俺のゴーグルをずらして、血に濡れた唇を舌でなぞった。
「クリアおめでとう」
そう告げればありがとうございますと答え、俺の上から降りた。
「…どうして、個性を使わなかった」
「個性を使うことを前提に先生と戦うと、対応が後手に回る可能性が高くなるので。だから、お互い肉弾戦に 戦いを絞りました」
たしかに。
個性を使って戦ってる最中に 使えなくなれば そこから新たな方法を考えねばならなくなる。
それを、避けたのだろう。
「肉弾戦でプロに勝てると思ったのか?」
「そういう教育をされていたので。思い出すまでに少しかかりましたけどね」
ナイフ返しますね、と渡されたナイフを受け取り 本来彼にして欲しかったことと真逆に近いことをされたなと溜息をついた。
そういう教育をされた、ってことはおそらく孤児院でのことだろう。
「口の中の血は?」
「あ、舌噛みました」
べ、と舌を出した彼。
口の中は血に染まっていた。
見るからに痛々しい。
無表情にこんなことをしたのか こいつ。
「リカバリーガールのとこ行くぞ」
「はい」
もう、元には戻っている。
馬鹿なことをするなと言った俺に彼はいつものように笑った。
「逃げるって選択肢は」
「それは最初に捨てました。逃げる側はどうしても戦闘も行動も後手に回る。相澤先生が相手じゃなければ 個性で索敵しながら逃げる方法も選択肢にあったかもしれないですけどね」
それでも敵に背中を向けるのは、と蛟は言った。
こいつのことだ。
他の先生をあてても、戦っていた気がする。
リカバリーガールの元での治癒を終えてみんなのとこへ戻る途中、「そういえば、」と彼は足を止めた。
「やっぱ、先生も知ってるんですね。孤児院でのこと」
無表情の彼からの急な言葉。
さっきの戦闘でも、思った。
まるで別人だ。
「普通、肉弾戦の教育を受けたと言えば どこで?って言いますよ。今のご時世ではとくに。ねぇ、相澤先生?」
カマかけてたのか、こいつ。
「マイク先生から聞いたんですね。どこまで、知ってるんですか」
一歩 二歩と彼は距離を詰めてくる。
「…孤児院での例の事件の唯一の生き残り。人体実験の被験者。それだけだ」
「…ふぅん」
人体実験か、と彼は呟く。
「何を、されてきた」
「別に」
「別にって、お前…」
蛟は俺の横を通り過ぎて 歩いて行く。
「おい、」
「何ですか、先生」
彼が振り向きながら、いつものように笑った。
この笑顔…偽物か。
もしかして。
「大丈夫ですよ、心配しなくて。上手くやりますから」
そう言って彼は背を向けた。
前を向いた彼がどんな表情をしていたかなんて、俺は知るはずもなかったのだ。
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